依存と共依存

 人間は皆、何かに依存しながら生きている。
 たとえば学校、会社といった組織、家族や、友人関係、恋人。
 みな、なんらかの組織や人間に依存しなければ生きていけない。

 依存無くしては人間は生きられないと思っている。
 赤ちゃんの頃はみな、母親に依存している。母親から与えられる乳房に、自分の生命を依存している。世話されることで、生命を存続できる。それ無くしては生きることができない。
 生まれた赤ん坊は、母親に依存して生存することができる。

 だけど、大人になったらどうだろう。
 子供の心を持ったまま大人になった人がいる。
 きっと、ほとんどの人が子供心を残したまま生きている。
 いきなり大人になることなんてできない。段階を踏んで、少しずつ少しずつ大人になっていく。
 一歩ずつ、一心後退しながら大人になっていく。問題を抱えながら、コマを進めながら、一歩一歩大人への道を進めていく。
 
 大人とはなんだろう。
 大人になるということは、自立するということだろうか。
 私は違うと思う。自分の心が自分で保てるようになれば大人になれるというのか。違う。

 依存先を増やすことが、大人になることだと思う。
 自分の心を少しずつ他人に預けることができるようになれば、大人になったと言えるのだと思う。
 自立とは自分の心を1人で受け持つことではなく、自分の心を少しずつ他人には受け持ってもらうことだと、私は思う。

 共依存は、受け持ちあった末に、崩壊する。

 心の重たさは、1人では受け持つことができないほど重たいものだと思うからだ。

 人の心は重たくて、そして苦味走る。
 そして、奇妙で味味深い。

 それを楽しむことができたら、もっと人生を楽しむことができると思うのだ。

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