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若手医師は週刊誌と戦うのをやめた

医師であれば、たとえ初期研修中の2年間しか患者さんと関わらなかったとしても、ほぼ必ず聞く言葉があると思う。
「テレビでいってたから〜」「週刊誌で〜」「お隣さんが〜」「老人クラブで〜」といった類の、患者さんの情報源についての話は、程度に差はあれど全国一様なのではないだろうか。

これが、「タマネギ酢って血液サラサラにするって本当ですか」とかならかわいいものなのだけど、「糖尿病を良くしたいし眠りも浅いから〇〇(テレビで紹介され、その後訂正・謝罪が入った某睡眠薬)が欲しい」とか、「今出ているこの薬は体に悪いと読んだからやめたい」といった相談も頻繁に受ける。
そして、こちらなりの理屈を述べても、患者さんは「でも週刊誌に書いてあったから、、」と言う。

その度に「なぜ目の前の医師よりも、出所不明の噂話を信じてしまうのだろう」と不思議に感じ、時に怒り、時に悲しくなってしまった同志が日本中にいるのでないかな、と思う。

先日、本屋に立ち寄る機会があり、ふと思い立ってその週刊誌を手にとってみた。私が日々戦い、負けることもあるこの魔性の書物には何が書かれてあるのだろうと気になって買った。冒頭に医療関係の記事があった。

大まかな内容は「コロナ感染対策の一貫として病院通いをやめた人たち」についてであった。事例として、血圧や糖尿病の薬の副作用を経験しながらも通院を続けていたが、コロナ流行を機にふと思い立ってやめてみたら、かえって体調が良くなった!みたいな話が紹介されていた。
ガイドライン(治療指針)を含めた出典は一つもなく、つまり科学的根拠のない、いわゆるエキスパートオピニオン(そのへんの誰かが言ったこと)の域を出ない内容であった。
個別の事例も当然一般化できるものではない。
全ての薬には発生しうる副作用があり、医療者が患者さんと共にメリットとデメリットを比較検討しながら投薬や中断の判断はなされるべきで、患者さんの自己判断で短期的にうまくいったという話は、週刊誌の果たす役割の通り、ゴシップに過ぎない。
ちなみに、記者の名前含め、どういった背景の方が取材し書いているのかも分からない。

しかし、活字の持つ力なのか、テレビを流し観るよりも更に読み手に直接語りかけ、危機感を煽ってくるように感じられた。

その上で、週刊誌の記事はゴシップに過ぎないので、危機感を煽るだけ煽ったところで、確固たる行動指針は示さない。
「だから血圧を下げる薬は止めよう」「糖尿病の薬を飲んでいるあなた、一度止めてみましょう」とは書かない。それは当然のことで、何かしら行動を促したときに、悪い結果が出たとしても、記者は何の責任も負うことはできないからだ。
(それならば100歩譲って「一度薬を出している医師に、飲み続ける意義を問うてみては」くらい書いておいて欲しいな〜とは思う)

記事は宙ぶらりんで終わっていて、思考の余白を読者に残す。
「あなたならどうする」と問いかけられている気持ちになると、まるで自分一人で決めなければならない気がしてくる。
そこで、これまで主治医との信頼関係が築けていないひとだったら、自己判断で通院を止めてしまうのも無理はないだろう。

でも長らく続けた通院・内服という行為を止めるのって、相当の決心なんじゃないかな。いくら活字に力があると言え、週刊誌で見た、くらいで本当に決めてしまうものかな。
積もり積もった不安や不満が、ある日突然コップから溢れ出た、と考える方が現実的でないかな。
この意思決定については患者を責めるのは間違いで、煽るような書き方をする週刊誌だけが悪いのでもなくて、患者と対話を重ねてこなかった医師にも責任があると思う。

幸い、わたしの患者さんは今のところ連絡なしで通院を中断した人はいない。
話し合いの結果、通院をやめた人はいて、相談の日は感染のリスクに注意しながらも来院してくれたし、一緒に疑問を全て整理できて、次受診を考えるときの指標も一緒に決めて、私としても、とても勉強になった。
今来なくなったからといって、もう来ないというわけではない。通院しない人にとっても、うちのクリニックは、気になることがあったら都度相談しに来て、一緒に意思決定できる、そういう場所だと思ってもらえたらいいな。

週刊誌の記事だって、気になったら切り抜きでも何でも持って来てくれたらいい。
「先生忙しいのに悪いよ」と思うかも知れないけど、一人で答えの出せない不安を抱えたまま通われる方が嫌だな、と思う。

これからも、「テレビで言ってたから」「週刊誌で見たから」「お隣さんに勧められたから」といった最後の一押しを受けて、薬を止めたい・始めたい・検査をしたい・やっぱりやめたい、といった相談は無限に受けるだろう。
そういうときこそ、ファイティングポーズをとらず、その最後の一押しの前にあったはずの不安や思考を、丁寧に掘り下げられる医師でありたい。

数百円の出費で色々勉強できたので、たまには普段買わないような雑誌を買うのも悪くないなと思った。

(写真は以前から気になっている、夏の北海道で良く見かけるノラニンジンという花です。アン女王のレースというオシャレな二つ名がついているようです)

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