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第5回インタビュー「大学研究員(生物学)」2020/5/25

<まえがき>昨夜、26日にも緊急事態宣言が解除されることが発表されました。もちろんだからと言って、感染リスクがなくなったわけでもありませんが、自粛を強いられず外出できるのは喜ばしいことです。しばらくマスク暮らしは避けられなさそうですが…。今回は「ウイルスの新薬開発にも貢献したい」という生物学の研究者にお話をお聞きしました。(舘澤史岳)

―どんなお仕事をされていますか。
国立大学の准教授として、生物学の研究をしています。
人間がものを食べ、消化する上で重要な役割を果たしている胃。正常に動くには胃酸が不可欠ですが、私はこの胃酸を分泌する「プロトンポンプ」という仕組みを専門的に研究しています。人体の中では“最強”ともいえる高濃度の酸がどのようにして作り出されるのか。胃酸を自由に調整できるようになれば、その過剰な分泌が原因で起こる胃潰瘍や逆流性食道炎の治療、更に二日酔いのムカムカなどを抑えるのにもつながります。ニッチに思えるかもしれませんが、この胃酸抑制剤の領域だけで、実は2兆円もの世界市場があると言われているんですよ。

―コロナ以前と比べて、どんな変化がありましたか。
大学は休校。実験も不要不急のものは中止に。
コロナが中国武漢の流行していた当初も、以前のSARSのように日本で流行するまでには至らなかった例もあるので、どこか対岸の火事のように眺めていました。本当に「まずい」と思い始めたのは、3月上旬、上海の知り合いの研究者が危機を訴え始めた頃です。その後、間を置かず、海外の学会、国内の学会が軒並みキャンセルになりました。4月に緊急事態宣言が出て以降は、大学は休校となり、授業はオンラインへと切り替わりました。実験も不要不急のものは取りやめるように言われましたが、私の場合、細胞など生物相手のものが多いため、いきなり全てを閉鎖するわけにもいきません。緊急事態宣言後も、感染に最大限気を付けながら、合間を縫って大学に通い研究を続けています。

実験もリモートに、学会もオンラインに。
研究職と聞くと研究室で黙々と実験をするイメージがあるかもしれませんが、実際はそんなことはありません。研究成果の発表や学外実験のために出張することもあります。昨年1年間で国際会議3件、国内の学会だけでも10以上招待されました。多い時では週2回出張していたのですが、緊急事態宣言以降はほぼすべてが取りやめになってしまいました。ただ、これらの変化は決して悪いことばかりではありません。たとえば、私が取り組んでいる実験の中には、学内の施設・設備だけでは足りず、たとえば原子レベルでの観察ができる電子顕微鏡など学外の高性能な施設・設備を利用せざるを得ないものもあります。これまでは、その施設がある場所まで足を運んで実験していたのですが、今はそれができない代わりに、材料を郵送で送ってロボットが対応するという新しい試みが行われています。また、学会に関してもイギリスでは完全オンライン学会が開かれたと聞きます。この先、コロナをきっかけにこういう形が増えていくかもしれません。足を運ぶ手間が省けた分、研究をしっかり進めていきたいですね。

―これから業界(世界)は、どう変わっていくと思いますか。
「オフラインの良さ」が見直されると思います。
現在、仕事に限らず、家族以外の人とのやりとりはほぼオンライン上で行っています。「この件についてディスカッションしたい」など互いに目的がある場合は便利ですが「何となく集まろう」という場合は機能しないというのが感想です。効率だけを考えるなら目的を定めて何でもオンラインにしてしまうのが早いのでしょうが、人とのコミュニケーションというのは、必ずしも目的を達成するために行うものではありません。何だかよく分からない会話の中から、化学反応のように生まれてくるものもあります。私も学会後に行われる飲み会に参加することで、新しい人脈を築いたり、共同研究につながったりしたことが多々ありました。コロナを機に業務が効率的にするのはいいですが、すべてをオンラインで賄うのではなく、一見すると無駄に見える、そういう貴重な場を今後どうやって確保していおうかなと思案しているところです。

構造解析を通じて、ウイルスの新薬開発にも貢献したい。
今、世界各国の様々な研究者が、コロナウイルス薬の開発に取り組んでいます。コロナウイルスは複数のタンパク質によって構成されていますが、その構造はまだ正確に分かっていません。もし仮にこの構造が分かれば、新薬開発がよりスムーズになるのは間違いありません。ドアの鍵を開けようとする時、手あたり次第に鍵を押し込んでいくより、鍵穴の形が分かった方が鍵を作りやすいのと同じことです。私には薬の開発に直接関与することはできませんが、構造生物学の領域でこれまでより優れた構造解析の方法を見つけるなど、自分なりにウイルス対策に貢献していければと考えています。コロナに限らず、今後、多剤耐性菌の出現などにより、感染症は更に増えると言われています。WHOでは先ごろ2000年代後半、感染症による死者数ががんなどの生活習慣病の死者数を上回るという予測を出しました。今後も難局は続くかもしれませんが、研究者として、できることに全力で取り組んでいきたいです。(Aさん/大学研究員)

マスクの向こう側では取材対象者を募集しています。
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可能な限り取材いたします(オンライン・1時間程度)。
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コロナ前後で大きく世界は変わると思います。その節目を、市井の人々のリアルな実情を通じて振り返ることができるように、書き残しています。フォローしてもらえるとすごく嬉しいです。twitterもやっています。


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