見出し画像

「いま、デザインにできること」 in the UK ~再開したデザイン・ミュージアム、そして電動キックボード~

新型コロナで休館していたデザイン・ミュージアムが再開。このパンデミック下でデザインにできることは何なのか?館長に聞いてみた。

電子音楽×デザイン

「エレクトロニック: クラフトワークからケミカル・ブラザーズまで」という特別展がデザイン・ミュージアムで始まる、と今年はじめに知った時、「これは行くべし」と反射的に感じたのだった。

少年時代にYMOと喜多郎(NHK「シルクロード」のテーマ曲限定)を通過しながら友達の家で聴いたクラフトワークの「電卓」に笑いながらびっくりし、プログレ好き時代にはリック・ウェイクマンみたいにシンセに囲まれるのに少しだけ憧れ(でもその後ドラムを始めて別の方向へ)、英国なんちゃって留学時代には寮の友達がThe Orbにドはまりしていて、今や、“ああケミカル・ブラザーズの「Exit Planet Dust」 がもう25年前か・・・”と遠い目になる、そんな世代として。

その後、コロナが襲来、あっという間に各種博物館やギャラリーが扉を閉じ、あっという間に4カ月が経った。ジョンソン首相が6月下旬に、「7月4日からミュージアムはソーシャル・ディスタンスを保った上でオープンしてOK」と言っても、すぐにオープンできるところはなかった。かの大英博物館も「いやいや、ウチの展示はそんなに単純じゃないんで…」的な反応だった。

それでもトラファルガー広場に面したナショナル・ギャラリーが開き、デザイン・ミュージアムからも「7月31日から開けます。その前にプレスに公開します」という案内が届いたので、即、手を挙げたのだった。

2.デザインミュージアム外観

デザイン・ミュージアムは、かつてはタワー・ブリッジのそばにあったが、今はケンジントン宮殿からほど近い高級エリアに移っている。古今東西のデザインを扱うミュージアムで、日本にもファンは多い。来るのは久しぶりだ。

3.展示タイトル

4.名盤

5.コチンの月

展示エリアに入ってすぐのウォールには様々な電子音楽のアルバムジャケットが並び(「コチンの月」もありました)、その先にはオンド・モルトノやムーグやプロフェットなどが展示され、時代が進むにつて日本のメーカーがより安いシンセやリズムマシンを売り始めて一気にすそ野が広がり、今やベッドルームからヒット曲が生まれる、という歴史が概観される。この種の音楽は常に製品デザインと共に歩んできたことを最初から印象付けられる。

6.シンセ類

7.クラフトワーク

8.エイフェックス・ツイン

極めてデザイン・コンシャスだったクラフトワーク、エイフェックス・ツインとウィヤードコアの関係、またデトロイト/シカゴ/NY/ベルリンといった各都市でのテクノ/ハウスシーンとそれを彩ったフライヤーのデザインなどの展示が並ぶ。もちろんここはイギリスなので、セカンド・サマー・オブ・ラブやハシエンダについても展示がある。ないわけがない。

9.ハシエンダ

チーフ・キューレーターのジャスティン・マガーク氏は、テクノ/ハウス系の音楽のステージ上の「アクションの少なさ」がヴィジュアル・デザインの百花繚乱に寄与した、という基本的な部分から説明してくれた。

10.デザインミュージアム主任キューレーター

(写真:チーフ・キューレーター ジャスティン・マガーク氏)

「ステージの上にいるのはカリスマ性のあるシンガーに率いられたバンドではなく、2台のターンテーブルやコンピューターの前に一人の男や女が立っているだけですから」

「数千のオーディエンスに向かって、あるいは小さなクラブでプレイするにも、ヴィジュアルな“世界”が必要になるんです。グラフィックデザイナー、照明デザイナー、動画制作者らがミュージシャンたちと連携してトータルな体験を演出してきたんです」

お好きな方にはたまらない展示。そして何よりこれだけの音圧で音楽を浴びることが久しぶりだ。これもコロナが奪った体験の一つ。

一方でコロナ禍の中の展示なので制限もある。展示エリアに入るにはまず消毒液で手を消毒し(ディスペンサーはちゃんと周囲に溶け込むようにデザインされていた)中は一方通行。来場者の滞在時間は1時間半に限られる。一日の入場者数は半分近く減るとのこと。これはミュージアムの経営にとっては痛手だ。


パンデミック下のミュージアム

すらっとした長身の、角度によってはスティング似のデザイン・ミュージアムのティム・マーロウ館長はスタッフから渡されたコーヒーが甘すぎたことに一瞬顔をしかめたものの快活にインタビューに応じてくれた。閉館中もずっとミュージアムに通ってきていたそうで、「人が恋しかった。この建物も人を恋しがっていました。再開できて、ホッとしたと同時にわくわくもしています。」と語る。が、入場制限=来客数減少の話になると、オプティミスティックなトーンは消えた。

11.デザインミュージアム館長

(写真:ティム・マーロウ館長)

「集客はミュージアムのビジネスモデルの中心。今後、多くのミュージアムが、どうやって資金を調達して、どういう展示をかけていくのか、見直しを迫られるでしょう」

イギリス政府は新型コロナで影響を受ける文化・芸術施設に15億7000万ポンド(2178億円)規模の支援を発表している。館長は「有難い。でも補助はさらにあってもいい」と言う。もともとデザイン・ミュージアムは協賛企業や財団からの寄付などでその予算の多くを賄い、政府からの補助は2%以下。「我々はこれまで政府に頼らずやってきたのだから、今こそ支援してほしい」なぜなら「ミュージアムは文明社会の中心であり、社会はミュージアムを支援するべき」だから。

この間、休館せざるをえなかった多くの博物館、美術館がオンラインで自らのコレクションを疑似体験させる「ヴァーチャル・ミュージアム」の取り組みをしてきた。マーロウ館長も「それらはとてもインプレッシヴだったし、これからも成長・発展していくと思う」と認めながらも、それらは「パラレル」な体験であって、実際のミュージアム体験の「代わり」にはならない、と断じた。

「ロックダウン中に明らかになったことは、画面を通じて様々なことをやったとしても、我々は集団的な経験を欲しているということです。ミュージアムが提供できるのはまさにそれなのだと考えます」

「オンライン技術はあくまで、より多くの人にリーチして人が実際に足を運ぶように促す手段です。デジタル技術、AIといったノン・オブジェクト・ベースのものを駆使したとしても、我々ミュージアムは、それでも人々が実際に足を運びたいと思うような環境・雰囲気を作り出していくものなんです」

VRなどの技術は進むが、実際にそこに身を置くことの代わりには、なかなかならない。将来的にはわからないけれども、少なくとも今はまだその段階にはないのは確かだ。それはこの日、久しぶりにミュージアムの展示を体験して、実感した。その違いがどこから来るのかはうまく説明できないけれども。

いま、デザインにできることって

この日、館長にぜひ聞いてみたい質問があった。
このパンデミックな世界で、いま、デザインにできることって何ですか?

「デザインはカギを握っているんです」

角度スティングな館長は話し始めた。

12.デザインミュージアム館長②

「デザインと科学の関係、デザインと技術革新との関係こそが、世界がこのパンデミックとどう折り合いをつけていくか、そのカギを握っています」

「人間がどう問題と対峙し、どんな解決策を導くのか。それは基本的に我々がデザインと呼ぶものに関わっています」

「デザイン、とは、単に私が今着ている服や、今私が喋っているマイクといったモノだけの話ではありません。政府の構造であったり、社会の構造であったり、都市計画であったり、我々が今いる建物であったり。それらデザインの様々な要素が未来へのカギを握っているのです」

まさにその通りなのだろう。このパンデミック下で、イギリスでも人工呼吸器が足りなくなるとの恐れから掃除機で有名なダイソンが人工呼吸器をデザインしたり、老舗デパートのリバティがお得意のカラフルな柄でマスクをデザインしたり、うまくいっていないけど濃厚接触者追跡アプリの開発が行われたり、これまたうまく行ったとは言えないけど、どう経済と感染抑止を両立させるかといった政策が提示されたり、それらも全て、現実に対応するために様々なレベルでデザインが動員されたのは間違いない。

そんなパンデミック・ワールドを、デザイン・ミュージアムとしてどうキャプチャしていくのか。館長には既に構想があるようだった。

「このパンデミックと戦うための様々な分野でのデザインを研究し、ソリューションを探求し、展示することが、デザイン・ミュージアムの義務であり、チャンスであると思っています。」

「それは、注射器(のデザイン)とかだけではなく、たとえば将来的に安全な街を、サステナブルに作るにはどうすればいいのか―。環境問題はこのパンデミックで改めてスポットが当たりました。大気汚染が各国で劇的に下がったわけですから。そこから、この惑星の上をよりサステナブルに、より良いやり方で移動するために人類は何をどうデザインできるのか・・・といったことも含めて、です。」


パンデミックと電動キックボード

ロンドンの街の大気は世界の様々なメトロポリスと同様、ロックダウン中にキレイになった。でも、今また交通量が増えてきていて、また元に戻るんじゃないかな、とみんなぼんやり思っている。それはもったいない、このまま車の数を抑えていくことだってできるんじゃないか、という声も多い。

ソリューションの一つとしてイギリス政府が後押ししているのがこちらで言うe-scooter。日本では「電動キックボード」と呼ばれる乗り物だ。公共交通機関の「密」度を下げつつ、車による排気ガスを増やさない、という意味では確かにウィズ・コロナかつサステナブルっぽい手段ではある。

イギリスでは市販されているものの、公道で乗るのは禁止のまま。しかし政府はレンタルについては解禁に向けて試験的運用を自治体レベルで始めている。

13.電動キックボードグループショット

ロンドン西部にある倉庫。ずらっと電動キックボードが並んでいた。ドイツで2年前に設立され、欧州を中心に60の都市で電動キックボードのレンタルを行う「TIER」もイギリス市場を狙う会社の一つだ。

彼らの売りは堅牢な作りと太めの車輪に支えられた安定感。そしてコンパクトに畳んで本体につけたケースに収納できるヘルメットだ。これらもデザインの領域だ。

14.ヘルメット

「イギリスでは今のところヘルメットは強制ではないけど、ユーザーの安全のためには全てのオプションを提供するのが役目だと思っているので」

イギリス展開を任されたフレッド・ジョーンズ氏(UBERから移籍)は「我々は業界で最初に気候ニュートラルを達成した」と胸を張る。確かに電動キックボードについては、見かけのエコさとは裏腹に生産過程で結構な温室効果ガスを排出する、とのツッコミが入ることが少なくない。それだけに、そこはクリアしている、というのが売りになる時代でもある。いかにも欧州の会社だ。

実際に乗ってみた。スタートの時だけキックボードの要領で片足で地面をけり、ひょいと乗った後は右手の親指の位置にあるレバーを操作して加速する。結構な加速である。最初はおっかなびっくりだったが徐々に慣れてくる。なお速度は時速25マイル(およそ40km)くらいは出るそうだが、イギリスでは最高速度は時速15マイル(およそ24km)に設定される。

「乗ってて楽しいっていうのも重要ですからね」

ジョーンズ氏はちょっと楽しくなってきた私を見て笑いながら言った。

値段は、電動キックボードのロックを解除するのに1ポンド(約138円)。あとは1分ごとに15ペンス(20円強)。値段は公共交通機関よりは高めではあるが・・・

15.ジョーンズ氏

(写真:フレッド・ジョーンズ氏)

「イギリスの車利用はその6割が3マイル(4.8キロ)以下で、その多くが1人での利用です」

「リサーチによれば車に乗っている人のうち3分の1はチャンスがあればオルタナティブな移動手段を選ぶとしています」

「また、これからみんなが街に出て経済を回して行かないといけない時に、電動キックボードは公共交通機関と違って移動中のソーシャル・ディスタンスも確保できます」

TIERはこのパンデミック×SDGsコンシャスな世界で十分に商機&勝機があると見ている。ちなみにこのパンデミック下、乗り捨てられた電動キックボードはマメに回収して消毒するんだそうだ。


インクルージブに“デザイン”できるか

でも大量の電動キックボードが街を走り回ることに懸念を持つ人たちもいる。

デイヴィッド・マクワーク氏は、公務員として勤める傍ら、車いすユーザーの視点から街や交通機関をどれだけアクセスしやすいものにするための運動をしてきた。

16.デイヴィッド①修正版

マクワークさんは既に電動キックボードが導入されているアメリカ・ワシントンDCに行った際に見た風景が気になっている。

「乗り捨てられた電動キックボードが倒れて歩道をふさいでいることもありました。また、人って誰かが置いた場所に自分も置くことがありますよね。結果、数台がごちゃごちゃと乱雑に置いてあるところもありました」

こうなると、車いすユーザーや視覚障碍者にとっては邪魔でしかない。
レンタル自転車でも同様の問題は起きているが、置いてあるものをアプリでアンロックして、使い終わったらどこにでも置いておける、という便利さの裏の面だ。

さらにマナー面では他の懸念もある。先ほど「イギリスでは公道で乗るのは禁止」と書いたが、実は結構、公道で乗っている人たちはいる。普通に街を歩けば何台も目にする。市販で買ったものを「違法に」乗っているのだ。そして、彼らの多くが歩道に普通に進入してくる。危ないよ。

17.歩道のキックボード

マクワーク氏はそうしたマナー違反も当然ながら起きるだろうと想定している。

古い町並みが各所に残るロンドンだが、この10年で車いすや視覚障碍者のアクセシビリティは大幅に改善されたという。2012年にパラリンピックがあったこともその流れをぐんと後押しした。マクワーク氏自身、電動キックボードの「エコ」な部分には賛成でもある。ただ一部のロンドン市民にとっての「便利」が他のロンドン市民の犠牲の上に成り立ってはならない。それは共存のデザインではない。

「電動キックボードそれ自体に反対なんじゃありません。ちゃんと管理・運用されることが大事だ、ということなんです」

「私たちの声が計画段階で取り入れられなければ、これまで進めてきたことが10年~15年後戻りしてしまうおそれがあります」

先ほどのTIERもこうした懸念は認識していて、位置情報を使うことで、街の特定のエリアでは速度を一定以下に自動的に抑えるようにすることや、乗り捨て禁止ゾーンを設定することで対応しようとしている。後者については、特定のゾーンで乗り捨てようとするとチェックアウトができない。つまり、ずっと課金され続ける。避けるためにはそのゾーンから出てチェックアウトするしかない、という仕組みをデザインするのだと。

ただやはり限界もあって、歩道に進入しない、とか、視覚障害の人たちの存在に気をつける、などは個々人のマナーに任せるしかない。ハイテクな電動キックボードだが、注意喚起用に普通に指で鳴らすアナログなベルも付いている。

もちろん自治体の側も、レーンの整備をはじめ、街のリデザインにコミットする必要が出てくるし、政治の側も、新しい規則をデザインすることになる。

車いすの活動家、マクワーク氏は「ニュー・ノーマルは誰もが納得する形で進んでいくことが重要」だと言う。これもその通りだと思う。夥しい数の人が亡くなり、社会の不平等も改めて白日の下に晒したパンデミック(あるいはその脅威)のトンネルを抜けた後の風景が、パンデミック前よりもインクルージブなものになっていないと、何と言うか、やりきれない。

19.デイヴィッド橋の上

やり続けること

デザイン・ミュージアムの「エレクトロニック;クラフトワークからケミカル・ブラザーズまで」展の最後の部屋では、ケミカル・ブラザーズが今年は中止になったグラストンベリーで去年、大観衆を前にプレイした際にも背後に大きく映し出していたものと同じ映像が暗い部屋の壁いっぱいに投影され、スモークやストロボライトと大音量でプチ疑似体験をさせてくれる。特異かもしれないけど、これもオンラインではできないミュージアム体験だ。

画像17

画像18

その曲「Got To Keep On」は、コロナ前に選ばれた曲なんだろうけど、今、そのタイトルが妙にシンクロして響く。

パンデミックのもとでも、ミュージアムは収集・展示をしつづけていかねばならないし、エレクトロニック・ミュージックも鳴らされ続けなければならないし、デザイナーたちもデザインし続けていかねばならない。
交通インフラも改善を続けなければならないだろうし、置いてかれそうな人たちは声を上げ続けなければならないのかもしれない。

それぞれ、しんどいけど Got To Keep On。
この前代未聞の状況の中、間違うこともあるだろうけど、転びながら、きりもみしながら前へ。

それがいつか「パンデミック×デザイン展」で体系的に整理され、振り返られる日がくる、のだろう。

あきば②

ロンドン支局長   秌場 聖治 

報道局社会部、各種の報道番組、ロンドン支局、中東支局長、外信部デスクを経て現職。文中にあるようにドラムス演奏が趣味ですが、集中したいときは今もデトロイト・テクノ聴きながら仕事することもあります。