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大富豪ブルームバーグ氏の"シナリオ"?


                         

写真①会場とワイン ブルームバーグ


写真②会場 ブルームバーグ

セレブが集うパーティーと見紛うような、派手な雰囲気だった。

今年1月、ニューヨーク・マンハッタンの中心部に位置する、高級ホテル「シェラトン」のボールルーム。大統領選の民主党候補の指名争いに名乗りを挙げた、マイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長(77)の集会だ。会場に足を踏み入れると、紫と青のネオンが光っている。無料でワインを配布するカウンターやビュッフェスタイルの食事まで提供されていた。会場に流れる音楽も騒々しい。

「Women for Mike2020」

こう名付けられた、女性の支持を広げようというイベントだった。集まったのは着飾った女性ばかりで多くは白人。およそ1000人が参加していた。
去年11月末になって、ようやく出馬表明したブルームバーグ氏。金融情報サービス「ブルームバーグ」を創業し、巨万の富を築いた。同社は現在、世界180拠点、従業員1万9000人を抱える企業に成長している。しかし、民主党候補としてメディアに取り上げられることは、それほど多くない。毎月のように開催されるメディア主催の民主党候補指名討論会にも参加していない。資産520億ドル(=5兆6千億円)と言われる彼は、個人の寄附を受け付けておらず、参加資格がないためだ。

写真③女性支持者と会場 ブルームバーグ

「I like Mike!I like Mike!(=マイクが好き!)」

集会では、女性支持者が次々と壇上に上がり、特に、アメリカ同時多発テロ直後の2002年から12年務めたニューヨーク市長時代の功績を褒めあげた。ある黒人の若い女性は公害への対応を、銃による被害者遺族の女性は銃規制の推進を、ブルームバーグ氏の人間味あふれるエピソードとともに披露した。ある女性は、「トランプ大統領は、この国を侮辱しています。これは、分断された国を再び統合する闘いなのです」とも語った。

写真④ブルームバーグ本人

最後に登場したブルームバーグ氏。若々しく振る舞おうとするが、背中がやや丸く曲がり、顔の皺も目立つ。77歳という年齢は、やはり隠しきれない。それでも声を張り上げて語る。

「私は、これまでの経歴を通して、実行し、問題を解決する人間でした」

ブルームバーグ氏の語り口は冷静で、敵意を煽るような内容ではない。トランプ大統領や他の候補者の演説と比べると盛り上がりに欠けるのは否めないが、安心感は持てる。最近、テレビのトーク番組で、俳優のロバート・デニーロ氏が、旧知だというブルームバーグ氏への支持を示したときに、トランプ大統領と比較して「彼は、少なくとも大人だ」と語った意味がわかる。
そして、ブルームバーグ氏は、こんな約束も口にした。

「あまり語らず、あまり党派心を出さず、あまり分断をさせず、あまりツイートをしない。どうでしょう、大統領執務室からは今後一切、ツイートをしないというのは?」

こちらで地上波テレビをつけていると、ブルームバーグ氏の選挙CMを見ない日はない。米メディアによると、すでに2億ドル(220億円)以上をテレビ広告に使ったという。アメリカン・フットボールの優勝決定戦である「スーパーボウル」で、60秒1000万ドル(11億円)の広告枠を買ったことも話題となった。また、Google、Facebookにも2800万ドル(30億円)を費やしていると報じられるが、広告費は全て私財で賄っているという。選挙CMの放映が始まった頃、ウォーレン氏らから「アメリカの民主主義を金で買おうとしている」などとの批判を浴びたが、CM(下記動画「YouTube」より)をさらに増やしていると見られる。 



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ジョー・バイデン氏


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バーニー・サンダース氏

今のところ民主党の「有力4候補」は、バイデン氏、サンダース氏、ウォーレン氏、ブティジェッジ氏ということになっている。そこに割って入ろうとするブルームバーグ氏の政策は、「中道派」と位置づけられ、気候変動や医療保険など争点で、ドラスティックな転換を掲げる左派のサンダース氏、ウォーレン氏とは一線を画す。

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エリザベス・ウォーレン氏

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ピート・ブティジェッジ氏

では、果たして民主党指名獲得の可能性はあるのか?1月末段階の支持率は、バイデン氏28.1%、サンダース氏23.8%、ウォーレン氏14.8%、ブルームバーグ氏7.8%。ブティジェッジ氏6.8%となっている(RealClearPolitics調べ)。ブルームバーグ氏は、先頭を走るバイデン氏と20ポイント差。勝ち目がない、と見るのが常識的だろうが、本人は勝ち目を信じて行動をしているようだ。

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「最優先事項は、トランプを追い払うことだ。私はそのために全財産を費やすつもりだ」 

ロイター通信へのインタビューに、ブルームバーグ氏は言い切った。選挙CMなどはさらに増やすだろう。選挙スタッフも、新たに800人の雇用を発表するなど、指名争いの山場の一つとされる3月3日の「スーパーチューズデー」に向けて、資金、人材を大量投入し続けている。支持率も上り調子だ。

とは言え、上位4人を一気に抜き去るのは、やはり至難の業だろう。ところがアメリカ政治に詳しい専門家などから、こんな話を聞いた。「"裏技"を狙っているという見方がある」。

そのシナリオは、こうだ。
毎回、大統領選の指名候補で本格スタートとなる、2月初旬のアイオワ州の党員集会、ニューハンプシャー州の予備選は、米メディアなどで大きく取り上げられるが、実は両州合わせても、確定する「代議員=(デレゲーツ)」は、全体の2.8%に過ぎない。言ってみれば、無視してもいい程度の数字だ。

アイオワトランプ(前回)00000000

アイオワクリントン(前回)00000000

(上の写真2枚は2016年の党員集会のもの)


通常なら、割り当てられた代議員の数が多い州が揃う「スーパーチューズデー」で、指名争いの方向性が見えてくるが、今回は混戦のまま続く可能性もある。ここに、ブルームバーグの「道」が見えてくるというのだ。
7月13日から予定されている民主党の全国党大会。もしも代議員獲得数で首位の候補者が、「過半数」の獲得には至っていない場合、「ブローカード・コンベンション(調停による党大会)」という手法が採用される可能性があるという。

この手法は、党大会での決選投票や話し合いで候補を選ぶ制度。民主党では、1952年以来行われていないが、この手法が採用された場合、"electability"(=当選の可能性)が重視されるという。

この可能性を踏まえて現在の支持率を「中道派」と「左派」に分けて足してみよう。

中道派:バイデン氏+ブルームバーグ氏+ブティジェッジ氏=42.7%。
左派 :サンダース氏+ウォーレン氏=38.6%。

数字の上では「中道派」が「左派」を上回る可能性は少なくない。以下は、あくまで、ブルームバーグ氏指名の可能性を探るための仮説だが、オバマ前大統領が「この国は革命よりも改善を求めている」と語り、候補者たちの「左寄り」に警告を発したように、「民主社会主義者」を名乗るサンダース氏が指名を受けることは無いのではないか。

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バラク・オバマ前大統領

一時、バイデン氏を抜き、支持率首位に立つほどの勢いがあったウォーレン氏は、すぐに急落し、その後も勢いは戻っていない。「ウォーレン大統領」を恐れていたウォール・ストリートの金融関係者の間でも安心感が広がっているという。

では、中道派では誰か?バイデン氏は新鮮さがない。ブティジェッジ氏では若すぎる、経験不足。民主党員がこう判断した場合、ブルームバーグ氏の経営者や市長としての実績が重視されるのではないか。あるいは、ブルームバーグ氏が、自らの資金力を使って党内で何らかの画策することで、指名獲得を実現するのではないか・・・。こんな「裏技」のシナリオが囁かれているというのだ。しかし、これは余りに多くの「仮定」を前提としている。

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経済格差が深刻化するなかで、資産5兆円以上の「持てる者」への反発は、民主党支持者の間で根強い。またニューヨーク市など一部地域を除けば、実は全米では知名度が高くない。大量の選挙CMを流しても知名度はそれほど上がらず、7月の全国党大会にも至らず、早々に撤退するだろう、と予想する専門家の声もある。知名度上昇に最も有効と見られる、国民的行事「スーパーボウル」でのCMについても、最新の世論調査では、民主党支持者の半数超の56%が「見たくない」と拒否感を示しているという。

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「トランプを倒すこと、アメリカを再建すること、これらが最も喫緊の課題だ」

ブルームバーク氏の、この主張に反対する民主党支持者はいないだろう。しかし、それを果たすのがブルームバーグ氏本人になるのか・・・民主党内の長い闘いは夏まで続く。


萩原 顔写真サイズ小

ニューヨーク支局長 萩原 豊

社会部、「報道特集」、「筑紫哲也NEWS23」、ロンドン支局長、社会部デスク、「NEWS23」編集長、外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。