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2019年マイ年間ベストアルバム30

2019年にたくさん聴いた音楽を30枚選びました。その内訳は2019年に発表された作品 (新譜) 15枚 + それ以外の年に発表された今年初めて聴いた作品 (旧譜) 15枚、これを合わせた30枚が僕の2019年の年間ベストです。そしてこの15 + 15枚を旧譜の15位の次は新譜の15位、さらに旧譜の14位……というような要領で、新譜と旧譜で交互にカウントダウンしていくような構成としました。この形が今年の僕の音楽体験の最良の写し絵であると同時に、最もエキサイティングだと思うので。もっと言うと今年はこの形以外ありえないです。40年や50年の時を1枚進むごとに行ったり来たりする変な年間ベスト。少しでも僕と同じように面白がってくれる人がいたらいいな。


15.  Season『Season』 ('74)

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フランスのアシッドフォーク希少盤の2015年再発。なんでも当時のバンドの平均年齢は16歳で、メンバーの父親のレーベルから発表された本作は、メンバーの通う高校の同級生周りで少量販売されていたらしい。ドイツ語をGoogle翻訳したりして、比較的簡単にアクセスできる前情報はせいぜいこれくらいでしょうか。肝心の内容で耳を惹くのはピアノの録音!!他のパートも充分によくてこれだけで70年代フォークロックの良盤と言ってよさそうなんだけど、ピアノだけむしろ異常なくらいの繊細なアンビエンスを備えています。その武器を惜しげもなく放出するような7分越えのピアノソロトラックB5「Medley」は至高。

Best Track : 「Island Of Love」


15. Richard Reed Parry『Quiet River of Dust, Vol. 2 : That Side of the River』

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Arcade Fireのメンバーとして知られるマルチ奏者のソロアルバム。去年リリースの前作との連作で、日本の民族・神話、仏教の神話、辞世の歌、英国のフォークソングからインスピレーションを得た楽曲集であるという。三途の川の「This Side」から「That Side」に移動した今作は、川や大地と溶け合うようなスピリチュアルサイドと大きく大胆なリズムのフォークロックサイドがそれぞれに輪郭を際立たせながら溶け合うよう。ラストトラック「Long Way Back」のなんてドラマチックなことか。

Best Track : 「Long Way Back」


14. Cyrus Faryar『Cyrus』 ('71)

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モダン・フォーク・カルテットのメンバーとして有名なSSWの1st。今年僕がレコード店を周って探し求めた要素の一つ「繊細でキラッとしたクリアなアコギ、ハットの高音」を高水準で満たすM1「Softly Through the Darkness」がいきなりのクライマックス。ちなみに本当にレコ屋の視聴で出会いました。全体として静謐なアシッドフォークがベースにありながら、ハワイ育ちの血が出ているのかどこか大らかでゆったりしたソングライティング、歌唱、リズムの組み方のバランスが珍しくてグッドです。M3とか波の音入ってますね。まだ聴けてない2ndはさらにハワイが顔を出してくるみたい。僕はこの1stくらいが絶妙と思いますが果たして。

Best Track : 「Softly Through the Darkness」


14. Whitney『Forever Turned Around』

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みんな大好きWhitneyの2ndアルバム。実直にクラシカルなフォークロックを鳴らしてるように見せかけて、ジャンル独特の土臭さを全く感じさせないスムースで浮遊感のある仕上がりになっているのがやっぱり彼ら巧いなと思います。モコモコの変な録音や、か細くて近くで聴こえるファルセットボイスなんかが全部功を奏している感じ。彼らを機に例えば「On The Way Home」のカバーも素敵だったNeil YoungやThe Band、Fleetwood Macといったオールドフォークロックラヴァーが増えたらいいなと密かに思いながらいつも聴いているし、それもあってこんな年間ベストを作ったりしてます。

Best Track : 「Song For Ty」


13. John Cale『Fear』 ('74)

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The Velvet UndergroundのオリジナルメンバーJohn Caleの4枚目。作品を通してほとんどの曲はピアノを基調としたオーセンティックなSSWアルバム。なんですが、M1「Fear Is a Man's Best Friend」の終盤でのいきなりの豹変(引き攣ったようなギターとクラッシュシンバルの殴打をバックに「Fear Is a Man's Best Friend!!」の絶唱)のおかげで、続くホワイトゴスペルっぽい2曲目や、その後もやけに端正な筆致のソングライティングがかえって不気味に聴こえてくるところに面白さがあります。冷静に狂ってるような。閉塞感のあるデッドな録音も「Fear Is a Man's Best Friend!!」という孤独な絶唱のイメージをサポートするようで絶妙。

Best Track :「Fear Is a Man's Best Friend」


13. Brian Harnetty『Shawnee, Ohio』

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音楽民族史学者Brian Harnettyのソロ新作。11のトラックにそれぞれ記録されているのはオハイオ州の町シャウニーに住む11の人々の過去と今の独白。話者の人名の付いた曲ごとに、彼らは町中で思い思いの事柄を淡々と語る。時にはちょっと歌い出してしまう。彼らの声とともに入り込んだ喧騒に加えてバックを支えるのは、ふくよかかつミニマルな、ストリングス、ホーン、ピアノといった生楽器のアンサンブル。人々の生活に寄り添い、切り取り、記録すること。何も知らないある町で確かに生きる人々の息吹が溢れんばかりに記録されたこの作品こそが「フォーク」だ!と僕は思うのです。

Best Track : 「John」


12. Jackson Browne『Late For the Sky』 ('74)

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この人はSSW好きには有名ですね。アサイラムが生んだ70年代前半のウェストコーストロックの名盤。弾き語りでの製作の様子が浮かんでくる素直なソングライティング、ジャクソンの太く存在感がありながらどこかナイーブなボーカル、歌に寄り添いながらも共に映えるバンドアレンジ (特にデヴィッド・リンドレーのギターが素晴らしい!)。オーセンティックなSSWアルバムがたっぷり聴きたい!という気分の時(ほぼ毎日なんですが)はこのアルバムさえ再生すれば、という安心感。この時代のSSW作品にしては1曲1曲の尺が長めなのもいいですね。6分を越える最終曲「Before the Deluge」のフィドルにいつも泣きそうになる。

Best Track : 「Before the Deluge」


12. Nick Cave & The Bad Seeds『Ghosteen』

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ポップミュージックにおいてドラムの音は「足音」のようなものなんじゃないかと僕は思う。だから異常にそれがオミットされたFrank Ocean「Blonde」やバタバタとせわしないのに重心が不自然に高いcero「POLY LIFE MULTI SOUL」が浮世離れしているように、はたまた文字どおり地に足がついていないとか、浮足立っているように聴こえるのだろう。『Ghosteen』を聴く。これは天国で作られた音楽だろうか。シンセサイザーとストリングスで編まれたトラック。祈りのようにポツポツと吐き出されるNick Caveのボーカル。ドラムは鳴らない。再生を始めて1時間、この作品に対する「母親」と本人が呼ぶDisc 2まで到達して14分に及ぶ最終曲「Hollywood」も5分を過ぎた頃、かすかに、でも確実にリズムを刻むスネアのような音が聴こえる。フッと我に返ったような、あちらからこちらへ戻ってきたような感覚に僕の心は揺さぶられるのです。

Best Track : 「Hollywood」


11. Ellen McIlwaine『We the People』('73)

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カナダ出身のSSWの2nd。これはレアグルーブ界隈ではかなり有名なのかな。「free soul collection」というシリーズで出ている国内盤を買ったんだけど、そういう再評価があったのは確かだろう。A1「Ain't No Two Ways About It (It's Love)」を再生するといきなり脱臼したような音色が癖になるシタールと突き抜けるようなコーラス、ブラス、ファンキーなリズム隊、ソウルフルなボーカルとそれぞれに振り切ったパートが意外にも整然とあるべき位置に収まっている感覚が面白いです。他にもフォーク系SSW的な品の良さを基盤にしながらも、同時にフィジカルに直に響くような実に肉体的な曲ばかりで、例えば中村佳穂が好きな人とか聴いてみても面白いかもしれない。「Father Along」というゴスペルトラディッショナルのカバーをA面最後に自然と組みこんでくる感じも実に今っぽくていいです。

Best Track : 「Ain't No Two Ways About It (It's Love)」


11. James Blake『Assume Form』

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ちょっとこじれた音楽ファンなら、特に今回アルバムに収録されなかったシングル「If the Car Beside You Moves Ahead」を溺愛する人なら今作のファーストインプレッションに物足りなさを感じるのは、しょうがないのかもしれない。僕も最初はその1人。しかしながらみなさんは今年のフジロックでの彼のステージはご覧になっただろうか?ピアノで弾き語るJames Blakeに加えて、バスドラ、タムなどを電子パッドに置き換えたドラムスと、要塞のようなアナログシンセのすっきりした3ピース。ビジュアルの圧倒的な格好良さもさることながら、生演奏のドラムの繊細で丁寧なフレーズに彩られた『Assume Form』の楽曲群には衝撃を受けるばかりだった。生演奏のドラムが似合うSSWのアルバム。元々持ち合わせているSSW的側面にソングライティングが振れに振れた、そっちの方面での名作なのだろうと、僕はこの作品を再生してあの日のドラムアレンジを脳内で重ね合わせるたびに思うのです。

Best Track : 「Assume Form」


10. Lee Oskar『Lee Oskar』 ('75)

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仙台のレコード店で教えてもらった70年代を中心に活躍したファンクバンドWarのハーモニカ奏者Lee Oskarの1975年ソロ作。ジャズやらラテンも飲み込んだようなモダンなファンクミュージックは、今新譜で出たとしても全く違和感がないどころか、むしろ評判になりそうな驚くべき音響、アレンジ、アルバム構成。注目すべきは「I Remember Home (A Peasant's Symphony)」とメインタイトルを統一して、1曲のアレンジ違い、構成違いが収録されているスタートの3トラック。そのリズムパターンや、ウワモノ、コーラスから滲み出るスピリチュアルなフィーリングにはKamasi Washingtonを想起せずにはいられない。他にも大きなキックを主体としたスカスカのビートがやけに今っぽいM4「Blisters」だったり、話のネタになりそうな面白いポイントに溢れている。フロントはまだマシですが、中ジャケ、裏ジャケはとんでもないダサジャケなのもいい。

Best Track : 「I Remember Home (A Peasant's Symphony)」


10. 国府達矢『スラップスティックメロディ』

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去年15年ぶりの新作『ロックブッダ』をリリースし、今年早くも2枚同時にアルバムをリリースした国府達矢。本作はその片方1枚。実際その直近の2枚『ロックブッダ』『音の門』と本作を聴き比べてみるとこの作品の意味合いも少しわかってくるように思います。本人もインタビューで語るように、少し大げさでベタな歌と宅録中心のラフなサウンドデザインからは、SSW 国府達矢としての素の魅力が伝わってくるようです。3拍子のリズムと素直なメロディーが大好きな「キミはキミのこと」を始め、肩の力を抜いてアコギを手にした制作風景が浮かんでくるフォークソング集。それにあえてベタっとしたエレキギター中心のバンドサウンドアレンジを採用することで、ありそうで意外とない質感が生まれているのも面白いと思います。

Best Track : 「キミはキミのこと」


9. Graham Nash『Songs for Beginners』 ('71)

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今年の僕にとってCrosby Stills Nash & Youngが重要すぎるスーパーグループだったことは、ここまで順にランキングをご覧になられた方なら察せられると思います。稀代のSSWである4人がそれぞれくっついたり離れたり、ソロもあってというのを追っていくだけで楽しみの尽きない彼らの仕事の中でも、有数のお気に入りがGraham Nashのソロデビュー作。メンバー唯一の英国人ということもあってソングライティングにはUK的な匂いもかなりありつつ、全体としての雰囲気はこれぞアメリカ!という程よくラフなフォークロックにまとまっているバランスが絶妙です。「ほどよくラフ」というところをもうちょっと考えてみると、このアルバムのリズムの組み方、録音等そこまで根詰めていない、完成させ切らないような、その開放感に宿るきらめきにこそ僕は魅了されているのだと思います。

Best Track : 「Military Madness」


9. Cass McCombs『Tip of the Sphere』

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人気作だった2016年のアルバム「Mangy Love」に次ぐ9枚目のアルバム。ウェストコースト・フォーク・ロック、ロックン・ロール、カントリーあたりを基調として、彼らしいバリエーション豊かなアレンジが楽しめる今作で注目したいのは、伸びのあるクリーントーンを基本としたエレキギター。ほとんどの楽曲で聴けるそれは、各楽曲を一筆書きするようにゆるくつなぎ合わす働きをしていると思う。それはつまりミクロな視点で見れば「Tip」である曲たちが、マクロな目線に倍率を切り替えてみれば、ギターを作図線として「Sphere」が描かれるような円環の構図。そこで、この作品を「円環」のアルバムであると定義した上で、マイフェイバリットナンバーの「Tying Up Loose Ends」を聴いてみたい。ワンループを円環を描くようにゆるりと通す美しい構成、ほどけた靴紐を結び直す動作そのものも輪を作ることであれば、さらに時間スケールの倍率を切り替えてみたときの、靴紐がほどける→また結び直すという現象さえも美しい円環のイメージを湛えているように思うのだ。

Best Track : 「Tying up Loose Ends」


8.  Bruce Springsteen『Nebraska』 ('82)

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説明するまでもない大御所ロックシンガー6枚目のアルバム。旧譜の上位は70年代のSSWアルバムを中心として、オールタイムベスト級になってくるのでこういうのも入ります。さて、まだ僕には彼のリリック面を事細かに語る知識はないので、とにかく素晴らしい録音にフォーカスを絞ってみます。レコーディングに用いたのは4トラックカセットレコーダー。彼がほとんど自宅で録ったというデモをそのまま使ったことで、まさに宅録的な距離の近さと閉塞感を感じる現代的な仕上がり。そんな録音から引き出されるナイーブな質感が、ハードボーイルドでともすれば僕には大げさに聴こえてしまいがちな彼の作風を和らげ、これ以上ないバランスに落ち着かす役割を担っています。40年近く前に彼が自宅の寝室で放っただろう咆哮が直に2019年の私の部屋を揺らすようなM6「State Trooper」、「全てのものは死ぬ」と歌われる真骨頂のフォークロックM2「Atlantic City」、名曲揃いです。

Best Track : 「Atlantic City」


8. Bibio『Ribbons』

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UKウエスト・ミッドランズ在住のスティーヴン・ウィルキンソンによる1人ユニットの3年振りスタジオ作品。彼の作品はこれまでもやんわり聴いていたからこそ、ここに来てこんなに自分にドンピシャの作品が来たことには驚いた。そんな今作の一番のポイントはふんだんに取り入れられたストリングスやマンドリンの響きだろう。特に一部サンプリング音源も混ぜられているというアイリッシュフィドルのようなストリングスの旋律には時代や国籍を無効化するような超然とした趣を感じる。M4「Curls」は間違いなく今年のベストソングの一つだ。10年代らしいフォークトロニカ・アンビエントにも、例えばNick Drakeなど6・70年代のアシッドフォーク隠れ名曲のようにも聴こえる底知れぬ懐の深さ、普遍性を湛えている。

Best Track : 「Curls」


7. Patchwork『Patchwork』 ('72)

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USのカントリーロックバンドの72年の唯一作。このレコードを検索してみると得られる情報はそれくらいで止まってしまう。ストリーミング配信はもちろんCD化もしていない。そこで私が実際にLPを手に取ったこの作品にまつわる事柄を書きだしてみます。吉祥寺のココナッツディスクのSSW/Swamp棚で¥2400で買った。視聴をしたとき、その素朴で柔らかく包まれるようなコーラスワークに感動した。フィドルの響きもこれぞカントリー/フォークバンド!という趣。そのソングライティングは例えばWhitneyのような人懐っこいフォークロックの完全版。レコードの盤が常軌を逸した薄さ。取り扱いのたびにいつか折るんじゃないかと心配になるレベル。下敷き以下。ジャケが可愛い。2019年の私のベストLPレコードはこれです。最後に惜しくも選外となったStephen WhynottというSSWの作品について書かれた岡田拓郎のブログの序文をこの大切なレコードに捧げます。

Best Track : 「Freeborn Man」


7. Rachael Dadd『FLUX』

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UKブリストルを拠点とするSSWの6枚目。古くはJudee Sill、現代ではLaura MarlingといったUKのアシッドフォーク寄り女性SSWの香りを強く感じるソングライティングを根本に持ったこのアルバムをより特別なものにしているのが、アレンジとサウンドプロダクションです。Sufjan Stevensを思わせる美しいバンジョーの弾き語り、ceroの4thアルバムを思わせる南米・アフリカ音楽的なリズムとウワモノに対するアプローチのバランス感覚も絶妙です。さらに中でもひときわ美しいのが実に有機的かつ、正確な譜面を元に演奏していると思われる統制のとれたハーモニーを聴かせるオーケストラルサウンドです。ストリングスだけでなくピアノ、ギター、マリンバ、ドラムとそれぞれのパートが柔らかにポップ音楽として混じりあう質感、一つ一つのパートのどれかを殊更際立たせるわけでなく、いい意味での平坦さと美しい響きを兼ね備えたサウンドデザインに僕は偏愛する蓮沼執太フィルとの共通点を感じるのです。

Best Track : 「Palaeontologist」


6. Arthur Russell『World of Echo』 ('86)

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チェロ奏者、フォークシンガー、現代音楽家、ディスコへの傾倒と様々な顔を持ち、92年に40歳で亡くなった奇才Arthur Russellの遺作となったアルバム。このアルバムから聴こえてくるのは、チェロと彼の歌、チェロの打音とハンドクラップで構成されるリズム。極めてシンプルでパーソナルな構成要素によって成り立つこの作品の表情を一変させているのが、全面的にかけられたテープエコーを始めとするポストプロダクションです。生々しさが強調され、かつ幽玄でダビーなチェロとボーカルのアンビエンス、チョップド、解体されたようなデッドでノイジーなリズムセクション。超然とした圧巻のサウンドデザインはBon Iverの『22, A Million』に肉薄するようです。その強度は30年以上前から保たれてきたどころか、むしろ近年の流れの中で鋭さを増しているのではないでしょうか。このアルバムを聴くたびに、僕は残念ながらいまだにフィットしないBon Iverの4thへ思いを馳せると同時に、この孤高の音楽家の早すぎる死を偲び、畏怖の思いを強めるのです。

Best Track : 「Being It」


6. 優河『めぐる - EP』

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「いい録音、サウンドプロダクション」というものを何も分からない素人なりにいつも探し求めている私の「2019年録音大賞」はこのアルバムに捧げたいと思います。きらめくハイファイな鍵盤、脳を直接揺らすような、それでいて温かで柔らかいスネアとキック、弦楽器にしてもどれもこれも弦一本一本まで意識が行き届いているような繊細なハリがある。M1「めぐる」のイントロだけでもう決定的。5月に最初に再生した時の数秒で「勝った!!」という言葉は変な気がするけど、それと同種の何かを確信するような興奮は今でも鮮明に覚えています。圧巻のサウンドを作り出したのは、過去にソロ作で優河を客演に招いた岡田拓郎。いつも異次元の音を聴かせてくれる岡田拓郎ワークスの中でも、優河のこれまたパーフェクトなボーカルと合わさった結果、たった4曲で新たなマスターピースと言いたくなるような出色の仕上がり。余談になりますが、実は岡田拓郎が関わる前も前、デビュー当初からやけにサウンドプロダクションが素晴らしい優河作品。今作で彼女を知った人たちの少しでも多くが、1stアルバム「Tabiji」も手に取ってくれるといいなと思います。

Best Track : 「めぐる」


5. Terry Callier『The New Folk Sound of Terry Callier』 ('68)

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今年2月僕の音楽の聴き方に一つの小さな革命を起こしたのが、米シカゴ出身の黒人フォーク・ソウル・シンガーTerry Callierのデビューアルバムです。「トラッドなフォーク、ソウル、ジャズを力強くクロスオーヴァーしていくような音楽」というスタイルは、クロスオーヴァーの時代である2010年代には殊更珍しいものではありませんが、彼がこの作品を作り上げたのは何しろ50年以上前の60年代です。しかも黒人としてこの作風にチャレンジすることが当時どれだけ異端であったか。あまりに革新的。何のジャンルにカテゴライズすればいいやら。そんな本作は実際当時全然売れなかったらしい。「トラッドなフォーク、ソウル、ジャズを力強くクロスオーヴァーしていくような音楽」と聴いて誰を思い浮かべるでしょうか。Frank Ocean?Moses Sumney?今年だったらYves Jarvis? もちろん彼らの感覚は現在進行形で革新的で、驚きに満ちています。しかしそれと同時にそんな最先端のポップミュージックはTerry Callierないし、沢山の勇気と、イマジネーションあるミュージシャンのチャレンジの積み重ねの末にあるということ、その歴史の重みを忘れてはいけないと僕はこの作品を聴くたびに思うのです。

Best Track : 「Cotton Eyed Joe」


5. Arthur Russell『Iowa Dream』

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2度目の登場。Arthur Russellです。さきほどは旧譜で紹介しましたが、この新作の方が『World of Echo』の楽曲群より曲自体の制作は古いはず。2008年の『Love Is Overtaking Me』を始め、死後の高まる評価に呼応して、たくさんの未発表曲を記録した編集盤が編まれてきたわけですが、本作もデモ、未完成に終わっている作品などが、多くのアーティストの手によって磨かれ、再度命を吹き込まれて、ギターを弾き語るアーサーのアルバムカバーの元に集結しています。そんな本作は全編を通して前述の『Love Is Overtaking Me』に負けずとも劣らない、アーサーのフォーキーなSSWサイドの決定版というべき内容。シンプルな弾き語りも、得意のチェロが活きる曲も、ディスコに突入しかけている曲も圧巻のサウンド構築力。少し不器用で、ぎこちなさすら感じるソングライティングも逆に美しく唯一無二。音楽を自在にパッケージングできるようになって100年くらいになるでしょうか。ここに収められた楽曲群と境遇を同じくする形なき音楽たちが少しでも多く日の目を浴びることをふと願ってみたりします。

Best Track : 「Words of Love」


4. 土井玄臣『んんん』 ('10)

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2010年リリースのSSW土井玄臣の最初の自主制作盤。そろそろ今新譜のターンなのか、旧譜なのか順調に分からなくなってきてますでしょうか。郵送での無料配布という流通形態をとっていた本作も含む過去作が一気にストリーミング配信されたのをきっかけに、今年夢中で彼の作品を聴きました。特に静謐なフォークソングを基調としてファンタジックなアレンジが絶妙なバランスの本作は一時期これしか聞けなくなる求心力のある音楽でした。そんな土井玄臣は本作や去年リリースのアルバム『針のない画鋲』を始め、一貫して「喪失」を歌います。直近の2作品 (『針のない画鋲』『ぼんやりベイビーEP』)では例えばこう

あれから僕は この夢の中にいて ここが終わるのを眺めてたよ

「あれから僕は」
もういないきみの すぐそばにいる どんな姿なの?
ひかりでみえないよ

「みえないひかり」

これを受けて「んんん」からはぜひラストの2曲をご覧いただきたい

歓喜 ほらっ!
わっ わっ わっ
嬉しい 嬉しいわ 晴れるし 離れるし
あの子言うわ また会えるし 叶うなら
ほらっ ほらっ 手にとって触れる

「ハトフル」
朝謡は朝めざした 夜からこぼれおちた
秘密の言葉で歌ったら 君に恋をした
触れられない朝謡はいつも歌をうたう
何を語れば響くのか とても迷いながら
あの娘 通る度 祝福しよう
歌えば声は光になるように
「あたし恋をしたみたい 姿は見えないけど
いつも歌が聞こえるの そばで見守ってくれてるみたい」  

「朝謡」

天使たちの朝、柔らかな光。「喪失」とその対極にある生の輝きを描く筆致。彼以上に美しいラブソングを書く人を僕は他に知りません。

Best Track : 「朝謡」


4. Vampire Weekend『Father of the Bride』

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エズラのインタビューも盛り込まれた国内盤のライナーノーツを中心に話を進めたい。本作の柱としてエズラが即答したのは「ソングライティング」だという。ロスタムを失ったバンドで一際際立つのは、SSWエズラ・クーニグのソングライティングといって全く異論はないでしょう (サウンドプロダクションの変化も手伝って実はリズム隊も大活躍の本作ですが!)。エズラは続けてこう語ります。

今作は、シンプルでいわゆるトラディショナルなソングライティングがひとつの柱なんだ。ーそれまでのヴァンパイア・ウィークエンドと同じヴァイブや奇妙なところがありながらも、もっと明確な曲を書きたかった」

結果接近したのはPaul SimonやJudee Sillといった7,80年代のフォークシンガーの筆致か。特に流麗なストリングスアレンジや、M1「Hold You Now (feat. Danielle Haim)」でサンプリングされた聖歌やM5「Big Blue」の荘厳なコーラスの響きにはJudee Sillが志向したホワイトゴスペル的なニュアンスが色濃いように思います。「音楽の何が好きか」に立ち返り、2019年の流行や情報の荒波に抗おうとする。その答えの1つとしてエズラはフォークやカントリー、ホワイトゴスペルのソングに行き着いたのなら。僭越ながら僕は彼に深い親近感を覚えるのです。

Best Track : 「Rich Man」


3. The Band『Music From Big Pink』 ('68)

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このアルバムだけが、この年間ベストで唯一今年以前に聴いたことがあった作品です。2019年2月、これまでどこか理解できなかった本作が急にとんでもなく好みになっていることに気づく。それに伴って、これまでどこか持っていた6,70年代のオールドロック、ポップスへの苦手意識払拭、フォーク/SSW作品を中心に聴き漁る。3月、ネット、ストリーミングでのディグに違和感を覚える。対象(6,70年代のフォーク/SSW作品)に適していない感じ。4月、たまたま滞在していた仙台のレコード店を紹介される。超有名なCSN&Yに出会ったり、ネットでは絶対に出会うことのなかったであろう作品を紹介されこれまでにない高揚感を覚える。5月、掲載作品でストリーミング配信されているものが多く見積もって20 %くらいしかない最高のディスクガイド『歌追い人たちのアメリカ』を買う。6月、関東近郊に戻る。今自分にとって一番刺激的で求めている音楽を知れる場所が中古レコ屋の「SSW/Swamp」や「Folk/Country」棚だと気づく。この時くらいにこの年間ベストの構想を思いつく。8月、今の家に引っ越し、それなりのレコード視聴環境を作る。ライブにいくよりレコード買いたいなという気持ちで夏を過ごす。秋以降、レコ屋を巡る友人が数人できる。今も中古レコ屋にいるときが一番楽しい。この一年でずいぶん遠くに来たものです。2019年、きっかけであり、今や戻ってくる場所、その目印として打ち込まれた楔のような作品。The Band、一生聴くんだと思います。

Best Track : 「Caledonia Mission」


3. Bonnie 'Prince' Billy『When We Are Inhuman』

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90年代から活躍するSSWであるBonnie 'Prince' BillyことWill Oldhamと、ブライス・デスナー (The National)、現代音楽アンサンブルeight blackbirdとのコラボ作品。収録されている楽曲に全くの新曲は"ほぼ"なく(ブライス・デスナー作曲のボーカルなしインディークラッシック曲「Underneath the Floorboards」が既発か確かめられなかった)、その内訳はBonnie 'Prince' Billy自身の楽曲のリアレンジが2曲、カントリー・トラディショナルのカバーが2曲、(おそらく)古い聖歌のカバーが1曲、ラストには80年代のアメリカの現代音楽作曲家 Julius Eastmanのカバーが1曲。その全てにブライス・デスナーもしくは、eight blackbirdのLisa Kaplonによる目の覚めるようなインディー・クラシック的なアレンジがこれでもかと取り入れられた結果、時代やジャンルを軽々と超越した異色のポップソング集が生まれている。特に1945年に作られ、歌い継がれてきたカントリー・クラッシック「Down In The Willow Garden」のカバーは圧巻。元はアート・ガーファンクルによるカバーで有名な3拍子のゆったりした曲ですが、そんなルーツミュージック的持ち味そのままに、「組み替えられた」という言葉を使いたくなるようなブライス・デスナーによるビート、ピアノ、ストリングスアレンジが猛威を振るうエッジーなエクスペリメンタルポップに仕上がっている。これが2019年のアメリカーナ。

Best Track : 「Down in the Willow Garden」


2. Neil Young『After the Gold Rush』 ('70)

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The Bandからロックの教科書的な大定番が続きます。ディスコグラフィの中でも特にピアノとアコースティックギターをフィーチャーした、まさに「素」のソングライティングが味わえる本作は、シンガーソングライター ニール・ヤングのもはや「全て」と言えよう。そう、この作品を深く愛するということはニール・ヤングという天使の全てを愛するということなのだ。ちょっと小汚い風貌、猛禽類のような鋭い目つき、それでいて細くナイーブな歌声、M1「Tell Me Why」やM3「Only Love Can Break Your Heart」に代表される流れるような美しいソングライティング。引き攣ったような素晴らしく切れのある出音の(でもあんまりうまくない)ギター、ちょっともったりしたビート、もやっとした録音とそれに伴う、土臭い音楽というイメージ。だからこそ、「自分だけが彼の天使性に気づいているんだ」と思わせるアイドル性。50年に渡りそれなりにその時々の流行を取り入れながらも、基本は金太郎飴な新曲(今年の新作もグッときた!!)。おまけに大傑作のクロージングを大らかで気の抜けた小品「Cripple Creek Ferry」に託すその「フィーリング」がもう最高じゃないか!!可愛い!!何度も何度もこのアルバムを聴くうちに、いつの間にか僕は彼のやることなすこと全てを愛してしまっていた。こうやって彼は半世紀近く敬虔なファン、フォロワーを増やし続けてきたんだろう。ずるいな、ニール・ヤング。

Best Track : 「Cripple Creek Ferry」


2. 柴田聡子『がんばれ!メロディー』

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今年のマイベストソングは柴田聡子「涙」に捧げたい。"あなた"のことを思い過す日々の生活の、文字通り「全て」の局面を鮮やかな筆致で描きつつ、最後には"あなた"とわたしの涙は非可換であること、それはつまりどこまで行っても他人は他人であること、人間の究極的な、どうしようもない分かりあえなさが歌われている曲と思う。だけど彼女はそこでは終わらない。M7「すこやかさ」では自分の言動の一つ一つに思い悩んだり、以心伝心の努力のために絶えず対話を試みる。

どう?このシャツどう?
うーん どうでしょう?
うーん どうだろう
低いでしょ 赤いでしょ
でかいでしょ 月でしょ
もってない言葉で
叫んでるイメージで
以心でしょ 伝心でしょ
努力は大事でしょ

はたまたM2「ラッキーカラー」でのピュアで誠実なアイデアに胸を打たれる。

いつも夜が遅いふたりのため喫茶店をつくろう
歩いて行けて歩いて帰れるところにつくろう
急に離れることのできないふたりのために
毎日少しずつ広がる岸辺と岸辺に住み
いつか橋をつくろう

そうやって日々の歩みは少しずつでも、生活の中で大切な人との疎通を図り続けること、その時間、過程がなにより大切なのだ。それを踏まえて、アルバムのオープニングとラストを飾る2曲に「結婚しました」、「捧げます」とステレオタイプで強力なイメージを持つ言葉をもってきているのが面白い。その言葉に"過程"はすっぽりと抜け落ちている。M1「結婚しました」を聴く。冒頭で歌われる「やっぱハワイより船に乗ろうよ」というライン。ここでも彼女の見ているのは結果や、目的地ではない。方法やその過程である。この世界にたったの一つとして同じ"あなたとわたし"の状況も、愛の形も、生活も存在しないということ、柴田聡子の言葉には、ここで"過程"と呼ぶそんな人間の営みへの圧倒的な肯定が込められている。

Best Track : 「涙」


1. Judee Sill『Heart Food』 ('73)

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今年のマイベストアルバム1枚目はこれです。イギリスのSSW Judee Sillの2ndアルバム。ここで聴けるのは、家庭や周囲の環境、時代に翻弄された一人のアウトサイダーの祈り。フォークとバロック音楽が結びついた不朽の名曲、M2「The Kiss」を聴いてほしい。もはやたどたどしさすら感じてしまいそうな、一切の飾りのない彼女の純粋無垢な歌の魅力が音源よりも伝わりやすいのが、このピアノ弾き語りのLive映像でしょうか。

ここで彼女の歌うキスとは司祭による祝福のキスのこと。祝福のキスとは死に際して与えられるもので、死によって全ての悩みから解放され、神と同一化することを願っているのだという。刑務所のなかで出会ったキリストへの愛と誓いを糧に、歌を作ることを選んだ彼女の魂の歌。それらが僕の心を激しく揺さぶるのは、もしかしたら彼女が、生まれてまもないころから信仰を続けてきた生粋の信仰者というような経歴ではなく、酸いも甘いも嚙み分けた上でようやく掴んだ救いの結晶としての歌であるからかもしれない。

自己の救済という極めてパーソナルな題材とは裏腹にフォーク/カントリー、ホワイトゴスペル、ソウル、バロック音楽が融合した壮大で、革新的であるがゆえに当時は受け入れられなかったポップミュージック。ここには国や宗教や時代を越えて全てのアウトサイダーを救うエッセンスがあるように思うのです。

Best Track : 「The Kiss」「The Donor」


1. ROTH BART BARON『けものたちの名前』

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圧倒的でした。僕の2109年はROTH BART BARONと共にありました。前作『HEX』での「全曲シングル、新しいことをやる」とそれに比した今作のコンセプト「長屋方式、得意なことをやる」が言い得て妙、印象的だ。ブレイクスルーを実現した去年作『HEX』収録の「JUMP」「Homecoming」はたまた「JM」はそのコンセプトに忠実な楽曲であったように思う。スクエアなビートとそれに伴う力の入ったソングは、バンドの強い決意や新たな姿をみせたいという思いを感じるものだった。いわば前作は肩に力が入っていること、力みが売りであり良さだった。では「長屋方式、得意なことをやる」を謳う今作はどうか。M2「Skiffle Song」やM5「MΣ」、M6「焔」などを始めとして、前作よりフォークロックに立ち返った印象が強い。気負いがなく、ギターを爪弾きながらリラックスした制作風景が浮かぶ流れるようなメロディラインが全編通して貫かれている。

その一方で新たなチャレンジも随所に垣間見える。例えばM4「TAICO SONG」は彼らが確実に意識しつつも、ここまで表面的に近いサウンドデザインをやらなそうなイメージだったので驚いた。僕のイメージはVampire Weekendだともう少し軽さやバロックっぽい上品さがある気がするので、それよりかは、ホーンのアグレッシブさやフリーキーなキーボードやギターの使い方というところで、Dirty Projectors寄りと思う。また岡田拓郎によるキラキラとケルティックなギターリフもリフのイメージがない彼らにおいては面白く、新鮮味に溢れている。

そして本作を語るうえで絶対に外せないのは、ウィットと大きなものに見守られ包まれるような優しさが溢れる歌詞。さながら児童文学の名作のようである。まるで過去の自分たちをも救おうとしているような大きな包容力には胸がいっぱいになってしまう。

例えば、ほぼ子供しか登場しないウィリアム・ゴールディング作のイギリス文学の名作をタイトルにもっていて、今作にも近い匂いのする「蠅の王」ではこう歌われる

この思いは僕のものだ!
君なんかに判ってたまるもんか!

対して、新作の「TAICO SONG」ではこう

もしも君が一人になりたいなら
僕と一緒においでよ
孤独な夜を漂って漂って
一緒に行こう

どこまで行っても人は一人で孤独だという前提の上で、それでも手を差し伸べ、共闘しようとするこのラインこそが彼らの想う【フォーク】ではないか。

大好きなSSW優河の客演に胸が躍った「ウォーデンクリフのささやき」のシンプルで実直だからこその色気を持っているこのラインも。

誰にも気づかれることなく 生きることなんてできやしないよ

個人対個人(もっと言うと過去と現在の自分かもしれない)の一対一の対話の深層に潜り込んでいくことから生まれる【フォーク】があるんだということは、私たちの2020年代を照らす光になると思うのです。

Best Track :  「けもののなまえ (feat. HANA)」「Skiffle Song」「屋上と花束」「TAICO SONG」「MΣ」「焔」「HERO」「春の嵐」「ウォーデンクリフのささやき (feat. 優河)」「iki」



言いたいことは全てそれぞれのアルバムのコメントに込めました。「僕は音楽が好きだな」と改めて感じるような2019年になって本当によかったと、それだけを今強く思います。

どうぞお気軽にコメント等くださいね。