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【掌編】ファミレスの老夫婦

 久しぶりにファミレスに行った。いつもは弁当を持っていくのだが、今日はたまたま目に入った店にでも入ってみるかという気になった。入ったのは会社からほど近い大手チェーン店。安さがウリで学生時代や独身の頃はよくお世話になったのだが、結婚してからは足が遠のいていた。

 仕事が押していたこともあって、入店したのは14時半すぎ。もうランチというには遅い時間だからか、客はまばらだった。適当に空いている席に座る。整然とそろえて置いてあるメニューを開いて、ランチメニューを眺める。ランチタイムは17時までやっているらしい。それはもはやディナーなのではないのか?  と心の中で1人ツッコミを入れながら目を通すが、安いことは懐にも嬉しいことなので、ありがたくランチメニューを頼むことにする。朝食もろくに食べていなかったので、とにかく腹が減った。とりあえず安くて量のありそうなトリプルコンボランチというものを注文する。ハンバーグとエビフライとチキンステーキが盛ってあるメニューだ。そして迷わずライス大盛りに。

 店員に出されたお冷を飲んでひと心地つくと、斜め前の席に夫婦が座っているのに気がついた。70過ぎくらいだろうか。とうに食事が済んでいるのか、そもそもお茶だけしにきたのか、2人の前にはドリンクバーのカップが置いてあるだけだ。別段、夫婦の間に会話はなく、旦那の方はスマホをみつめており、奥さんは何かの本を読んでいる。
 することもないので俺はスマホをいじりながら、しばらく二人を眺めることにした。が、話をする様子はない。客もほとんどいないし、声も届く距離なのに一切聞こえてこない。これだけだと仲が悪いのかと思ってしまうが、 傍らから見ている自分にはそんな風には見えなかった。なぜだろう、むしろ仲睦まじく無言の時間を楽しんでいるように思えた。お互いに干渉しないことで、相手を慈しんでいるような。そんな穏やかな空気に包まれている二人。もしかしたら、これがこの夫婦のいつもの日課なのかもしれない。

 店の奥の方から大声で騒いでいる声がした。目を向けると、5~6人の若者がボックス席に座っている。その内の一人が立ち上がって、奇妙な動きをして仲間を笑わせていた。崩れた身なりと、平日の昼間に遊んでいるということは、近所の大学へ通っている学生だろう。このファミレスの価格帯であれば、仲間内で集まるのにはちょうどいい。ドリンクバーを頼めば、アルコールなんてなくてもずっと酔っていられる時期なのだ。学生という身分は。

 ちょっと自分の学生時代に物思いをしたところで、トリプルコンボランチが到着した。写真よりものっぺりとした型抜きしたようなハンバーグ、デミグラスソースを吸ってしんなりとしたエビフライ、焼きすぎてぎゅっと縮こまった鶏肉。そして極めつけは、ぱさついた大盛りライス。若い頃はこれでもごちそうだったなあ、とまた思考を飛ばしそうになって慌ててフォークとナイフを手に取った。さっさと食べて、昼休み中に仕上げたい書類があるんだった。

 ハンバーグはなんとか食べ終わったものの、チキンステーキとエビフライ半分がどうしても食べきれない。量の問題じゃない。油の問題だ。久しぶりに外食なんてして油っこいものを食べたからだろうか、胃が受け付けない。
 腕の時計を見た。休憩はあと30分。会社に戻らないといけない。鶏肉とエビフライはあきらめよう。どうして世間の食べ物はこうもギトギトしているのだろう。結婚して嫁の手料理をずっと食べていたからか、油分の多いものを拒絶する体になっていたようだ。それとも、もうあの学生たちと同じものを食べられるほど若くはないということか。

 むかむかする胃をさすり顔をあげると、あの老夫婦がどちらともなく帰り支度を始めた。そのときも会話する声は聞こえない。ときおり目を合わせるのみだった。奥さんが自分のバックの中を整理している間に、旦那さんが立ち上がって、丸まって入っている伝票を透明な筒から引き抜いた。奥さんは自分と旦那さんのバックを持って店の出入り口に向かう。その後から旦那さんも杖を片手に続いた。片足を引きずっている。そして尻ポケットに差し込んでいた財布で支払いを済ませた。店の出口で待っていた奥さんは旦那さんにバックを手渡し、ドアの鈴の音を響かせながら退店していった。
 店を出るまでの間も、二人の間に会話はなかったように見えた。

 俺はスマホを取り出して、嫁に「ごめん」とメッセージを送った。
 明日も外食して胃をむかつかせる羽目にならないために。

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