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「在宅医療ならでは」の10のメリット

 それではここで、在宅医療という新しい医療について、整理してみましょう。
 これまでに述べたことと一部重複しますが、在宅医療の全体像を理解してもらうため、在宅医療ならではのメリットを10の項目にまとめました。
 高齢になって身体が弱くなってきた人や、大きな病気を経験した人にとって、在宅医療のメリットは非常に大きいということを、あらためて理解できるはずです。

【メリット1】通院が難しくても、「病院が家に来てくれる」

 在宅医療とは、通院が難しくなった患者さんの自宅を医師や看護師が訪れ、医療行為を行うものです。
 自宅を訪問する在宅医は、高齢者の診療や在宅での療養に幅広く対応しています。
 在宅で受けられるのは、血圧や血糖値など生活習慣病関連の管理、感染症や胃腸の症状といったいわゆる内科の診療だけではありません。認知症などの精神科治療、湿疹や褥瘡 じょくそう(床ずれ)などの皮膚科の治療、がんの緩和ケアなども受けられます。
 また在宅医療は、基本的にチーム医療です。主治医が一人ですべての診療を行うとは限らず、必要に応じてチームの別の専門医が治療に加わることもあります。クリニックの診療体制にもよりますが、精神科や皮膚科、眼科、整形外科などの専門医が訪問してくれるケースもあります。歯や歯周病の治療が必要なときは、訪問歯科医を派遣することも可能です。
 いわば、患者さんは自宅にいて、そこへさまざまな疾患・症状に対応する総合病院が来てくれるーそんなイメージなのです。

【メリット2】外来診療、療養病棟と変わらない医療を受けられる

 在宅医療では、病院の外来で行う検査や診療を、自宅でもほぼ同じように行うことができます。
 今はエコー(超音波検査)やレントゲン、心電図などの検査機器が小型化して持ち運べるようになっているため、患者さんの自宅でも必要な検査を行うことができるのです。

【メリット3】24時間、365日の対応が可能

 在宅医療の基本システムは、次の3つからなっています。

①患者さんの状態に応じた定期訪問診療
②24時間対応
③患者さんの求めに応じた臨時往診

 ①の定期訪問診療というのは、計画的に決まった日時に医師が患者さんの自宅を訪れ、診察をすることです。よく外来でも月に1回など定期の診察を行っていますが、それと同じです。
 ②と③は、在宅医療ならではのシステムです。
 在宅だと病院のように医師や看護師が常時そばにいるわけではないから不安、と思う人も少なくないようですが、実際には、在宅医療は「24時間対応」が一つの条件になっています。
 患者さんの様子が心配なとき、家族は夜間でも休日でも24時間、クリニックに連絡できます。また患者さんや家族から要請があれば、医師が臨時に自宅を訪問します。

【メリット4】安心して療養でき、状態が落ちつくことも

 どんな人でも同じですが、特に高齢者にとって、住み慣れた自宅でリラックスして過ごせるということは、想像以上に重要です。年齢が高くなるほど、入院などで環境が変わること自体が強いストレスになるからです。
 実際に、入院していた高齢者が在宅医療に切り替えると、表情が穏やかになり、笑顔や会話が増えることもよくあります。
 また、「病院ではほとんど食事を取れなくなっていた人が、自宅に戻ったら食欲が戻った」あるいは「病院では排泄はおむつだった人が家のトイレでようと練習を始めた」など、衰えていた機能や意欲に変化が表れることもあります。
 もちろん、在宅医療にすれば必ず状態が改善するわけではありませんが、わが家にいるという安心感がもたらす影響は決して小さくありません。

【メリット5】本人も家族も、通院や退院の負担が減少

 足腰が弱くなっていたり、身体に麻痺が残っていたりする人を車椅子に乗せて通院するのは、時間的にも労力的にも大変な作業です。在宅医療にすれば「病院が来てくれる」わけですから、そうした通院の負担はなくなります。
 一部、通院治療を続ける場合でも、月に何回も通院していたときに比べれば、通院回数は少なくなるので、本人や付き添いの家族の負担を軽減できます。
 また、入退院を繰り返していた状態の人も、在宅医療にすれば、在宅医や訪問看護師が経過をしっかり見ていけるため、安定して生活できるようになる例も少なくありません。

【メリット6】薬の整理、適正使用ができる

 高齢者は、複数の診療科や病院にかかっていることが多いものです。それぞれの診療科・病院で数種類ずつ薬を処方され、全体では20種類もの薬を飲んでいるという人もいます。
 しかし、薬があまりに多くなると飲み切れないことも増えてしまい、残った薬が大量にあるという高齢者も珍しくありません。また、複数の通院先で似たような作用の薬が出されているなど、過剰な投薬、不要な投薬が行われているケースもよくあります。
 短時間、話をするだけの病院の外来では、そういう患者さんの細かい状況まではなかなか把握できないためです。
 その点、在宅医療では、医師や薬剤師らが患者さんの生活の場に入っていって診療をするので、飲まずに残っている薬(残薬)や薬の重複などもチェックできます。その結果、不要な薬を整理できることも多々あります。

【メリット7】小さな体調変化の早期発見ができる

 高齢者が自宅で療養をしていると往々にして、発熱した、咳がひどくなった、食欲が落ちている、といった気がかりな症状が出ます。
 通院治療では、あまり些細なことで病院へ行くのもためらわれ、ギリギリまで様子を見たり、我慢をしたりしてしまいがちです。その結果、症状が悪化してから慌てて受診することになり、治療や回復にも余計に時間がかかってしまいます。
 それに対して在宅医療では、気になることがあれば、いつでも電話でクリニックに相談することができます。
 また、在宅医療を始めると、医師だけでなく訪問看護師やヘルパーなど、多くの専門スタッフが頻繁に自宅を訪れるようになります。そういったスタッフに心配事を相談することもできますし、スタッフが知った情報は医師にも伝わるようになっています。必要があれば医師が往診を行うなどして、小さな変化にも早めに対処できるため、体力の落ちた高齢者も体調を維持しやすくなります。

【メリット8】必要なときは、地域の病院と連携して対応

 在宅医療を行うクリニックは、基本的に地位の病院と連携して診療を行う体制を取っています。
 自宅で療養をしていて万一、在宅医療では対応できない治療や入院治療が必要になったときは、在宅医が病院へ連絡し、受け入れの要請を行います。
 例えば、高齢者が自宅で転倒して骨折を疑う、胸が痛くて心筋梗塞を疑う、といったときは、在宅医が緊急入院の手配を行います。そして治療を終えて退院したあとは、再び在宅療養へ戻ることができます。
 入退院の際も、在宅医と病院の医師が患者さんの情報を共有しながら治療や療養の方針を決めていくので、在宅から病院へ、病院から在宅への以降もスムーズにできます。

【メリット9】本人や家族が希望すれば、自宅での看取りも可能

 前にも述べましたが、在宅医療を始めたら必ず自宅で看取りまで行わなければならない、というわけではありません。
 ただ、高齢者や終末期を迎えた人が「最期まで自宅にいたい」「余計な治療をせずに穏やかに逝きたい」と思うとき、その希望をかなえてあげられるのが、在宅医療です。
 最近では、家族を自宅で見送った経験があるという人は非常に少なくなっているため、ご家族が不安を覚えるのは当然です。しかし、在宅での看取りは、旅立つ人から次の世代への「命をつなぐ」尊い機会でもあります。
 そこで、本人が苦痛なく穏やかに最期を迎えられるように配慮するのはもちろんのこと、見送る側のご家族の葛藤や不安にも寄り添い、支えていくのが、私たち在宅医や訪問看護師の仕事です。

【メリット10】自己負担額は、所得により1~3割

 在宅医療にすると医療費がどれくらいかかかるのか、という点も気になるところでしょう。
 医師が家に来てくれるとなると、費用もその分高くなるのでは、と思う人もいるようです。在宅医療は基本的に保険診療であるため、医療費の自己負担額は病院にかかるときと同様、後期高齢者では1割(所得により3割の場合もあり)です。
 実際の金額は、患者さんの病状や希望する医療の内容によって変わりますが、全国在宅療養支援診療所連絡会2004年のデータによると、在宅医療を受けている人の1カ月の医療費(自己負担額)は、全体の76%が7500円以下、全体の89%が1万円以下となっています。平均で約6700円ですから、入院治療と比べるとむしろ割安というケースもあります。
 在宅医療では、クリニックに支払う医療費のほかに介護保険サービスの費用が発生しますが、そちらも利用者の自己負担額は1割です。さらに在宅医療や介護の費用が高額になったときには、言っての基準を超えた分を払い戻してもらえる制度もあります。
 医療費の面で不安があるときは、在宅医やケアマネージャーに相談をすれば、それぞれの事情に応じて対策を検討してもらえます。

引用:
『1時間でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2017年11月2日
出版社:幻冬舎