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神器戦士ミツマナコ 『龍咫ノ鏡』の巻 前編

「ハル。ハルよ」

「あっ……」

 しまった、ぼーっとしていた。霞みがかった視界の中、神主様が微笑んでいる。

「すみません、神主様。ええと……」

 ヤバい、なんだっけ?

「疲れているかな? ほら、深呼吸」

 言われた通り深呼吸すると、意識が晴れてきた。

 僕はハル。今日で15歳になる。ここは村の聖域。神主様に呼ばれて、ここにきた。

「ハルよ。ここに来てもらったのは他でもない。これを託そうと思うてな」

 思案する僕に、神主様はその立派な鏡を差し出した。

「これは?」

「神器、龍咫ノ鏡」

「りゅうたの、かがみ……」

 受け取ったそれはずっしりと重い。複雑な彫刻に囲まれた鏡面は見事に磨き上げられており、天頂部では龍が咢を開いている。

「ハル。この鏡で、青龍様の力をお借りするのだ」

「青龍、様?」

「おいおい、どうしたハル。しっかりしなさい。青龍様はこの村の守り神だろ? この清流湛えし尊き大河に連なる全ての生きとし生けるもの……美しの水、繁茂せし木々、森の生き物たち、そしてこの村。全ては青龍様に支えられている。そうだろう?」

「あ……は、はい。そうでした」

 おかしいな。こんな大事なことを、忘れてたなんて。

 ぼんやりしたままの僕に、神主様はそれでも微笑みを絶やさず、ゆっくりと言葉を続けた。

「ハル。15歳を迎える今日、お前は選ばれたのだ──この地の、守人に」


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 2ヶ月後。

「……これが、“清流湛えし尊き大河”?」

「ああ。赤い山と獅子の大岩の間を流れる川。間違いない」

 ヒョロい黒づくめの男と、ゴツい白装束の男。そんな二人組が川を覗きこんでいる。先に口を開いたのは黒い方。名をユグドという。

 ユグドは、その額に第三の瞳を持っている。彼は三つの目で河面に浮かぶ物たち──生き物の死骸やヘドロの類をひとしきり観察した後、気怠そうに立ち上がり、言葉を投げた。

「……これのどこが清流だよ。便所の方がマシな匂いするぜ?」

「この様子だと、川全体が影響を受けていると思った方が良いだろうな」

 答えたのは白い方。こちらは名をセンブという。彼は手にした地図と周囲を見比べた後、感情のない声で告げた。

「噂の村はこの上流だな」

「ウエー、んじゃ暫くこの匂いの中かよ……」

「これも使命のためだ。我慢しろ」

「いやお前はいいだろうけどさぁ……」

 文句を言うユグドを無視して、センブは地図を手に歩き出した。ユグドは黒い髪をボリボリと掻きながらため息をひとつ。そして、センブの大きな背中を追うように歩き始め──その時だった。

 ごぼり、と。

 腐臭漂う水面が膨れ上がった。

 一拍遅れて、“なにか”が宙に躍り出る。漂う腐臭が強烈に強くなり、ユグドは思わず鼻をつまんだ。

「……早速お出ましか」

 鼻声で呟いて、ユグドはその三つ瞳で敵を睨む。

 彼らを取り囲むのは、ヒトのようなバランスの、異形の怪人たちである。

 人間でいう頭の部分には川面に浮かんでいた死骸の頭部が据付けられ、その全身は他の部位の骨やら木屑やらで鎧の如く覆われている。真昼間にも関わらず異様な力強さで輝く赤い瞳が、ユグドとセンブを見つめている。

「さて、んじゃあセンブ。準備はいいか」

「愚問だ」

 急激に強くなった腐臭に鼻を摘んだまま、ユグドはセンブに声を投げる。白い巨体がそれに力強く答えたとき──

「おじさんたち、伏せて!」

 少年の、声がした。

 そして少し遅れて、ブオンッと風を切る音も。

「うおっ!?」

 慌てて姿勢を下げたユグド。その頭上スレスレを飛んで行ったのは、高速回転する手斧だった。それはそのままユグドの眼前にいた怪人の一体の頭部を吹き飛ばす。

「やぁっ!」

 声と共にユグドの頭上を跳び越えて身を躍らせるは、年の頃十五歳ほどの少年だった。その青い瞳がユグドを見たのも束の間、彼は着地と同時に先ほどの手斧を拾い上げ、怪人たちの頭を叩き割ってゆく。

 頭蓋を割られた怪人たちが崩れ落ちていく。その全身に張り付いていた骨や枝だけを地面に残し、その“中身”は大地に染み込むように消えていく。

 あれよあれよと言う間に、少年は手斧で十五体の怪人を倒してしまった。

「……ふう。大丈夫ですか? 怪我は?」

 溌剌とした笑顔で少年がユグドたちに問いかける。唖然としたまま状況を見ていたユグドは、ハッとしたように応えた。

「あ、ああ……大丈夫だ。すげーなお前」

「あいつらの相手は慣れてますから」

 少年は肩で息をしながらも、笑ってみせた。その向こう側──つい先ほどまで腐臭をあげていた大河は、今ではそこが見通せるほど綺麗になっていた。

「……あれ? 綺麗になってる」

「さっきの臭いですか。あの化け物たちの仕業です。それより……」

 少年はユグドとセンブを見比べて、首を傾げて問いかける。

「村になにか、御用ですか?」

「ん? お前、上流の村のもんか?」

「はい。村の守人で……最近はもっぱら、あの化け物と戦っています。さっきも、例の臭いがしたのでまさかと思って駆けつけたところで」

「なるほど。ちょっと、案内してもらえやしないか? 俺はユグド、こっちはセンブ。旅人なんだが、食糧が尽きちまってよ」

「そういうことでしたら、喜んで」

 少年はにっこりと微笑んで、言葉を続けた。

「ようこそ、青龍の村へ。僕は守人のハルといいます」

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 青龍の村。

 赤い山と獅子の大岩の間を流れる、“清流湛えし尊き大河”のほとり、湧水を守るように形成された小さな村だ。周囲には湧水の恩恵により豊かな森に恵まれ、村人たちはつつましやかだが不自由なく暮らしていた。

「……それが変わったのは、2ヶ月ほど前のことですじゃ」

 ユグドとセンブにそう説くのは、その村の長だった。そばには守人・ハルも立っている。

「例の化け物たちか」

「左様。突如として大河から腐臭が漂い、奴らが現れ……多くの村人が怪我をした」

 遠い目をして村長は言葉を続ける。

「幸い、奴らはそう強くない。村の男衆で対処でき、一度対処すればしばらくは現れん……だが、おかげで安心して森にも入れなくなってのう」

「なるほどな。難儀な時期にきちまって、すまねぇ」

「いえいえ、良いのですよ。それより、旅の話を聞かせてくれませんか」

「もちろんだ。よかったらどうだ、村の連中集めて聞かせてやるよ!」

「おお、それは良いお考えですな。村人たちも退屈しております故、喜びましょう──」

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 その夜。

 村では盛大な宴が行われていた。

「だっはっは! いい飲みっぷりだねぇ白いあんちゃん!」

「全然喋らねーがひたすら飲む! いぶし銀だねぇ!」

「黒いあんちゃんの次の話がはじまるぞー!」

 辺境の村に済む人々にとって、旅人の話は数少ない娯楽である。

 村人たちは二人の旅人を歓迎するという名目で、周辺諸国の様々な話を聞いては酒をあおる。

 広場に置かれたテーブルには村の女衆が腕によりを掛けて作った料理の数々が並び、その向こうでは木箱で作ったお立ち台に仁王立ちするユグドの姿。

「んじゃあ次は、深海の話をしてやろう! 深いふかーい海の底に行った話だ。そんじょそこらの旅人からは聞けねぇ、とっておきの話だぜ」

「いよっ! 良いよ良いよー!」

「どうもどうも! ありゃァ俺たちが旅を初めてすぐのことだった──」

 そんなどんちゃん騒ぎを、ハルは少し離れたところから眺めていた。狩りに出ていた男衆も徐々に帰ってきて、彼らも宴席に加わっていく。

「深海に行くっつーのも楽じゃねぇ。そもそも生身でいったら潰れっちまうからなァ! 案内人を探し当てるだけでまず一苦労さ!」

「なにがあったんだー!?」

 ユグドの話に村人たちが沸いている。いつしかそこには、全ての村人が集まり、二人を取り囲むように宴が行われていた。

「……こんなに賑やかなのは、久しぶりだな」

 ハルがポツリと呟いたそんな言葉は、夜の闇に消えていく。いつしかその左手には、大きな鏡が携えられていた。

「で、だ! 村に辿り着いてひと安心ってな感じでほっとしたのも束の間! 辿り着いた俺たちを待っていたのは、なんと深海の怪人どもだった!」

 ユグドの話にも熱が入る。クライマックスのようだ。ハルは何気なく、ユグドに視線を向け──その三つの瞳が、ハルを見ていることに気付いた。

「──……?」

「そうさ、俺たちゃ化物の巣、いや餌場に連れ込まれちまったんだ」

 首を傾げるハルを見つめながら、ユグドは不意にお立ち台から降りる。村人たちが戸惑いの声をあげるのも意に介さず、三つ目の男はハルだけを見据えて歩み寄る。

「気付いたときにはもう手遅れ、敵の懐の中、あたりには数えきれねーほどの怪人たち。死を覚悟したね。……しかも、だ」

 声のトーンは変わらぬまま、それでもその視線は強い意志と共にハルを見つめて。

「慌てて案内人を振り返った俺たちはさらに驚いた。そいつの顔が真ん中で木の実みたいにパカっと割れたかと思うと、中から化物の顔が出てきたんだ。なんとそいつも化け物だったってわけだ。驚きだろ、ハル?」

「ッ……なんのことですか?」

「物理的に化けてた分、深海の化け物の方が厄介だったよ」

 睨み返すハルの視線を獰猛な笑顔で受け止めて、ユグドは少年に言い放った。

「俺の額の瞳に、幻覚は効かねぇ」

 ユグドは言いながら、ハルの胸ぐらを掴み上げた。その細腕からは信じられないほどの怪力で、ハルの身体がぐいと持ち上がる。

 村人たちが色めき立つ──否、それらは、人ではない。

 ユグドの第3の瞳に映る、真実の姿。

 それは、骨とゴミでできた人形たちだった。

「ッ……!」

「おいセンブ! いつまでも飲んでねーで仕事だ仕事!」

「うむ」

 怪人たちの中心で、センブがのっそりと立ち上がる。その様子をみて驚きの声をあげたのは、ハルだ。

「あ、あれ!? あの酒には毒が……」

「あいつには効きゃしねぇよ。こういう時の馬鹿のふりには持ってこいだ」

 ユグドが答えた、その時。ハルの手が動き、大鏡の鏡面がユグドを捉えた。

「──!」

 ユグドの直感が、警鐘を鳴らす。彼はとっさにハルの胸ぐらから手を離し、飛び退いた──それが、功を奏した。

 次の瞬間、ハルの大鏡から水流が迸り、それまでユグドが立っていた場所が激流に包まれたのだ。

「っぶねぇ!」

「くそ、外した……!」

 毒づきながら、ハルはひらりと跳躍。ユグドとセンブから距離を取った。ほぼ同時に、体制を整えたユグドに向かって怪人たちが押し寄せる。

 獣めいた鉤爪が襲いくる。辛うじて身をかわすユグドを睨みつけ、ハルは手にした鏡を両手で掲げ、祝詞を叫ぶ。

「オンアクキュウゾウ・マトウギソワカ!」

 直後、大鏡から無数の黒い蛇が生え出でる。それらは瞬く間にハルの全身に巻きつき、覆い尽くす。

 次の瞬間には、そこには漆黒の鎧を身に纏う怪人が佇んでいた。

「それがお前の正体か、ハル」

「うるさい。そっちこそ一体何者だ」

「何者もなにも、旅の者だよ。ちょっと腕っ節が強いだけさ」

 怪人たちと戦いながら、ユグドは三つの瞳でギョロリと笑う。黒鎧のハルは忌々しげにそれを睨みつけた。

「大人しくしてては……もらえないですよね」

「理由によっては聞かんでもないぜ?」

「青龍様を鎮めるための、生贄に」

「なるほど。却下だ」

 ぴしゃりとそう言いきって、ユグドは怪人の輪から飛び出す。陣形を組み直す怪人たちを獰猛な笑みと共に睨みつけ、ユグドは相棒に声を投げた。

「さて、と……目的もわかったところで、センブ! こっちもいくぜ!」

「うむ」

 センブが頷く(彼は怪人たちの鉤爪を涼しい顔で食らっていた)。そしてその白い巨体が身を沈めたかと思うと、次の瞬間、宙を舞っていた。

 その姿が白い光に包まれる。センブはそのまま、重力を無視してユグドの手元へと吸い寄せられていく。

「な、なんだ……!?」

 瞠目するハルの視線の先、それまで人の形をしていたセンブは、いつの間にか巨大な両手斧へとその姿を変えていた。

「へッ……いくぜ!」

 飛びきた斧をキャッチして、ユグドは両手斧を肩に担ぐ。

 ユグドは楽しそうですらある表情と共に、高らかに叫んだ。

「神・器・変・容!」

 その額で、第三の瞳が金色の光を放つ。

 直後、轟音が村を揺らした。

 純白の光の柱がユグドを中心に迸る。付近にいた怪人たちは、その爆発的な力の高まりによって吹き飛ばされた。

「な、なんだ!?」

 光が晴れる。そこには、全身に白黒の鎧を身に纏った戦士がたたずんでいた。その頭を覆う仮面にあしらわれた三つの瞳が、怪人たちを威嚇するように睨みつけた。

「俺の名はミツマナコ。神器の戦士、ミツマナコだ!」

(後編へ続く)

◆クレジット◆
『神器戦士ミツマナコ』
 原作・執筆:桃之字
 ヘッダ作成:桃之字
 タイトルロゴ作成:きょくなみイルカ さん

 タイトルロゴはきょくなみイルカさんの「ロゴガチャ」で作っていただきました。すごいかっこいい。ありがとうございます!

◆お知らせ1◆
本作はパルプ小説オンリー電子同人誌『無数の銃弾』に投稿した作品です(一部誤字があったのでそれだけ直しました)

◆お知らせ2◆
次号に収録のミツマナコ後編も近日公開予定です。よろしくな!


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