00プロローグ

【小説】 アネモネダイアローグ#1

 プロローグ

(ねえ、今日は何をしようか)
(何をして遊ぼうか、でしょう)
(この見晴らしのよい小高い丘で)
(春の風に吹かれながら)
(何をしようか)
(ボリス・ヴィアンごっこ)
(『日々の泡』をして遊ぼう)
(ムード・インディゴ、いいね)
(それは映画の方だね、わたしも好きだよ)
(流れてゆくタイプライターの群れ)
(カタカタカタカタ)

【コランはおしゃれの仕上げをおわるところだ】


(配役はどうしようか?)
(わたしはカクテル・ピアノになるよ!)
(わたしはだんぜんクロエ)
(だめ、クロエはわたしだよ)
(いいえ、わたしがクロエよ)
(あ、わたしはニコラがいいかな)
(ウナギ捕まえられるの?)
(わたし、パルトル!)
(『かび臭さ』でシックを誘惑するのね)
(はいはーい。そこまで! そうやって配役だけでも、いつまでたっても決められないのだから、もう少し工夫をしなよ)
(何よ、仕切り屋……)
(何か言った?)
(いーえ)
(クスクス)
(で、何かいいアイデアがあるんでしょうね、仕切り屋さん)
(クスクス)
(クスクス)
(クライマックスからはじめるのよ)
(クライマックス)
(クロエが睡蓮に冒されるところからよ)
(それのどこがいいアイデア……)
(えー、暗いじゃん。ロマンチックさにも欠けるなー。雲のところの描写が好きなんだよ。

【すると、その雲がふたりを包みこんだ。その内部は暖かくて肉桂(シナモン)入りの砂糖の匂いがした】

ってうっとりさせられるんだよ)
(そこは、まあ、そうなのだけれど。クライマックスから始めたい理由があるんだよ。前半はロマンチックだけれど、新婚旅行のくだりから悲劇さは帯びているのだから、いいじゃない)
(って、強引)
(まあ、聞いてみましょうよ。わたしはクライマックスからでもじゅうぶんよ)
(ありがとう。新婚旅行の時にクロエの身に起こること。彼女の肺に睡蓮の種が蒔かれる)
(知ってる)
(そして、その睡蓮のせいで病床に伏せるようになってしまう)
(その治療のために、たくさんの花がやって来る)
(コランの財布が傾くほどの花々!)
(そして、それらは睡蓮を枯らすこと叶わずに散ってゆく。それでね、その場面を、その花々をわたしたちが演じるの)
(わたしたちって、わたしたちすでに花じゃない。花そのものよ)
(野のゆり、ソロモンでさえこれほど着飾ってはいなかった、とたたえられた麗しい花、アネモネ)
(あるいは美少年の変身譚)
(美少年!)
(どちらでも)
(野のゆりにこだわらないってね)
(クスクス)
(あー、いいね。わたし、ちょっと乗り気だな。人間が他の人間を演じるみたいに、花が花を演じたっていいじゃない、ってことだね)
(ご名答)
(じゃあ、わたしはダリアになろう)
(わたしはクリスマスローズ)
(わたしは曼珠沙華)
(季節バラバラじゃん。わたしヒマワリ)
(なにそれ、そんな簡単に決めていいの?)
(やっぱり、わたし花じゃない方がいいや。ハツカネズミがかわいくってよいかな)
(また勝手なことを。じゃあわたしはイジス。ムード・インディゴの彼女が素敵だったの)
(パルトルの銅像!)
(やっぱりわたしはカクテル・ピアノ!)

*****

2.ナルキッソス >>

*【 】内の箇所は 新潮文庫 ボリス・ヴィアン『日々の泡』 曾根元吉訳 より引用。

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アネモネダイアローグ
  • 7本

アネモネたちが花に扮して「日々の泡」を上演する。 「花が花を演じたっていいじゃない」

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