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流行りの「スポーツクラブによるアパレルブランド展開」を考える。"グッズの延長"で終わらせないために

Key Questions
スポーツクラブが、アパレルブランドを新たな事業収益の柱とするには、何が必要なのか?

海外のスポーツクラブから端を発した「スポーツクラブによるアパレルブランド展開」。欧米を中心とする世界的な流行が、ついにここ1-2年で日本に到来しつつあります。

イタリアサッカーの名門クラブ「ユベントス」が、クラブロゴをエンブレム⇒シンボルロゴに変更したのが、2017年1月。ここに世界的な流行の幕が開けます。

日本で最初に流行の波に乗ったのが、読売グループ時代から約50年の歴史を持つ「東京ヴェルディ」。ユベントスから遅れることちょうど2年。2019年1月にクラブエンブレムの刷新を発表します。

その後、サッカーJ2リーグ「ツエーゲン金沢」が、2019年11月にアパレルブランド「WAYS」の立ち上げを発表。2020年8月には、日本を代表するサッカークラブ「鹿島アントラーズ」が「F.D.」を、J3リーグ「カターレ富山」が「K.B. /con te.」の立ち上げをそれぞれ発表。日本サッカーの名門から地方クラブに至るまで、多くのサッカークラブがアパレルブランドの立ち上げに着手しました。日本での流行がピークに向かいつつあることを予感させます。

なお、本題に入る前の補足となりますが、すでに度々言及している「スポーツクラブによるアパレルブランド」の展開とは、本記事においては下記2パターンと定義します。

①クラブロゴそのものをエンブレムからシンボルロゴに変更し、同ロゴを用いたブランドを展開
(ユベントス、東京ヴェルディパターン)
②クラブとしてエンブレムは踏襲しつつ、アパレル展開用に新たなシンボルロゴを作成・ブランドを展開
(ツエーゲン金沢、鹿島アントラーズ、カターレ富山パターン)

本サイトではかねてより、スポーツクラブの枠にとどまらない収益の柱を構築する必要性、そして、そのヒントとして「非スポーツ分野」への多角化の必要性を訴えてきました。スポーツクラブによるアパレル展開は、スポーツクラブが従来より持つグッズ展開のノウハウやナレッジ、一定囲い込みに成功している顧客規模などに鑑みると、確かにいずれのクラブにとってもとっかかりやすい事業であるため、このような流行の兆しが見て取れることにも納得がいきます。

しかし、アパレルブランドの展開が、スポーツクラブにとって「新たな収益の柱」となり得るのかについては、正直、懐疑的です。日本のスポーツクラブがアパレルブランドを立ち上げる際、そのプレスリリースには、往々にして次のような趣旨の文言が含まれます。

「クラブエンブレムのグッズだと普段使いできないという声にお応えして、普段使いできるブランド・グッズを製作しました」

しかし、これだけではあくまで「グッズの延長」でしかありません。そして残念ながら、グッズのラインナップが増えることを「収益の柱を構築する」「事業を多角化する」こととは呼びません。スポーツクラブがアパレルブランドを新たな事業収益の柱とするには何が必要なのか。以下論考していきます。

まずは、下記6象限のマトリックスをご覧ください。

スポーツクラブによるアパレルブランドの展開先

本マトリックスは、アパレルブランドの展開先を分類したものです。縦軸は「地域」軸、すなわち「全世界」を対象にするのか、「全国」を対象にするのか、はたまた、拠点を置く「地方」を対象にするのか。横軸は「顧客」軸、すなわち、クラブが従来抱える「既存顧客≒スポーツファン」をターゲットに販売するのか、それとも「新規顧客≒非スポーツファン」の獲得を意図するのか。

ツエーゲン金沢とカターレ富山のアパレルブランドは、現状、右下の「⑥象限」にポジショニングしています。すなわち、地域住民を中心とするクラブのファンに対してアパレルブランドの浸透を図っている段階です。今後は、これを非スポーツファンにも届く「⑤象限」へ、すなわち、左方向にポジショニングを移そうという意図が見受けられます。

2019年8月、BLACK&GOLD をテーマにしたサマーユニフォームと同時に、ツエーゲン金沢の新たな挑戦の一つとして、コンセプトエンブレムを制作・発表しました。
コンセプトエンブレムはユニフォームの他にTシャツやポロシャツ、サンダルなどへグッズ展開し、多くの方々に手にとっていただくことができました。そしてこの度、新たな価値を生み出し日常に溶け込むブランドとしてアパレルブランド「WAYZ(ウェイズ)」を立ち上げることとなりました。
ーツエーゲン金沢公式サイトより抜粋
今までのチームグッズとは一味違ったデザインとシルエットを、普段使いのアパレルとしてお楽しみいただけます
今後はアパレルだけにこだわらず、日常生活で使える衣食住の商品販売を予定しております。
フットボールファンのみならず、富山の皆様に愛されるブランドとなっていくことを目指しておりますので、是非ご期待ください!
ーカターレ富山公式サイトより抜粋

一方で、東京ヴェルディや鹿島アントラーズのような全国的な知名度を誇るスポーツクラブは、現状「④象限」にポジショニングしています。すなわち、全国に点在するクラブのファンに対してアパレルブランドの浸透を図っている段階です。そして、金沢や富山と同様に、左方向へのポジショニングの移行、すなわち「③象限」への移行を試みています。なお、首都「東京」のクラブとしてのブランドを誇る東京ヴェルディは、最終的には左上の「①象限」を志向しています。

グローバルでも通用する『東京』というブランド・プラットフォームを有し、日本サッカー界でも屈指の実績と歴史がある東京ヴェルディ。
求められる人物・能力・労働環境・教育方法・価値観などが多様化している今、『東京』を本拠地とする東京ヴェルディは、サッカー業界の垣根を越えて様々なチャネルへタッチポイントを設け収益モデルを拡張するスポーツエンタテイメントビジネスを創出し、色々な競技・年代が関わりあう人材育成を担う世界へ誇る総合クラブとして変貌を遂げていきます。
ー東京ヴェルディ公式サイトより抜粋
クラブ創設期から受け継がれてきたコンセプトをアパレル商品として表現することで、クラブに共感いただけるすべての方々に向けて、日々の生活とフットボールの調和を実現する新たなスタイルを提案します。
ー鹿島アントラーズ公式サイトより抜粋

この東京ヴェルディが目指す「①象限」、すなわち、「世界中の非サッカーファンにもブランドが知れ渡っており、彼らが世界中のチャネルからブランド商品を購入する」状態を目指すことが、スポーツクラブによるアパレル展開の究極形態です。

前述のユベントスも、ブランド展開前は「④象限」にとどまっていました。イタリア国内では圧倒的な知名度を誇りながら、北米やアジアには他の競合クラブと比べてファンが少ない状況でした。その中で、世界的スーパースターであるクリスティアーノ・ロナウドの獲得などをテコに「②象限」までポジショニングを飛躍させ、今では、ウェアやステーショナリーの他、アクセサリー類のリブランディング商品の販売などを通じて「①象限」への移行を目指しています。

スポーツクラブによるアパレルブランドの展開先―各クラブ事例

しかし、鹿島アントラーズならまだしも、ツエーゲン金沢やカターレ富山のような地方の小規模クラブが、世界進出を見据えた「①象限」を志向することは、現実的ではありません。一般的なスポーツクラブは、せめて「③象限」と「⑤象限」の中間地点、つまり「地域の非サッカーファンにもブランドが知れ渡り、かつ、全国の非サッカーファンにもその存在が認知されつつある中で、彼らが店舗やECからブランド商品を購入する」状態を目指すことです。このレベルのブランドになって初めて、新たな収益の柱を立ち上げたと言えるでじょう。

スポーツクラブによるアパレルブランドの展開先―現実的な目指す姿

本マトリックスにおける、スポーツクラブによるアパレルブランド展開の成功の肝は、左上方向へのポジショニングの移行です。そして、上方向へのポジショニングの移行には「クラブとしての知名度」が必要となり、左方向へのポジショニングの移行には「非スポーツファンへのリーチ」が必要となります。

クラブとしての知名度は、本業のスポーツにおける成績や、有名選手の育成・獲得など、スポーツクラブのビジネス部門では手が及ばない要因や、もっと言うと、「運」の要素も大きく関係してきます。一方で、ニワトリ-タマゴの関係ではありますが、非スポーツファンへのリーチの拡大により、クラブとしての知名度が非スポーツの観点を起点に向上していく可能性もあり得るでしょう。結局、高い確度をもって左上方向へのポジショニング移行を実現するためには、非スポーツファンへのリーチをクラブ全体として重点的に取り組んでいく必要があるのです。

では、具体的にどのようにアパレルブランドを非スポーツファンに届けていけば良いのでしょうか。答えは、一般的なアパレル企業やBtoC企業がPDCAを回しながら試行錯誤している基本的なマーケティングに、適切な組織体制・人材を揃えた上で、地道かつ着実に取り組むことです。マーケティングについては、最低でも下記のような観点を踏まえる必要があります。

Product
・ブランドにより統一されたデザイン
・実用性のある/消費者のNeedsやSeedsを捉えた製品特性・ラインナップ
Price
・ターゲット顧客にとっての適切な価格設定
・現実的な品質・コストバランス計画
Place
・クラブオフィシャルショップでの販売
・その他一般店舗への流通
・自社ECサイトでのオンライン販売
・ECプラットフォーム上でのオンライン販売
・弾力的な在庫管理
Promotion
・広告販促活動
・ダイレクトマーケティング
・デジタルマーケティング(SNS等)
Plus
・上記を実現するための包括的な戦略、展開ストーリー・シナリオプランニング
・組織としてのケイパビリティ・人材

組織として、上記のような基本的な販売・マーケティング体制を整えられないようであれば、アパレルブランドの展開は「グッズの延長」にしかなり得ません。

「コストをかけられない」「ケイパビリティを備えた人材を確保できない」「そもそも人員が足りない」。いずれも、中小企業であるスポーツクラブにおいて発生し得る言い訳ですが、そのような状態であれば、マトリックス左上はおろか、左方向への移行すら厳しいと言わざるを得ないでしょう。流行っているからと安易にアパレルブランド展開に手を出すと、グッズのラインナップを増やすだけの中途半端な施策にとどまり、いずれシュリンクしていきます。

☆マトリックス上でどのポジショニングを目指すのか
☆そのために、どのようなブランドストーリーを描き、どこにターゲット顧客を置くのか
☆ストーリーやターゲットに沿った「4P」は、組織として実行可能な体制か(人材の質・量が不足しているのであれば、外部への業務委託も視野に入れる)

これらの観点を持ち、グッズ担当や広報が片手間で実行するのではなく、適切なコストをかけて収益の柱を構築する体制を組織全体で整えることが、スポーツクラブによるアパレルブランド展開の成功に繋がると結論付けます。

Conclusion
Q:スポーツクラブが、アパレルブランドを新たな事業収益の柱とするには何が必要なのか?

A:アパレルブランド展開によってどのようなポジショニングを目指すのか、そのためにどのようなブランドストーリーを描くのかを十分に検討した上で、それらを実現するための基本的な「マーケティングの4P」の整備を組織全体でコミットする


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