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予感

暗く暖かい部屋で眠っていると「ひゅうっ」と小さく音を立てて、冷ややかな風が吹いたような気がした。

どこの隙間から入り込んだのだろう、と手のひらの感覚を頼りに壁を探ってみる。

ザラついた壁紙は、無限に続くかのような単調なリズムでそこに張り付いている。指先に伝わる無機質な感触は、無表情なあの人の顔によく似ている。


この部屋のどこかに、ついさっき芽吹いたばかりの、棘のある植物が置かれていて、いつか僕の手はそれを探り当てる。そんな予感がある。

チクリと痛みが走ったそのときに、指から血は流れるだろうか。痛みを伴ってもなお、その植物を大事に育てていけるだろうか。

小さく残った傷跡を、僕は許すだろうか。あの人なら許すだろうか。


光の溢れる舞台に立って笑いたい。静寂に満ちた客席と泣きたい。

僕がしたいことはそれだけだ。それで十分だ。

幼子の純粋を、大人の卑しさで汚してしまいたくない。


ハッピーエンドを迎えたいなら、アイロニーの漂う悲劇の舞台で踊ってはいけない。

そう言い聞かせながら、僕はまた浅い眠りに落ちていったのだった。






次の朝、目醒めると、すでに風は止んでいた。

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