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Nスタ ふくしま 2月13日放送より 取材:田勢奈央

去年4月に、一部を除き避難指示が解除された福島県富岡町。住民の帰還率が2.6%にとどまるなか、毎日50キロ離れたいわき市から通って、食堂を営んでいる女性がいます。富岡町で暮らす人や、働く人たちが集う食堂に密着しました。

「じゃがいも煮えてなかったら、言って」

今日のメニューは牛すじカレー。少し後からくる辛さがやみつきになります。

「助かってます、ここがあって」

一見ふつうの食堂。少し特別なのは、ここが原発事故の影響で現在も人が住むことができない帰還困難区域のすぐ隣にあるということ。

(5時起き?)「5時です」

いわき市に住む渡辺愛子さん。去年7月、いわき市で営んでいた飲食店を閉め、富岡町の避難指示が解除された地域で食堂を始めました。

(おやようございます)

午前9時、いわき市から富岡町まで、およそ50キロの道のり。この日はアルバイトの女性の車で買い出しをしながら向かいます。

(どうやって献立決めるんですか?)
「その日にお得なやつ・・・主婦と同じ。主婦だから」

食材以外にも、買うものがありました。「小さなお客さん」のためです。

「5歳の女の子が遊びにくる。子供いないじゃない?富岡。キッズルームとか公園もないから・・・公園あるんだけど、入っちゃいけないみたいになってて・・・」

長年いわき市で暮らしてきた渡辺さん。原発のことは、それほど意識してこなかったといいます。

「危険があるなんてみんな思ってないよね。何かあったらおしまいだくらいの気持ち」

富岡町では、去年4月に一部を除き避難指示が解除されたものの、町へ戻ってきた人は429人。震災前の2.6%にとどまっています。

そんな富岡町で、渡辺さんが食堂を始めた理由・・・それは富岡町出身の
女性との出会いがきっかけでした。

「その方の志っていうか、地域の人が戻るように・・・コミュニティの場所があればみんな安心するからって、ご飯食べられれば、元気になるからって」

そんな思いに背中を押され、女性の友人のお店を借りて、町内に食堂を開きました。しかしー

「ここね、がんばらないとなんないんだよね・・・もうけんかくらいしておけばよかった」

オープンの前日、その女性は帰らぬ人となり、渡辺さんはその遺志を継いだのです。

「いらっしゃいませ」「お仕事順調ですか? きょうはどちらに?」

「順調です。きょうは楢葉工場に」

このお客さんは東京から。県内の被災地で、求人の支援をしている男性です。

「意外に普通の求人が多くて、でも集まらないっていう感じです。イメージが原発の仕事しかないんじゃないかっていうのも多分・・・そういうイメージをまず払拭することも必要なのかなっていうのは感じてます」

(どんなお仕事を)「自分たちは1F(福島第一原発)廃炉作業 がれき担当です」

北海道から福島にきて4年が経つという男性。終わりの見えない廃炉作業に携わっています。

「すぐできないっていう悔しさもあるけど、少しでも早く一人でも戻ってこられるような環境を作ってあげたいなって」

富岡町に住む、5歳の鈴木優衣ちゃん。渡辺さんは、この「小さなお客さん」のために、いつも工作できるものを用意しています。

(Q:何が楽しい)「ここで工作するのが」

富岡町出身の両親と、去年町に引っ越してきた優衣ちゃん。近所に子どもの姿はまだ少なく、食堂で遊ぶのが日課になっています。

いろいろな人が集う、渡辺さんの食堂。

「僕らみたいな業者が行っても、普通に温かく迎え入れてくれて、座りな座りなって言ってくれるママさんって、実はそんなに多いわけじゃないんです。本当によくがんばってると思います」(渡辺さんを昔から知る 小出敦さん)

以前からの知人のなかには、富岡町への出店に反対した人もいました。

28歳の長男に180万円出資してもらい、店を始めましたが、まだ利益が出るほどには至らず、日々の支払いをするのがやっと・・・

車を運転しない渡辺さんは、アルバイトがいない日は電車で帰ります。

「星座わかります?」(わかるぐらい星が見えますね・・・)

駅まで徒歩30分の道のり・・・人が戻っていない富岡町の夜は真っ暗です。

終電で帰り、始発で富岡町に向かう生活。渡辺さんを突き動かしているものとは―

「いまの富岡では、いろんな方がお仕事で応援しにきてるけど、私たち飲食店も、おうちご飯になっちゃうけど、何かしら役に立てばなって。ちょっと驚いたのが『ただいま』って入ってくるお客さんいるんですよ。これから『お帰りなさい』って言うべきかなと思って」

富岡に暮らす人、富岡で働く人たちを「お帰りなさい」と迎えてあげたい。

そして、これから戻ってくる人たちに「おかえりなさい」と言ってあげたい。

いつかこの町が以前の賑わいを取り戻すその日まで、渡辺さんは美味しい、おうちご飯を作り続けます。