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「じゃあその人を俺に自信持って紹介できるんすか?」

平凡な人生に、突き刺さったことばたち④

平凡なサラリーマンの私にも、人生の中に、忘れられない強烈な言葉たちがある。それを、エピソードと共に書いていくnoteです。書き溜められたら、記念の本にしよう。


【じゃあその人を俺に自信持って紹介できるんすか?】

東京で暮らし始めてしばらくして、私はある人の事を好きになりかけていた。

今まで好きになったどの人ともタイプの異なる人だった。気持ちの浮き沈みがものすごく激しく、急に機嫌がよくなったり、かと思えばいきなりつれなくなって不貞腐れて、時にはデート中帰ってしまう事もあった。
そうかと思えば当日連絡してきていきなり家に来るような事も何度かあった。
そういった不安定な彼女を、私はどう対応していいか分からず、頑張って合わせようとして、疲弊して、でも何か明確な理由があるはずだと、一生懸命付き合っていこうとした。

あくる日も、いきなり機嫌が悪くなって、何だか気まずくなってその日は終わってしまい、彼女を好きだった私は、何か悪い事をしたのかなとか、気になって、元気がなくなって、でもどうしていいか分からず、仲の良い後輩を居酒屋に呼んで、話を聞いてもらっていた。

後輩には何回か彼女の話をしていたので、またかという感じで「もうその人はやめた方がいいですよ」と、その時にも言われた。
何回も言われているのに、結局気になってしまう。機嫌が悪いから気になるのか、好きだから気になるのか、私は訳が分からなくなっていた。

ああでもないこうでもないという私のどうでもいい恋愛話を、真剣に、ゆっくり聞いてくれる後輩。しかもこの時は後輩の彼女にまで来てもらっていた。

この後輩とはとても古い付き合いで、お互い田舎が一緒で、タイミングは違えど二人とも東京に出てきて、鼓舞し合いながら、東京でがんばっているんだぞと意識していたと思う。後輩であり、親友なのだ。

1時間以上、だらだら話しただろうか。中野のくたびれた居酒屋。
「絶対、やめた方がいいですよ。なんからしくないですよ。」
「でもな、なんかな。」
こんな問答をずっと続けていた。そして、後輩が、ふと言い放った。

「じゃあ、その人を自信持って俺に紹介できるんすか?」

いつも優しい口調の後輩の、珍しい、強い言葉だった。
「だっていつも、好きな人が出来たとか、彼女が出来たとかそういう時、会わせてくれたり、話してくれるじゃないっすか。でも今は、どうしようってなってるし、なんか話聞いててても、うまくいく気がしないっすよ。」

確かに、いつも親友でもある後輩に、彼女や好きな人の話を、嬉しくなって、共有したくて、話していた。
でも、今は、嬉しいではなく、悩みベースの話だ。いつもこの彼女の場合は悩みベースの話。
彼女自身ともたくさん話したけど、解決しそうもない。

「俺は、やめた方がいいと思いますよ。」
断定的に言うのも、珍しい。そして後輩の彼女も絶対やめた方がいいと言っている。

私は決断にものすごく時間がかかるため、好きになるのも時間がかかったり、好きをやめるのも時間がかかる。

こんなに言われながらも、その日はっきりスパっとは気持ちを切り替えられず、結局だらだら時間がかかりながら、なんとかその人の事は薄れていった。
確かに思えばそんな会って悩むばかりの関係なら、うまくいくはずがない。それでも考えてしまうから、不思議だ。年齢を重ねて、恋愛的な気持ちも随分なくなっていたから、悩む事自体が、心のどこかで懐かしく、もしかしたら、少しだけ嬉しかったのかもしれない。感情が揺さぶられた事が。

その彼女の事はすっかり頭から抜けていったけれど、それよりも、いつも穏やかな後輩に、ラッパーの突き刺さるパンチラインのように
「じゃあその人の事自信持って紹介出来るんすか!」と言われたセリフは、私の人生に深く刻まれている。

やっぱり、親友に紹介出来るような人といる方が楽しいだろうし、そういうところが容易に想像できるような人なら、うまくいくのかもしれない。

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