売りつけたくない君へ(3)/提案がいつもずれるんです
タイ料理を食べてから半月後。ミュージカルを見てから2ヵ月後。金曜の23時過ぎだったろうか。彼女から電話があった。
「せーんせー。もーいやですー。あたし死にたいですー。」
彼女は酔っぱらっているのか、すすり泣きながら電話をかけてきた。別件でそれどころではなかったのだが、渋谷にいるというので、事務所を出て、井の頭線の道玄坂口に行く。マークシティーの階段に1人で座って泣いている彼女がいた。
「せーんせー。おーそいーでーすー。なーにやってんですかー。」
彼女は酔っているのか、泣いているのにだいぶ強気だ・・・。夜中に人を呼び出して言うセリフか・・・。しかし、何があったんだろう。全然アポが取れないのかな・・・。
「どうしたの?」
「どうもしません。」
「そうか、じゃ、帰る。」
帰ろうとすると、「置いてかないで下さいー。」と足にからみついてくる。子供かよ・・・。
「はいはい。で、どうしたの?」
「高級なものが食べたいです。高級なものを奢ってくれたら教えてあげます。」
月曜の朝、プレゼンなんだが・・・。まだ、ブランクのチャートが5枚ぐらいあるんだが・・・。ここは大人しく奢って、こいつをとっととつぶして、タクシーに押し込んでから仕事をすればいいか・・・。
「わかった。セルリアンのバーにでも行こう。」
「え!セルリアンですか!バーですか!やったー。」
やっぱりやめようかな、と思いながら相手にするのも面倒なので、とっととセルリアンに向かって歩き始めた。
「待ってくださいよー。」追ってくる彼女は少し元気になっているようだった。まあ、いいか・・・。
「で、何が問題なの?」
出されたドライフルーツを口に運びながら聞いてみた。金曜の夜だったが、バーは空いていた。まあ、ホテルの上のバーで飲むなんてカルチャーは若者にはないよな・・・、と思いつつ。早く終わらんかな、と思いつつ。
彼女はモヒートをストローでちゅーちゅーと吸っている。いや、ジュースみたいに飲むとつぶれるからやめたほうがいいのでは・・・。いや、今日は早めにつぶれてもらったほうがいいか・・・。
「もう、やってられないんです。」
「何が?」
「提案書づくりです。アポが取れたのはいいんですが、1日に3つもアポが取れると、提案書づくりが間に合いません。それで提案が甘くなって、全然契約にはならないし・・・。」
「提案を作ってから訪問しているの?」
「はい。うちの会社の基本方針です。ソリューション営業です。それがうちのノウハウの全てなんです!でも、作りきれないんです。時間がないんです。甘くなっちゃうんです。もうダメです・・・。」
「やめたら?」
「は?」
「やってられないなら、提案書を作るのをやめたら?」
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