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21XX年プロポーズの旅(12)

(承前)

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 標的のタコ型宇宙人"オクト"は、その七本の足(一本は俺が斬り落とした)を駆使して床壁天井を問わず駆け、一目散に逃げていく。

 俺はあいにくと二足歩行なので、時に一階から三階まで飛び上がったり、時には群衆の上を飛び越えたり、時には対象を宝剣の光線で牽制しながら、その姿を追う──否、追い込んでいく。
 その鬼ごっこはしばらくの間──オクトの腕が再生する程度の時間続いた。そしてターミナルの西端付近に至ったとき、俺は通信機に合図を出した。

「3,2,1……今だ!」

「どあぁっ!?」

 俺の指示で、天井から落ちてきた網が見事にオクトを絡め取った。

「なっ……なんだこれ!? 網!?」
「星間イワシ用の漁網だ」
 俺は、地面に転がって喚くオクトのもとへと歩み寄った。周囲に隠れていた三人の兵士も姿を現し、オクトに銃を向ける。

「"王国"の国宝を盗み出しただけでは飽き足らず、バスやターミナルに甚大な被害をもたらし……さらにその危険物を月まで持ってきた」
 俺は剣をオクトの額に突きつけた。

「吐け。貴様の目的はなんだ」

 こいつの執念は相当のものだ。バックに巨大な組織がいる可能性もあり、目的もわからない以上、迂闊に殺すことはできない──俺はそう考え、オクトの言葉を待った。
 しばしの間もがいていたオクトはが、やがて疲れたのか動きを止め──ため息をひとつ。

「オーケー。吐くよ」

 ──世界征服、地球破壊……いや、武力による恐喝、政府転覆あたりが順当か。

 まだ迷いがある様子で「えーと」とか「そのー」とか言っているオクトを待ちながら、俺は思案した。以前、"王国"の国宝・ムーンフォースリングの力により地球の七割が砂になった。月の光を浴びたそれが活性化したのが原因だと聞いている。その力があれば地球を好きにできると言っても過言ではない。

 つまり、こいつの目的は──

「プロポーズだ」

 ──は?

「………………は?」

 は? 今なんて言ったこいつ?

「プロポーズだ。レオンにプロポーズするのが僕の目的」

「……………………」

 ギンッ!

「ちょっと!? なんで足斬り落としたの!? それも三本も!」

 ざわつく兵士たちを黙らせるべく、俺は咳払いをひとつ。そして、オクトの眼前に剣をつきたてて威圧する。

「……もう一度聞くぞ。お前の、目的は、なんだ」

 ──そんな斬新な言い訳が通用するわけないだろ!
 俺はキレそうなのを必死で抑えて、言葉を絞り出した。

「次に妙な嘘をついたら──」
「嘘じゃないよ」

 俺の言葉を遮ったオクトの声は、驚くほど晴れやかなもので──その瞳はどこまでも澄んでいた。

「僕たち"オクト&レオン"は最高の盗賊だ。最高の盗賊が最高のプロポーズをするために、最高の指輪を手に入れて、最高のシチュエーションを目指している。それだけだ」

 ──嗚呼。こいつは狂人だ。

 俺は気付いた。これは苦し紛れの嘘でも命乞いでもない。こいつは本気でそう言っている。本気で、求愛のために国宝を盗み出し、そしてそのためだけに月面にやってきた……信じられないことだが。

「……そんなことのために、多数の人々を危険に晒したのか」

「人の晴れ舞台を"そんなこと"呼ばわりするのは酷いんじゃないかなあ」

 ──プロポーズ? プロポーズだと? わざわざ婚約指輪を? 今1990年代に流行った文化をやるためにこんな騒ぎを起こしたのか? 今は21XX年だぞ? 正気か?

 俺は震えていた。あまりの怒りに。右手の剣を握りしめ、大きく息を吸うとオクトを睨みつけた。

「とにかく、お前が危険人物だということがわかった──ここで処断する」

「ああ、その前にひとついい?」

 剣を振り上げた俺に、網の中のタコは言った。

「なんか勘違いしてるみたいだけど。あの指輪は別に地球を滅ぼす指輪じゃないよ」

 そのトーンは、先ほどと微塵も変わっていない。それに気付いた俺は動きを止めた。
「……なんだと?」

「まぁ証拠を見せるには実際に月の光に当てるしかないんだけど……とにかく、盗賊"オクト"の名に賭けて、嘘は言ってない。僕には特定の信仰はないけど、そうだな、盗賊のカミサマがいるとしたら、それに誓ってもいい」

 身動きが取れず、自分の頭を割らんとしている剣を前にしても、その男は顔色ひとつ変えることなく、淀みなく言葉を続けた。

「地球に襲来した"破壊"はこの指輪のせいじゃない」

 兵士たちに動揺が広がる。真偽のほどはわからない。しかし、こいつのこの自信は一体なんだ。

「お前一体、なにを知って──」

 剣をおろし、オクトに話しかけた──その時だった。

「ハイィィッッッッッッヤー!」

 奇妙な叫び声と共に、兜に凄まじい衝撃が走る。完全な死角からの一撃──怪盗"レオン"の飛び蹴りが、俺の頭部を強打した。

 明滅する視界で一瞬見えたオクトの顔は──笑っていた。

「ほらね、さっき言ったでしょ」

 ドカバキハイヤーッ。部下たちがやられる音をバックに、オクトの声が俺の鼓膜を揺らした。

「"オクト&レオン"は、最高だって!」

(完結編に続く)

最終回予告

とうとうアーサーを撃退したテツ。
当初の目的を果たすべく、予約したレストランにレストランへ向かうが──
「間に合ったようじゃの」「また会ったなァ、盗賊」
「ああもうなんで最後の最後で……!」

そして──ムーンフォースリングが活性化する!
「だけど……もう、諦めた」「この指輪は活性化すると──」

ダイヤモンド・リングまであと1時間!
果たしてサプライズプロポーズは達成できるのか!?

「僕たちは最高のコンビだ、これまでも、そしてこれからも」

次回、21XX年プロポーズの旅 (13/完結編)
特別拡大版(5000文字超)にてお届け!

最終話に向けて、バックナンバーをチェックだ!


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