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新型コロナで息を吹き返す「イスラム国」 終わらぬ中東テロリズム(村瀬キャスター取材)

思い出の味とよみがえる記憶

味や匂いが、過去の記憶と強く結びついていることってありませんか?
写真や映像を見返すよりも、特定の味や匂いによって鮮明な記憶がよみがえることが私にはよくあります。
例えば、カップ焼きそばの味です。私にとってその味は、高校時代の夏のプールサイドの記憶と結びついています。
水泳部に所属していた私は、よく練習の合間にプールサイドで間食をしていたからです。今でもカップ焼きそばを食べると、肌に照り付ける日差しのじりじりとする感覚や、プールから漂ってくる塩素の匂い、遠くから聞こえてくるブラスバンド部の単調な練習音まで、プールサイドにまつわる様々な記憶がとてもリアルに脳内によみがえるのです。

最近、そのように記憶と結びついた味の一つに「スイカ」が加わりました。夏の暑い日に食べる甘いスイカの味は、私の中でイラクの戦場と結びついています。
今から3年前の夏、私はイラク北部でモスル奪還作戦の取材をしていました。ちょうどその頃、過激派組織「イスラム国」の支配下にあったイラクの主要都市モスルを奪還するために大規模な軍事作戦が行われていたのです。

イラク北部の戦場で食べたスイカ

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当時、中東支局長だった私と志田直樹カメラマンはクルド人部隊とともに、直前まで「イスラム国」の支配下にあった地域の取材をしていました。激戦地となったセメント工場の跡地や、「イスラム国」戦闘員らが掘った地下トンネルなどの現場を回っていく取材です。戦闘が終わった地域とはいえ、現場には暴力や死の気配が充満していました。そうした現場では、具体的な危険が身に迫っていなくても、その場にいるだけで神経をすり減らすものです。

朝早くから始まった取材が一区切りついて、クルド人部隊の前線基地に到着したのは夕方になったころでした。前線基地と言っても、小高い丘の上にいくつかの粗末な小屋と土嚢が積まれているだけの小さな軍事拠点で、20人ほどのクルド人兵士が駐屯しています。
掘っ立て小屋の薄暗い部屋の中で駐屯部隊の隊長に挨拶をしました。

「取材は後回しにしましょう」

立派な口ひげをたくわえた隊長はそう言って、私たちに手を洗うように促しました。砂漠の中にある前線基地なので、水は大変貴重です。タンクに貯められた水を使って手を洗うと、基地の中央にある食堂のようなスペースに案内されました。

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そこに用意されていたのがスイカだったのです。

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そのスイカを囲んで撮影した記念写真が残っています。いま、改めてその写真を見返すと、私たち日本人2人の笑顔を浮かべた表情と兵士たちの硬い表情との落差に驚かされます。この表情の落差が、日々死の恐怖に直面する兵士たち張り詰めた精神状態を浮き彫りにしているように思います。

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一人の兵士がナイフを取り出し、手際よくスイカを切り分け私たち客人に振舞ってくれました。皿もフォークもない素朴なもてなしでしたが、この時のスイカのうまかったこと。昼食もとらずに、「イスラム国」という残忍なテロ組織の気配を感じながらの張り詰めた取材を続けていた私は、スイカのさわやかな甘みが体の隅々に行きわたるような感覚に浸りました。

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気持ちが張り詰めている間は、恐怖や嫌悪を感じないものです。あの日、スイカを食べて、気持ちが緩んだところで初めてそうした感情が戻ったせいでしょう。私は今でもスイカを食べると、イラク北部の戦場で見た異様な光景を思い出すのです。

新型コロナで息を吹き返す「イスラム国」

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「イスラム国」戦闘員の拠点だった集落の建物には仕掛け爆弾が無造作に転
がっていました。不注意に起爆装置を踏みつければ爆発する仕掛けになっています。敗走する「イスラム国」戦闘員が残していった「殺意」そのものです。

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床にはクスリが散乱しています。戦闘や自爆攻撃に臨む戦闘員の恐怖心をなくすためのクスリだと言います。壁に目を向けると、血がしたたる刀剣など不気味な落書きで埋め尽くされていました。そうした落書きの中に、「イスラム国は永遠なり」というものもありました。

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もちろん、「イスラム国」は永遠ではありませんでした。一時はイギリスとほぼ同じ面積の領域を支配した「イスラム国」は、2019年までにほぼ壊滅状態に追い込まれました。
確かに、領域支配を伴う「イスラム国」という試みはその時点で終わりました。しかし、イラクの支配的権力(中央政府やアメリカ)に対する武力抵抗運動としての「イスラム国」は決して消滅していません。「イスラム国」の戦闘員は、砂漠地帯に小さな拠点を築いたり、地元住民に溶け込んだりしながら、今でもイラクの治安部隊などへのテロ攻撃を続けているのです。
実際にいま、イラクで一時は下火になった「イスラム国」の活動が活発になっています。アメリカ陸軍士官学校にあるテロ研究機関「Combating Terrorism Center(CTC)」によると、2020年の第一四半期に起きた「イスラム国」によるテロ攻撃は、前年の同時期に比べて94%増え、566件も起きているのです。

CTC グラフ

(CTCグラフ「all attacks」 出典:CTC)

そして、新型コロナウィルスがこの「イスラム国」の復調傾向に拍車をかけるだろうとCTCは分析しています。イラクの治安部隊を支援していた有志国連合の軍事顧問団のほとんどは感染対策のために引き上げてしまっています。また、コロナ禍は原油価格の下落や景気の後退といった形でイラクの経済や社会に深刻な打撃を与えています。そのことは、イラク政府のテロ活動への対応能力を著しく低下させ、「イスラム国」が勢力を再拡大させる契機となるとみられているのです。
実際、「イスラム国」側もこのコロナ禍を千載一隅のチャンスと捉えています。いまも週刊で発信されている「イスラム国」のプロパガンダ雑誌では、世界を席巻するコロナ禍を「背教者の国(西側諸国)に対する神の罰」と表現しています。その上で、国際社会の関心が新型コロナウィルスにシフトしている今こそ、西側諸国へのプレッシャーを強めるべきだとして、パリやロンドン、ブリュッセルでのテロ攻撃を呼びかけているのです。

IS週刊誌

(IS週刊誌)

終わらぬ中東テロリズム

「イスラム国」の前身組織がイラクに生まれたのは2003年のイラク戦争の直後のことです。以来、勢力を拡大したり、掃討作戦で抑え込まれたりを繰り返しながら、イラク中央政府やアメリカ軍へのテロ活動を続けてきたのです。
2014年からの数年間は、「イスラム国」の勢力が最大化した瞬間でしたが、それは2003年以来イラクで続くテロ活動の波の一つの頂点でしかありません。そして、「イスラム国」掃討作戦によって「イスラム国」の領域支配がなくなった2019年以降の状態も、そうした波の延長線上にあるのです。
つまり、そのテロ活動はすぐには終わることはないでしょう。なぜ、中東を吹き荒れるテロリズムが終わらないのか、その背景を更に詳しくお知りになりたい方は、拙著「中東テロリズムは終わらない イラク戦争以後の混迷の源流」(角川書店)をお読みください。

村瀬さん本

中東支局長時代の取材秘話などを語った村瀬キャスター出演の「Dooo」(CS「TBSNEWS」で放送)が8月8日(前編)、15日(後編)いずれも午後10時30分~放送予定です。ぜひご覧ください!

【放送されたDooo前編・後編はこちら】

村瀬さんプロフ

「news23」 村瀬健介キャスター

1976年生まれ。2001年TBS入社。社会部警視庁担当、検察担当や報道特集ディレクターなど。2015年から中東支局長。2019年からNEWS 23 取材キャスター。