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【ガーランド】:フロランタン

 今日は、体が動かなくなってしまって仕事を休んだ。こういう日記が続いてしまうんじゃないかと懸念している。

 朝、起きたけれど、出勤前に体がいうことをきかなくなる。絶望する。呪いの言葉を吐く。叫ぶ。なんで世界はわたしのことを許してくれないんだ。わたしはいったい、どうしたらいいんだ。分かんないよ、分かんないよ、分かんないよ。

 わたしは、いったい、何を間違ってしまったのだろう。

 薬を飲み、眠る。
 午前中から眠り、目が覚めた時は夕方だ。
 少し掛け布団が重い。ザジが、その布団の端っこで眠っている。

 ザジを起こさぬように、芋虫のように布団から這い、キッチンにゆき、水を飲む。お腹がぐう、と鳴る。動けなくなった時は、特別にお腹が空く。飢餓感、というものを感じる。お弁当の用意はあり、それを取り出す。その気配を感じてザジがやってきて、わたしの足にまとわりつく。ボウルの中身は空っぽだ。わたしが寝ている間に、残しておいたカリカリを食べ切ったみたいだ。
 わたしは、ザジにキスをして、すぐにボウルにカリカリを注ぐ。
 ザジはガツガツとカリカリを食べる。
 わたしもガツガツとお弁当を頬張る。

 食べ終わってわたしたちは呼吸をする。
 体のこわばりは消えている。

 ふう、と息をついたわたしの頭に閃くものがあった。
 とびきりのご褒美。
「ザジ、なんと、ウチにはお菓子があるんだよ〜」
 ザジは興味なさそうに向こうの部屋に行ってしまう、と思ったら戻ってきて、わたしの足に頭をこすりつける。ザジの背中を撫ぜる。にゃ、と小さく鳴き、やっぱり向こうの部屋に行ってしまう。

 ザジの気持ちが、どんなだかは分からないけれど、やさしい子だということを知っている。サンキュー、ザジ。ラビュー。

 わたしは、インスタントのチャイティーをいれ、お菓子の袋を開ける。
 青いお皿に並べる。

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 こんな日にフロランタンがキッチンに存在すること。
 わたしは世界に全然、愛されていないようでいて、とびきり幸せになるように導かれている。
 3食昼寝付きの豪華な日常。
 それでもわたしは、悲劇のヒロインだから、パンがないと言ってフロランタンを食べるのだ。

 噛みしめる、おいしくて、涙が込み上げてしまう。
 わたし、どうしたらいいんだろうな。
 働くことが苦しいよ。

 明日は、仕事にゆけるかな。新しい仕事は見つかるかな。
 涙がこぼれないように見上げたのに、溢れたそれは流れて、耳をくすぐり、現実をさらにもう少し遠くへ押しやる。
 指先で涙を拭えば、耳元に甘さの足跡が残る。くすぐったくなり、ちょっと笑う。

***

<セットリスト>

羊文学 『マヨイガ』


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