月下の約束

ある夏の夜、まだ若いアーティスト、リオは、
古い町の端にひっそりと佇む廃墟である屋敷に足を踏み入れた。

彼の目的は、
この屋敷の噂に隠された真実を自身のキャンバスに表現することだった。

町の人々はその屋敷を避け、
夜な夜なそこから聞こえるという美しいピアノの音を怪奇現象のせいだと囁いていた。

リオは、その音の正体を探り、
それをもとに一つの絵を作り上げることを夢見ていた。

屋敷に入ると、彼はすぐにその音に引き寄せられるように奥へと進んだ。

音は増すごとに澄んでおり、
リオはその音源が近づいていることを感じ取ることができた。

彼がたどり着いたのは、大きなホールだった。

そこには古びたグランドピアノがあり、
その前には一人の女性が座っていた。

彼女はまるでリオがそこにいることを知っていたかのように、
演奏を止めずに彼を見つめた。

女性は「エミリア」と名乗り、
この屋敷の最後の住人だと語った。

エミリアはリオに語り始める。

彼女の家族はかつてこの町で名を馳せた音楽家であり、
彼女自身もピアニストとしての道を歩んでいた。

しかし、
ある悲劇が彼女をこの屋敷に縛り付け、外界との接触を断っていたのだった。

彼女はリオに、
この屋敷と彼女自身の物語を描くように頼む。
その代わりに、
彼女の音楽を彼のインスピレーションとして使うことを許すと言った。

リオはその提案に応じ、
数週間をエミリアと過ごし、
彼女の演奏と物語からインスピレーションを得て絵を描いた。

彼のブラシは彼女の音楽の一音一音を色と形で表現し、
屋敷のホールに新たな生命を吹き込んだ。

絵が完成した夜、
リオはエミリアとともに月明かりの下、
その絵を眺めた。

しかし、
朝が来ると、エミリアの姿は消えていた。

屋敷もまた、
以前の廃墟と変わらぬ静寂に戻っていた。

彼女が最後に残したのは、
彼のキャンバスに描かれた彼女の姿と、記憶の中に響く美しい旋律だけだった。

町に戻ったリオは、その絵を展示し、
エミリアの音楽が彼にもたらしたインスピレーションと、
彼女自身の物語を人々に語った。

エミリアの音楽はもう二度と聞くことはないかもしれないが、
リオのキャンバスを通じて、
彼女の魂が永遠に生き続けることを彼は知っていた。

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