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ガッジーナ・デ・パロ

タイトルの語を聞いて、それが何を指すか一発で判った方はかなりの動物好きとお見受けする。

ガッジーナ・デ・パロ(gallina de palo、本来ならば「ガリーナ・デ・パロ」と表記すべきなのだが、訛ってこう聞こえるのかワタクシが手にした資料では一貫して「ガッジーナ」(または「ガジーナ」「ガジナ」)表記だったので、本文では以下【ガッジーナ・デ・パロ】にて統一する)とはスペイン語で「樹上のニワトリ」と言う意味である。
なればこの語は樹上を住処にするある種の鳥…例えばキジの仲間…かと思えば然に非ず。ガッジーナ・デ・パロとは爬虫類のイグアナ…特に南米各地で良く見られるグリーンイグアナを指す語なのである。

どうしてあんなニワトリのイメージの欠片もない、見るからに古代から復活した爬虫類でござい…と言った見かけをしたグリーンイグアナが「樹上のニワトリ」なんて呼び名を頂戴しているのかと言うと、グリーンイグアナは原産地では食用として重宝され、その肉の味がニワトリのそれに例えられているからだそうである。そう言えば中国ではある種の食用ガエルを「田鶏(ティエンジー)」と呼ぶ。カエル肉が鶏肉に似ている事はしばしば言及されるが、イグアナの現地での呼称…ガッジーナ・デ・パロの語も、それと根源は同じなのだろう。

大型のトカゲは一般に美味なものが多く、特にオオトカゲ類やタテガミトカゲ類(イグアナを含む南方系のトカゲの一系統)は食用として良く利用される。この内オオトカゲ類は肉食性で、しかも餌の鮮度を選ばない(極端な話、都市部から出る動物性蛋白質の生ゴミでも生きていける)為肉に臭みが移りやすいが、グリーンイグアナは基本的に餌の殆どを植物で賄っている(グリーンイグアナは幼体と成体で餌の嗜好が異なり、幼体は昆虫や小動物を中心に食べる雑食で、成長するに従って植物食へと移行する事が知られている)為に肉に臭みが無いのだそうだ。現地では腹に卵を抱えたメスが珍重され、丸ごと煮込んでシチューに仕立てる…と言う、絵面を想像するとちょっとぞっとする話も聞いた(この辺は吉行淳之介先生の随筆【珍獣戯話】でも言及されていて、吉行先生は「(イグアナは)養殖が可能なのだろうか」と結んでおられた記憶がある)。

開高健先生の【オーパ、オーパ!コスタリカ篇】には、実際にイグアナを食べるくだりがある。文中、開高先生はイグアナの料理を短く簡潔ながら口を極めて絶賛しておられた。以下、引用させて頂きたい。

イグアナ。生きている化石。見事なスープ。すばらしい白い肉。

顔は"化石"というしかないが、骨に精粋がこめられている。この古代のトカゲの骨のスープは淡麗そのものであって、思わず呻きたくなる。ウミガメの腹甲からとったスープのような黄金色の濃さはないけれど、豪華を濾したその淡白はあっぱれなものである。肉は白身で唐揚げにするとよろしい。この動物はその美味から現地では"ガジナ・デ・パロ(木のニワトリ)"と呼ばれているが、うまい命名である。

いずれも開高健【オーパ、オーパ!コスタリカ篇】より


然し、日本でイグアナの食用目的での利用に注目が集まったのは恐らくこの数年の話ではないかと思う。
…と言うのも、近年沖縄県・石垣島でグリーンイグアナが野生化し、数を増やし始めた事が判明したからだ(一説によるとこのグリーンイグアナの野生化、良くあるペットの違法遺棄個体の帰化ではなく、個人による意図的な放流なのだと言う。何の目的なのだろうか)。
石垣島は現在、日本でも有数の外来生物天国と言って良く、グリーンイグアナの他にもインドクジャク、コウライキジ、ナイルティラピア、マダラロリカリア(南米原産のナマズの一種、プレコまたはヨロイナマズとも)…等、定着した外来生物を数えたらキリがない。
インドクジャクに至っては最近食用の為に積極的に捕獲する動きがあり、ブランド化されて販売されるようになったが、若し今後グリーンイグアナが石垣島の生態系に悪影響をもたらすと判断されたならば、イグアナも同様に食材として活用されないとは限らない。実際にTV番組やYouTubeを介してイグアナ料理を作って食べた様子を公開された方も居るようだ。
本来であれば、外来生物に関しては駆除こそ真の【目的】(或いは【到着点】)であって、帰化したイグアナが食材としてもてはやされ、イグアナ料理の為に石垣島のイグアナの個体数維持を…なんて動きになったら本末転倒ではあるのだが(これは他の外来生物にも同じ事が言える)、若し日本でイグアナ料理を食べる機会があったなら、一度は食べてみたい気がする。少なくとも味は保証されているのだし。

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