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Wayne Shorter / Atlantis

今回はWayne Shorter1985年の作品「Atlantis」を取り上げたいと思います。85年Crystal Studios, Hollywood録音 Produced by Wayne Shorter, On Endangered Species, produced by Wayne Shorter & Joseph Vitarelli
ts,ss)Wayne Shorter fl,alt-fi,picc)Jim Walker p)Yaron Gershovsky p)Michiko Hill synth,p)Joseph Vitarelli synth-prog)Michael Hoenig e-b)Larry Klein ds)Ralph Humphrey ds)Alex Acuna per)Lenny Castro vo)Diana Acuna, Dee Dee Bellson, Nani Brunel, Trove Davenport, Sanaa Larhan, Edgy Lee, Kathy Lucien
1)Endangered Species 2)The Three Marias 3)The Last Silk Hat 4)When You Dream 5)Who Goes There! 6)Atlantis 7)Shere Khan, The Tiger 8)Criancas 9)On The Eve Of Departure

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85年はCDが世の中に流布し始めた頃でしたが、当時はぎりぎりレコードの方が主役でした。ですので本作の収録時間もレコードサイズの42’21″で収まっています。この後から録音媒体はCDに主役を明け渡し、収録時間がCDサイズの60分前後〜最長70分強に伸びて行く事になります。本作品を改めて聴いてみると、コンパクトなサイズにむしろ新鮮さを感じます。この長さもアリですね。

本作のレコード内袋(CDと違って大きいです)にはおそらくWayneの直筆(写譜ペン使ってます!)による本作収録のThe Three MariasとOn The Eve Of Departureのスコアがレイアウトされています。作曲した本人でなければ書けない書体や注釈からその事を推測する事ができます。大変几帳面な書き方の譜面で、そもそもミュージシャン几帳面さを併せ持っていないと人に感銘を与える演奏は出来ません。ジャケットの表面のWayneの肖像画は俳優Billy Dee Williamsの描いたパステル画が使われていますが、裏ジャケットには譜面と同じ文字、書体で曲目、ミュージシャンのクレジット、録音の詳細等が書かれており、更に一番下の段には「I dedicated this album to my daughters, Iska, Miyako.」とあるので裏面はWayne自身がイラストも含め書いていると思われます。

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因みにWayneの娘Iskaは作品「Odyssey Of Iska」やWayneの著作権のパブリッシャーIska Musicにその名が登場し、Miyakoの方は彼の60年代作のオリジナル・バラードにその名前があります。
Joe Zawinulとのco-leaderバンド、Weather Report(WR)の86年2月ZawinulのWR一時活動休止発表(事実上の解散宣言)の前年録音、リリースで、Wayneの16枚目の作品になります。この前作が11年前74年録音、翌75年リリース、ブラジルが生んだ素晴らしいギタリスト、ボーカリスト、作曲家のMilton Nascimentoをフィーチャリングした、彼とのコラボレーションによる名作「Native Dancer」です。

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この作品はNascimentoとWayneの音楽性が密に合わさり、単にブラジル音楽とアメリカ東海岸のジャズの融合という形に終わらず、音楽性を互いに引き立て合いながら全く新次元の音楽を創り上げています。別の言い方をすればあまりに強烈で個性的なWayneの音楽性がやはり独創的なNascimentoの個性と衝突しつつもブレンドし、結果Wayne色が相方の色を引き出す触媒になっているのです。両者共にご存命ですので願わくば「Native Dancer 2」等の続編を聴きたいものです。WRの諸作もZawinulの音楽性とのバランスで成り立っていました。
アカデミックなZawinulに対する黒魔術のWayne、更にJaco Pastoriusが在団していた時期には危ないエレガントさのJacoのテイストが加わり、ジャズ史上に残る個性の三つ巴を擁したWRの黄金期を迎えることが出来ました。Miles Davis QuintetではMilesはWayneの使い方を熟知しており(彼に限らずMilesは共演者の使い方に長けています)、自身の音楽を表現するためにWayneを自由に泳がせ、バンドがWayne色に占拠されているかのようでいて実はMilesの掌の上で転がされていました。Wayneの音楽はその独自性に比べて意外にフレキシブルさを持ち合わせ、他の異なる音楽や個性と柔軟に歩調を合わせることが出来る、懐の深さを持っていると捉えています。
さて本作はco-leaderやfeaturing artistも不在、ほぼ純粋にWayne Shorterの音楽が演奏されています。いわば60年代Blue Noteの諸作「JuJu」「Speak No Evil」の80年代ヴァージョンです。全曲オリジナル、スイング・ビートは一切登場しないフュージョン、ファンク系のリズム、サウンド、そして何よりインプロヴィゼーション部分が少ないアンサンブルが主体の作品ですので、作曲家、アレンジャーとしてのWayneの側面を強調しているとも受け取ることが出来ます。WR時代はライブ演奏で再現出来ない曲は収録、演奏しないとした、ライブステージをメインとしたバンド活動でした。本作ではサックスの多重録音やシンセベース等の打ち込みもなされており、85年10月からこの作品での内容を発表するべくWayneはカルテットで全米ツアー、86年1月から日本でのツアーを行いましたがもちろんWRとは異なり、作品をそのまま再現はせず(出来ず)、収録曲を素材として演奏しており、本作は作品集としての側面が更に浮かび上がる形になります。

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1曲目Endangered Species、「絶滅危惧種」の意味です。我々くらいの年齢のミュージシャンも既に絶滅危惧種扱いかもしれませんが(笑)。それにしても物凄いポテンシャルを湛えた曲です!Wayneの音楽性が凝縮された、難解さの中にもポップなセンスを感じさせる名曲です。初めて聴いた時には鳥肌モノでした!アルバム中この曲のみキーボード奏者の Joseph Vitarelliとの共同プロデュースになっており、Michael Hoenigのプログラミングによるシンセサイザーの打ち込みベースラインが聴かれます。そしてここで聴かれるソプラノサックスの音色の素晴らしいこと!この時の楽器のセッティングですが、マウスピースはOtto Link Slant 10番、リードはRico 4番、楽器本体はYAMAHA YSS 875 Customです。因みにマウスピース、リードはテナーサックスでも同じセッティングです。しかし一体この音色を何と言葉で形容したら良いのでしょうか?仮にWayneのソプラノサックスが、音質の良くないドンシャリAMラジオのスピーカーから聴こえてきたとしても、直ぐにWayneの音だと分かる事でしょう。Ben WebsterやStan Getz、Sonny Rollins、John Coltrane、Stanley Turrentineの音色にも同様の事が言え、鳴っている音の成分がそもそも違うのです。打ち込みのベースラインをライブ演奏では人間(ベーシスト)が弾いていますが、高度なテクニックが要求されるチャレンジャブルなパート、ミュージシャンはハードルが上がるほど燃える稼業です。Wayneのバンドのベース奏者Gary Willis、 Alphonso Johnsonはさぞかし練習したに違いない事でしょう。
2012年にベーシスト、ボーカリストのEsperanza Spaldingが自身の作品「Radio Music Society」でこの曲を取り上げています。youtubeでの演奏を以下のURLで見られますのでクリックして下さい。
https://www.google.com/search?client=safari&rls=en&q=endangered+species+esperanza+spalding&ie=UTF-8&oe=UTF-8 

WayneのソプラノサックスのメロディをEsperanzaが歌っています。黒人の華奢な女の子がテクニカルにエレクトリックベースを弾きながらこの複雑なメロディを歌うのには圧倒されますが、Wayneの難解な楽曲を取り上げる姿勢にも驚いてしまいます。
2曲目The Three Marias、ユニークな曲名です。Wayneの周りには3人Mariaという名前の女性が居るそうで、曲自体のリズムが3拍子(実際には倍の6拍子です)と掛けてのタイトルです。これまた類を見ないドラマチックでとんでもなくカッコいい曲、Wayne world以外の何物でもありません!ソプラノと部分的にテナー、フルートがオーバーダビングされていてメロディが厚くなっています。ここでは曲中全くソロがありませんが、ライブではテンポも早目に設定され、バンド一丸となって盛り上がっています。
https://www.youtube.com/watch?v=DzOAr3MKjPs

それにしてもどうしたらこんな個性的な曲を書くことが出来るのでしょう?メロディもそうですがリズムセクションに指定しているアンサンブル部分がとても緻密で込み入った構成になっており、この曲自体も演奏者にはハードルの高い一曲です。
3曲目The Last Silk Hat、ソプラノのメロディに対するテナーの対旋律、オーバーダビングによるソプラノとテナーのハーモニー、それらをバックにソロをとるソプラノ、よく練られた構成ファンクナンバー、ライブで再現するには複数のサックス奏者、少なくとも4名を配する必要があります。
4曲目When You Dream、ソプラノ、テナーのメロディを受け継ぐように、おそらく若い女の子たちによる印象的なコーラスが効果的に用いられ、広がりを感じさせる、タイトル通りの美しいナンバーです。こちらも実に細やかなアレンジが施されています。以上がレコードのSide Aになります。
5曲目Who Goes There、Jim Walkerのフルート・メロディを生かすべくWayneのサックスアンサンブルが活躍します。モチーフを繰り返しつつ、途中シャッフルのリズムになることで高揚感がハンパありません!Wayneのソプラノのサイドキー、高音部のシャウト感の素晴らしさは一体どう言う事でしょう?高揚感に更に拍車がかかります。
6曲目はタイトル曲Atlantis、 McCoy Tynerにも同名曲がありますが、やはり大西洋に存在した幻の大陸の事でしょうか。本作中最もミステリアスな雰囲気のナンバーです。
7曲目Shere Khan, The TigerはDisneyのThe Jungle Bookに登場するキャラクター、ベンガル虎の名前で、80年録音のCarlos Santanaの作品「The Swing Of Delight」にも収録されている独自の美学を湛えたナンバーです。Santanaのヴァージョンでは彼自身によるギタープレイの他、Herbie Hancock、Ron Carter、Harvey Masonも参加しています。

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8曲目Criançasは再びシンセサイザーの打ち込みのベースラインが聴かれるファンクナンバー、ソプラノのメロディが多重録音され更にテナーも重ねられる事でWayne sound全開です!Alex Acunaのドラミングが印象的ですが、WayneはAcunaやAlphonso JohnsonたちWR卒業生を積極的に起用しています。
9曲目アルバムラストを飾るのはOn The Eve Of Departure、サックスの多重録音、ハーモニーを生かしたこの上なく美しいイントロ、導入部から一転してヘヴィなファンクへと変わります。フルートのメロディ、ベースラインとテナーのユニゾン、効果的なスラップ、ハーモニーの豊かさ、こちらも凝りに凝ったアンサンブルを聴かせています。

本作はWayneのソロアルバムの中でも彼の音楽性を語る上で欠かせない重要な一枚に仕上がっています。僕個人の意見として、他の追従を許さない、ジャズ史上誰も表現することが出来ない優れて抜きん出たWayneの個性ではありますが、あまりにも強過ぎるように聴こえます。WRや「 Native Dancer」、Miles Davis Quintet、Art Blakey And The Jazz Messengersの様に音楽的パートナーを迎えて、優れたミュージシャンとのコラボレーションを取る、サイドマンとしてリーダーの元で使える、これらの形態を取る事により丁度良い具合にWayneの個性が薄まり、バランスが取れた演奏を聴く事が出来、優れた作品を残せるのではと、この作品を聴いて強く感じました。

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