小さな声と大きな声 ~地球の反対側で起きていること
JNNでは2020年1月6日から「SDGs 2030年の世界へ」として国連の持続可能な開発目標についてのシリーズを始めました。第一回目、南米チリの「消えた湖」はニューヨーク支局・深井記者による取材です。取材は昨年11月、首都サンティアゴで反政府デモが激化したタイミング。暴動取材後に、「消えた湖」の現場に立って感じたこととはー。
南米チリの湖「アクレオ湖」が忽然と消えたという話を耳にしたのは2019年の10月頃だった。
東京ドーム250個分もあったという大きさの湖が消滅するとはどういうことか。この数年で消え去ったという。半信半疑だった。見てみたいと思った。11月中旬、私たちクルーは支局のあるニューヨークからチリに飛んだ。
乾き切った湖底はひび割れ、湖が存在したはずの場所、至る所で野生化した牛や馬が草を食んでいた。
湖に水は一滴もなかった。動物の死骸はあちらこちらに横たわっていた。
「農地が死ねば農家も終わりだ」
湖畔に住む71歳のアルフォンソ・オルティスさんに会った。アクレオ湖の豊かな水で農業を営み、家族と暮らしてきた。「いつから農家をしているのか?」と尋ねると「8歳からだ」と答えた。
皺が深く刻み込まれた頑固そうな老人は、とうもろこしを育てていた農地を案内してくれるという。
「3年前に農家を辞めた。農地が死ねば、農家も終わりだ」
私はスペイン語が理解できない。ままならない意思疎通に苛立つように、“水がなくなれば農家を続けられるはずないだろう、そんなことも分からないのか?”とでも言いたげな目をしている(ように感じた)が、何を聞いても表情を崩すことはなかった。
ただ唯一、悲しい表情を見せた(ように感じた)瞬間がある。
「もはや、腕を組んでこの土地を眺めていることしかできない」
小さな声だったが、重たい言葉だった。
湖でアルフォンソさんに出会う2日前、私たちはアクレオ湖から1時間ほど離れたチリの首都・サンティアゴにいた。香港の反政府デモが連日報じられていたこの頃、チリでも大規模な反政府抗議集会が最高潮に達していた。この段階で既に20人以上の市民が亡くなり、警察が撃った散弾銃などによるケガ人は1000人を超えていた。
地球の反対側のチリで起きていることは日本には遠い話なのだろうか、日本ではほとんど報じられていなかったから伝えたいと思った。
抗議集会の真ん中で市川カメラマンと一緒に取材していると、次々と若者がカメラの前に立ちふさがる。何か大きな声で訴えている。
「どこから来た?日本か?よく来た。俺たちの声を伝えてくれ」
専門家は、暴動の引き金は、富裕層と市民の間の“不平等”を放置し続けてきた“政治の不作為”だと説明する。
チリ大学 ファビアン・ドゥアルテ准教授:
「政府の動きは本当に遅い。国民の要求の3歩も4歩も後ろを歩いている状態だ」
若者たちは警察に怒りをぶつけ、不正に怒り、不平等に怒り、権力に怒っていた。富裕層や、強い企業や、権力者だけが恩恵を受けられる国のシステムに怒っていた。
抗議活動参加者:
「生活費も学費も高くてやっていけない」
抗議活動参加者:
「この土地に育ったチリ人として私たちは変革のために戦う」
誰も彼も大きな声でまくしたてる。
彼らがあげはじめた声は、政府を少しは動かした。政府が打ち出した融和策は、公共料金の値下げや所得保証。若者が求めた憲法改正のための国民投票を実施することも約束した。
一方ー
「ここから先はすべて湖だった。馬がいる辺りまで水があったんだ」
アルフォンソさんは、今度は、農業を支えてきた馬を放牧している場所を案内してくれた。
この場所から目と鼻の先に、真っ赤な実をつけるチェリーの大規模農園があった。広大だった。資金のある企業は、地下水を汲み上げるため、地中深くまで掘削する権利を買うことができるという。
ここでも、強い企業は恩恵を受けることができるのか、と思った。小さな声のアルフォンソさんには、あずかることができない恩恵だ、と思った。
深井慎一郎 記者
2005年TBS入社。報道局政治部、小泉総理番・第一次安倍総理番、幹事長番などの後、夕方の報道番組「Nスタ」、情報制作局「情報7days ニュースキャスター」、再び政治部、外務省担当・官邸クラブ担当・与党平河キャップを経て、去年からNY支局。
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