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【中編小説】 マジックアワー vol.6

「はい、ではこれから写真部の合宿を始めます。
 まずはじめに今年の写真インターハイの結果を発表します。
 っ惨敗でしたー!
 ああ、ちくしょう。それもこれもわたしの実力が足りなかったためです。毎年北海道にいっていた先輩方に申し訳ない結果となりました。ふたりはまったくの初心者だったから仕方ない。すべてわたしの不甲斐なさゆえです。ごめんなさい! でも、このままで終わるつもりはありません。来年こそは北海道にいってもらいたい!」
 斉藤先輩は本当に悔しそうに叫ぶ。北海道、いきたかっただろうな。インハイ全国大会の会場は毎年北海道で、数日かけて開催される。
「あ、でも、部員増えなかったらどうするんですか?」
 いつでも冷静な蜂飼くんが発言する。
「ふふふ、その心配はいらないよ、ハッチー。なぜならわたしの妹がこの高校に入学するから。そして、妹はわたしが英才教育を施しているのです! 正直、わたしよりも才能あると思う。だから、どうしても来年は何とかしたいと思っている」
 またわたしに対するプレッシャーだ。
「いつもの夏合宿は、選手権対策のシューティング合宿だったけれど、今年はふたりに中級を飛び越えて上級カメラマンになってもらうため、しっかり写真の基礎から叩き込みます。では早速ですが、講師の萩原先生よろしくお願いします」
 萩原先生はわたしの担任でもある国語教師。見た目はただのおじさんだけれど、感性が結構若い感じ。
「斉藤、だいぶ芝居がかってるな。でも、その心意気は買うぞ。
 はい。では今年の合宿について説明しよう。リラックスして聞いてくれ。
 今日は、写真の歴史をかいつまんで話す。やっぱりそういうの、オレは大事だと思うんだよね。フィルグラ映えもいいけれど、写真の魅力はそれだけじゃない。テキストも作ったから一緒に写真について学んでみよう。今日の最後にはレポートを提出してもらう。1日目はそこまで。そして、2日目の明日は当日に課題を発表する。選手権の雰囲気に慣れようということだ。
 では、よろしく」
 萩原先生がプリントを手渡してくれる。束ねられたコピー紙は結構、厚い。そのテキストを用いて写真の歴史が語られる。

 萩原先生の話は、なかなか面白かった。国語教師なのに、世界の歴史のこともよく知っていて感心する。それだけ写真は歴史に大きく関与したということだろう。ま、ただの写真オタクなだけかもしれないけれど。
「それじゃ、レポートよろしく」
 わたしたち3人は教室に残されてレポートを書く。
 原稿用紙を埋めるシャープペンシルの滑る音が耳に心地いい。わたしもペンを走らせる。外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
 レポートを書き上げると、それぞれに発表の時間を持った。3人とも視点が違うから面白い。わたしのレポートはふたりにはどのように届いただろう。


 写真史を学んで       高階 柊

 フェルメールがカメラ・オブスクラを用いて絵を描いていたことは知っていました。それがカメラの元になっていたことも。ただ、その先の今のカメラにつながる知識はなかったので、とても新鮮でした。
 わたしが興味深く思ったのは、今から100年以上前の写真がとてもモダンに感じられたことです。長い間残る写真というのは、永遠に若いような気がしました。タルボットの標本写真は、全く色あせることがない。それはブロスフェルトの植物写真にも繋がっています。植物の形が変わらないから、当たり前のことだと思うけれど、何だかそれはびっくりしました。マイブリッジの動体写真も馬の駆けてゆく様子が克明に写し取られています。
 戦争の時代にも写真は活躍します。まさに真を写すことが重要なこと。ただ、その一枚の写真の影響力というのにも考えさせられました。それによって、デモが起きたり、革命が起きたりする。報道写真を撮影することは、とても冷たい視点を持たないといけないのだな、と感じました。冷たいというのは冷静なという意味ではあるけれど、やはりどこか突き放したような冷たさも感じます。わたしはそこまでドライになれるか、自信がない。でも、写真家に必要な要素のひとつであるようにも感じました。
 マン・レイの写真はセンスの高い広告のようでした。ブレッソンの写真はとってもおしゃれ。ソール・ライターはそれにさらに色をのせたような感じで、とても好みでした。わたしは、報道写真よりも広告写真の方が好きかもしれない。それと、もっと古い時代に起きたムーブメントで、ピクトリアズムというのに興味を惹かれました。RAWで撮影した写真を現像するのと同じように色付けすることは100年以上も前に行われていたこと。こういうアプローチが伝統的なものであることに驚きました。もちろん、現像の意味は知っていましたが、こんなにもコントロール可能なものだということに驚いたのです。フィルムの写真も撮影して、いつか自分で現像したいと思いました。
 アウグスト・ザンダーの肖像写真も面白かったです。確かに時代は感じるけれど、その解像感はやはり新しいままです。
 今回の写真史の学びを通してわたしが感じたことは、プリントされた写真は残るということ。そして、現代の写真はフィルグラのように消費されていること。わたしは、フィルグラもとても好きだけれど、やっぱり長く残る写真を一枚でも多く撮ってみたいと思いました。


 カメラに触れることも怖い今なのに、優等生みたいな文章を書いてしまったことを後悔する。わたしはとても嘘つきだ。
 レポートを先生に手渡しする時、体がちぎれそうに感じた。わたし、写真をやめようと思ってから、かえって写真に手をつかまれているような気がする。

 合宿なので、今日はこのまま学校に泊り込む。夜の食事は定番のカレー、かと思いきや
「はい。今年の合宿めしはチーズタッカルビです! おしゃれ~」
 これは完全に斉藤先輩の趣味なんじゃないの? と思ったけれど、確かにわたしもチーズタッカルビ食べてみたい。
 野外のキャンプじゃないから、飯盒炊爨とかはしないんだけれど、家庭科室で料理するのはなんだか楽しかった。その様子を撮影するのは萩原先生だ。
 斉藤先輩が率先して野菜を切るけれど、結構その手つきが危なっかしい。一番包丁使いが上手なのは蜂飼くんで、
「よ、料理男子!」
 斉藤先輩は冷やかす。そんな声にも蜂飼くんはどこ吹く風。逆に、
「今どき、料理に男子も女子もありません。そうやって男子を甘やかすから、社会が成熟しないんです」
 斉藤先輩、しゅんとしちゃった。
 蜂飼くんが提出したレポートもそういうジェンダーな視点が入っていた。大半がロバート・メイプルソープについてだったのが印象的だった。
「それでは、いただきます、の前に、」
 斉藤先輩が木べらでチーズを掬う。
「ヒーコ、わたしとチーズタッカルビ撮ってえ」
 わたしは、ぶんぶんと首を振る。斉藤先輩は、はてな? という顔をしたあと、
「じゃあハッチー」
 そういって先輩のスマホを蜂飼くんに手渡す。蜂飼くんは満面の笑みの斉藤先輩を撮影する。
「サンキュー、ハッチー。これフィルグラにあげちゃおう」
「斉藤、早くしろよ。冷めたらマズイだろ」
「そんなことありません。冷めたっておいしいに決まってます! でもこのとろ~りとした画は今しか撮れないんです!」
 斉藤先輩のフィルグラもなかなかいい写真が投稿されている。
「これはわたしが撮ったわけじゃないからフィルターかけちゃおう」
 どうやら自分で撮影した写真はフィルターなしで投稿しているみたい。蜂飼くんに、何ですかその差別っぽいの、と問われて、それは写真部の矜持よ、と答えていた。蜂飼くんも写真部だけどね。
 チーズタッカルビは抜群においしかった! とろけてゆくチーズと鶏肉の相性がぴったり。野菜もしっかり、ふんだんに摂ることができる。確かにこれは流行るわ、と思う。それを自分たちの手で作って食べるっていうのがなんだかいいね。
 はふはふしながらみんなで食べる食事はおいしい。家庭科室という非日常がなんだか特別な感じで嬉しい。
「おいしいね」
 無言で食べ続ける蜂飼くんにわたしが話しかけると
「レシピ通りに作ればおいしいのは当たり前です。隠し味とか、変なひと工夫をするから失敗するんです」
 蜂飼くんはそうドライに返してくる。あ、これってわたしが感じた写真家に必要な素質なのかも。

 運動部の使うシャワー室を借りて今日の疲れを流す。眠るのは体育館。みんな寝袋持参だ。
「ネイチャーフォトを撮るなら、やっぱりこういう経験は大事になる。来年は野外でテントだな。星の写真を撮りにゆこう。そのためにはなんとか部員を増やして部費を集めないといけない」
 体育館の床はひんやりして気持ちがよかった。寝袋もこれまたお兄ちゃんの私物なんだけれど、結構いいものらしい。
 ごそごそと眠る体勢を整えていると、隣で横になっている斉藤先輩が声をかけてくる。
「ねえヒーコ。あなた、ずっと写真撮ってないって聞いたけど」
「あ、はい。ええ」
 いったい誰に聞いたんだろ。萩原先生かな。
「それなのに合宿に参加してくれてありがとう。わたしね、ほんとに予選で落ちてしまったこと悔しかった。先輩たち、ただ楽しく写真を撮っていたのじゃなくて、実力もあったんだなあって、あらためて思った。わたしも写真が好きで、先輩のことも好きだから、大学をその先輩のいる写真学部に決めたの。合宿に座学があったのは実はわたしの受験のためでもあったんだ。面接と小論文対策ね。
 わたしは写真を続ける。でも、ヒーコに写真を強制したりしないよ。楽しいことは他にもたくさんあるから。でもスマホとは違う、ファインダーを通して見える世界は、やっぱり特別だと思うよ。写真にすることで、見ているのに見えていなかった世界を教えてくれる。ヒーコがどんなことをしてゆくか知らないけれど、この経験は必ず役に立つから、自信を持ってね。
 じゃあ、おやすみ」
 そう言うと、先輩はすぐに顔を天井に向け、目をつぶる。
「おやすみなさい」
 わたしも、そう声をかけ、目をつぶる。でもなかなか寝付くことができない。そのうちに、みんなの寝息や歯軋りが体育館に反響しはじめる。わたしは目を開いて暗がりの天井を見つめる。明日、久しぶりにカメラを持って、シャッターを切る。切ることができるだろうか。できなかったらそれでいい。
 それで全部おしまいだ。



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