碧空戦士アマガサ 第1話「天気雨を止める者」 Part3(Re)
【これまでのあらすじ】
ハッタリと力技でアマガサを追い詰めた晴香たち。しかし、不意にアマガサの持っていた番傘が意思を持ったように暴れ出し、その隙を突いたアマガサがまんまと逃走してしまう。
その後、タキと乾が開発した捜索・追跡システムによって直近のアマガサ出現地点を突き止めた晴香たちは現場へと急行した。しかしそこに天気雨が降り始め、そして──黒い人型の怪人が、姿を現したのだった。
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それは、のっぺりとした黒い怪人だった。質感としては水に濡れた粘土に近いが、天気雨に打たれて広がる波紋は水面のそれだ。
目も鼻もないノッペラボウのようなその異形が、全部で6体。その中に、刀のような武器を持つ者がいるのを見て取り、晴香は自らの胸に──先日の大怪我の跡に手を当てた。
「化け物……?」
突然出現した異形に、サラリーマンたちは驚きの声をあげて逃げてゆく。
「よ、よくわかんないけど、とにかく避難誘導とか──」
シャンッ。
言いかけたタキの言葉を、澄んだ音が遮った。同時に、混乱し逃げ惑っていたサラリーマンたちがピタリと動きを止め──まるで、糸が切れた人形のように項垂れた。
シャンッ。
再び澄んだ音。晴香は音の出所を探して辺りを見回し──そしてそれを、見つけた。
「……なんだ、あいつ?」
広場の中央、黒い人型たちの中心に、烏帽子を被った狐面の男が立っていた。そいつは夜色の平安装束に身を包んでおり、右手に持った錫杖を地に突き立てている。
「え? どれっすか」
怪訝な顔の晴香を見て、タキもまた「なんか見るからにヤバそうっすね」などと緊張感のないことを言っている。
黒い人型たちは、烏帽子の狐男を守るように囲んでいる。怪人たちの司令塔かなにかのようであり──それを見て、晴香はひとつの可能性に思い当たった。
「……もしかしてあいつ、<アマガサ>か?」
「え、あー……まぁ、あり得ますね……」
タキも曖昧に同意する。超常事件の現場に必ずおり、天気雨が降ることを知っているかのように振舞い、そしてなにより人外(妖怪?)の力を行使できる者。仮面で顔は見えないが、背格好は近い。可能性は十分にある。
晴香の中で疑念が膨らむ中、烏帽子の男は錫杖を掲げると、再び地に突き立てた。
シャンッ──
同時に、サラリーマンたちが動き出した。彼らはゆっくりと振り返り……手近な者を、全力で殴りつける!
「なっ──」
ゴキッ──
ほぼ同時に広場に響いた打撃音は、晴香の声をかき消すほどの音だった。殴られた者たちは首が曲がり、明らかに無事ではない。殴った方も、拳が妙な方に曲がっている者もいる。
しかし──今度は先に殴られた方がヨタヨタと間合いを詰めると、相手を殴り返す。一部の者はそれを防ぎ、カウンターの一撃を見舞う。殴り合い、そして、蹴り合い。
「ちょっ……これって……!?」
シャンッ、シャンッ、シャンッ──
錫杖の音が早くなる。それはまるで戦太鼓のように人々の闘争を煽り、戦乱の波は瞬く間に広場中に拡大し──ものの数秒で、そこはすべての者が殺しあう戦場と化した。
「お、おいおいおいおい、こいつはまさか……」
「ケース02!?」
思い当たった晴香の言葉を、タキが叫んだ。
──ケース02<殴り合う町>。
それはとある住宅地で発生した超常事件だ。すべての人が殴り合いをはじめ、通報者も、目撃者も、そして最終的には止めに入った警官たちまでもがその戦いに参加したという、壮絶で凄惨な事件だ。
被害者は原型がなくなるまで殴打された者が多かったが、一部には刃物で身を裂かれた者もいたという──
「……まさか」
晴香が思い当たり、視線を巡らせたまさにその時。烏帽子の狐男を守るように立っていた黒い人型たちが、おもむろに動きだした。
そしてそれらは無造作に、手近なサラリーマンを刀で斬り裂いた。
夥しい量の血を流しながら、サラリーマンのひとりが倒れる。周囲で乱闘していた人々はそれを呆然と見つめ──次の瞬間には、闘争の矛先を黒い人型へと向け、殴り掛かる。
その光景を見て、晴香は瞠目した。
「あいつら……逃げる気はないのか!?」
明らかに正常ではない。人々は奇声をあげながら黒い人型に殴りかかり、次々に斬り裂かれ地に伏してゆく。他の怪人たちの周囲でも同様に殺戮が始まった。広場中に、人と人、そして人と人外の戦いが蔓延してゆく。
シャン、シャン、シャン──
烏帽子の男は、ただ淡々と錫杖をつきながら、その光景を見つめていた。
「や、ヤバいっすよこれ! マジで死人が……って姐さん、伏せて!」
「っ!?」
ガシャン!!!
頭を下げた晴香の頭上、車のガラスが叩き割られ、なにかが突っ込んできた。その背に窓ガラスの破片が降り注ぐ。
「ちっ……!?」
舌打ちとともに顔をあげる。サイドガラスを突き破ったのは、暴徒の頭であった。左目が潰れ、額から夥しい血を流している。
「ンどぁぁぁ!?」
タキの悲鳴に振り返ると、そちらも割れたガラスから伸びる暴徒の手を振り払っていた。晴香は突っ込んできた暴徒の胸を押して弾き出すと、後部座席へと避難した。
「ゾンビ映画苦手なんすよ俺ぇ……」
遅れてタキも転がり込んできて、身を隠すように体制を下げながら泣き言を言う。そして、ふと思いついたように呟いた。
「……俺らも噛まれたりしたらああなるんすかね?」
その言葉を聞いて、晴香の脳裏に疑問がよぎる。
「むしろ、なんで私らは正気なんだ……?」
「え? そりゃあ……」
言いかけて、タキはそのままフリーズする。目があちこちに泳いで、最終的にその視線は晴香を捉えた。
「……雨を浴びてないから、とか?」
「そんなバイオテロみたいな──……ん?」
言いかけて、晴香はふと言葉を止めた。
「……泣き声?」
「え?」
錫杖の音と暴徒たちの怒声が響く中、晴香は耳を澄ませ──そして、その声を見出す。
──助けて! こないで!
その声は、子供の泣き声だった。
「……っ!」
晴香は即座に音の出所へと視線を巡らせる。そこは暴徒たちが群がる軒下で、"正気"の人間が抵抗しているようだった。そして──刀を手に、そちらへ向かってゆっくりと歩いていく黒い人型を、晴香は見た。
「──やめろッ!」
気づけば、晴香は車から飛び出していた。
「あっ! 姐さん!?」
タキの声を置き去りに、晴香は疾走する。立ちはだかる暴徒のひとりを殴りつけ、掴みかかってきた暴徒を投げ飛ばし、黒い人型に向かって手を伸ばし──
シャンッ。
その時、錫杖の音が響いて。
「ッ……!?」
晴香の身体は、手を伸ばした体勢のまま動かなくなった。身体から力が抜けてゆく。糸の切れた人形のように項垂れる晴香に気付いた黒い人型が、ゆっくりと振り返った。
──ズグン。
「……ッ……アッ……!?」
晴香は顔をしかめて呻いた。ズグン、ズグンと重い鼓動に合わせて、視界が赤く染まっていく。頭の中を無数の虫が這い回るような不快感が晴香を苛む。そして、なにかが砕ける音、人々の悲鳴、怒号、銃声、肉が潰れる音など……ありとあらゆる異常で不快な音が、彼女の聴覚を支配する。
シャン、シャン、シャン、シャン──
嫌に澄んだ錫杖の音が、その不快感を増長させてゆく。様々な負のエネルギーが晴香の精神に洪水のように押し寄せ、すり潰し、追い詰めてゆく。
苦しみ出した晴香に対し、黒い人型は刀を振り上げ──
「晴香姐さんの暴力ゴーリラー!」
「──っんだとこらタキィ!」
不意に聞こえたタキの声に、晴香は反射的に怒鳴った。同時に身体に力が戻る。
「……っ!」
正気に返った彼女は、振り下ろされた刀を紙一重で側転回避した。そのまま急ぎ軒下に転がり込む。すると──不快な感覚が消え去った。
「マジでこの雨が原因か……うおっ!?」
呟いた晴香の鼻先に、怪人の追撃が襲いかかる。半身をずらしてそれを回避すると、晴香は怪人にカウンターの一撃を叩き込む!
「ぉらァッ!」
その拳が狙い違わず相手の顎へと吸い込まれ──
ぱしゃん。
「は?」
それはまるで、水の塊を殴ったような手応えであった。怪人の顔が爆ぜ、そしてすぐに元に戻る。そのノッペラボウのような顔が──笑った気がした。
「ッ──!」
咄嗟に身を捩った晴香の肩を、振り上げられた刀が斬り裂いた。衝撃で晴香は後ろ向きに──軒下へと倒れこむ。
──追撃が来る!
晴香は痛む右肩を強いて、地面を転がり──眉を顰めた。
「………………あれ?」
来るはずの追撃がこない。見ると、怪人は晴香に刀をむけつつも、そこから踏み込んではきていなかった。
「なんだ?」
怪訝な顔をした晴香に、怪人は構えていた刀を引き──そばにいる他の暴徒へと顔を移す。
「っ……やべぇ!」
声をあげ、晴香は正気の人々を取り囲む暴徒たちの方へと駆け出した。
──さっきのこいつの動き……もしかして。
晴香は思案しながら、黒い人型が斬ろうとした暴徒の首根を掴み、軒下へと引っ張り込んだ。後頭部を打ち付けられ、暴徒が昏倒する。すると怪人はどこか口惜しそうに、他の暴徒へと標的を変えた。
「やっぱし……こいつ、軒下に入れないのか」
呟く晴香は、本来の目的である救出対象の元に到着した。
軒下で、ひとりの女が小さな女の子を守るように抱きかかえている。そして二人を守るように、父親と思しき男が、暴徒たちに向かって旅行鞄を振り回していた。
「ッオラぁっ!」
晴香は、父親にしつこく縋る暴徒の胸ぐらを掴み、顔面に拳を叩き込んだ。そして別から襲いきた暴徒の腹に蹴りを見舞う。白目を剥いた二人の暴徒を、晴香は念のため軒下に投げ込んだ。
「あっ……ありがとうございます!」
父親は、満身創痍の様子で晴香に礼を言った。彼も、そして軒下で抱き合って震える母娘も、スーツではない。旅行者然とした服装である。
「観光客か?」
「は、はい……!」
黒い人型がこちらへと向かってくる。晴香は足元に転がっていた三角コーンを拾い上げながら、旅行者へと声を投げた。
「おい、とりあえず軒下通って、建物の中に逃げろ」
「え、し、しかし──」
「いいから早く! 絶対に雨に掛かるなよ!」
「は、はいぃ!」
親子は一礼し、逃げ出した。黒い人型が親子に顔を向け、そちらへと足を向け──晴香はそこに三角コーンを投げつけた。
パシャン。
水音と共に、黒い人型の胴に大穴が空く。すぐさまそれは元に戻り──黒い人型は煩わしそうに、晴香へと顔を向けた。
同時に晴香の背後から、呻き声。
「ゥウゥウゥ……」
「アァァアァ……」
「……やべぇ、囲まれた」
気付けば10人ほどの暴徒が、晴香のいる軒下を囲んでいた。中にはどこから持ってきたのやら、鉄パイプや角材、バットを持った者たちもいる。
シャン、シャンと錫杖の音は響き続ける。腕が折れている者や、首が曲がっている者、頭が陥没している者──互いに殴り合いをしていたはずの彼らは、今や明確に晴香をターゲットとして、その濁った瞳を向けていた。
そしてその後ろから近づいてくる、黒い人型──
「……まるで本当にゾンビ映画だな」
呟き、晴香は構え──その時。
「うおおい!? ちょっ……やめろ!」
タキの悲鳴が広場に響いた。ハッとした晴香が視線を遣ると、車に群がった暴徒たちがタキを引きずり出そうとしている。
「タキ!」
──そうして生まれた隙は、致命的であった。
注意がそれた晴香の頭を、暴徒の角材が打ち据えた。
「がッ……!?」
ぐらついた晴香の胸ぐらを他の暴徒が掴み、頭突きを叩き込む。隣から伸びた暴徒の手が、晴香を殴り飛ばす。次々に襲いくる拳や蹴りを受け、晴香は声すら上げられず打ちのめされ──
「ちっ……くしょ……」
防御も受身も取れぬまま、彼女はとうとう、雨の中へと倒れ伏した。
黒い人型が、そんな晴香へと歩み寄る。
シャンッ──
再び響く錫杖の音。晴香の視界が再び赤く染まった。
ズクン、ズグン。身体の力が抜け、脳裏にあの不快な"音"が響きはじめる。精神が苛まれ、追い込まれ、正気が失われてゆく。
「ぅあっ……!?」
動けない晴香に向かい、黒い人型が刀を振り上げた。陽の光を反射して銀色に輝く刃が、晴香に向かって突き立てられ──
その時、銃声が響いた。
遅れて黒い人型の身体が爆ぜて、吹き飛ぶ。
「大丈夫。止まない雨はないよ」
そんな声と共に、錫杖の音が──消えた。視界が正常に戻り、ドサドサドサと周囲の人々が倒れ臥す音が聞こえてくる。
「っ……なん……だ?」
呻きながら、晴香は顔を上げ──そこにひとりの男が立っていた。
陽の光を浴びて天気雨がキラキラと輝く中、晴香に向かって番傘をさし掛ける、白いレインコートの男。
「っ……<アマガサ>!?」
身体の痛みなど忘れて飛び起きた晴香の言葉に、そいつは首を傾げた。
「ん? 違うよ。こいつの名前は、カラカサ」
緊張感のない声で、アマガサは左手の番傘を指さす。晴香がそれを見上げたとき、傘の内側にぎょろりと目玉が開いた。
『なんでこの女がここにいるんだ』
「うわ、キモい」
『なんだとー!?』
思わず飛び出た晴香の言葉にキーキーと騒ぐ番傘を、アマガサは「まぁまぁ」などと宥めている。晴香はそれには取り合わず、辺りを見回した。
周囲の暴徒たちは皆倒れ伏し、黒い人型たちは突如現れたアマガサを警戒するように刀を構えている。そして、広場の中央には、烏帽子の狐男が変わらず佇んでいた。
「……あいつは、別人だったのか」
晴香は呟き──ふと、空を見上げた。
「天気雨が……弾かれてる?」
「すごいでしょ、結界。これもカラカサの力だよ」
自慢げに言うアマガサの周囲では、巨大な傘をさすが如く、雨が空中で弾けて消えていた。
烏帽子の狐男は錫杖を突いたまま、顔だけをアマガサに向けている。先ほどまでの無造作な雰囲気とはまた違う、警戒の色を見せる狐男を見て、晴香は眉を顰めた。
──超常事件の犯人とアマガサは、仲間かと思っていたが……違うのか?
思案しながら、晴香は警戒心丸出しでアマガサを睨む。彼はそれを涼しい顔で受け止め──微笑んだ。
「来るのが遅れてごめんなさい。でも、もう大丈夫」
今度のそれは、作り笑顔ではなかった。
刀を構えてにじり寄ってくる黒い人型たちを見回しながら、アマガサは言葉を続ける。
「ここからは、傘の役目だ」
「傘……?」
晴香の言葉に頷き、アマガサは柔らかく微笑むと、手にした番傘を畳んだ。
「任せて。この雨は、俺が止める──いくよ、カラカサ」
『任せろぃ!』
呼びかけに応じた相棒を天に掲げ、アマガサは高らかに叫んだ。
「変身!」
番傘の先から白い光が撃ち出され、アマガサの身体へと降り注いでいく。晴香の視界を包む白い光は天気雨に乱反射して虹となり、その身体に収束していく──
「なんだ……!?」
晴香の問いに答えるように、その光が収まった。そこに佇むのは──白銀の鎧に身を包んだ、ひとりの戦士。
白い鎧に、煉瓦色の胸当て。雨合羽の如き白いマントが翻る。天に掲げた真紅の傘銃──西洋のランスにも似たそれをゆっくりと引き下ろすと、彼は凛と言い放った。
「俺は傘。全ての雨を止める……番傘だ」
(つづく)
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(作者註)
本記事は、noteで連載中の小説「碧空戦士アマガサ」を加筆・修正し、再投稿したものです。初版と比べて言い回しが変わったり、2,3記事が1つに合体したりしています。特にこの記事からはかなり言い回しやアクションが変わっています。再放送の詳細はこちらの記事をご覧ください。
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