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経営に法務をどう活かすか?(書評:ブラッド・スミスほか『ツール・アンド・ウェポン 誰がテクノロジーの暴走を止めるのか』)

経営層、経営企画や新規事業開発、法務におすすめ

本書はマイクロソフトのインハウス弁護士として法務最高責任者を長く務めたのち、現在プレジデントを務めるブラッド・スミスと、広報シニアディレクターのキャロル・アン・ブラウンの共著であるが、実質的にはスミスの単著と言ってよいだろう。

本書の魅力を一言で言えば、経営戦略において法務あるいは法的視点をどのように活用できるか、その優れた試みとその背景にある思考が示されていることである。

経営戦略に関わる経営層、経営企画や新規事業開発、法務に関わる方々におすすめしたい。


クラウド、セキュリティー、プライバシーにおけるエンジニアと法務の協働

本書は、大きくクラウド、セキュリティー、プライバシーという3つの観点から、テクノロジー企業が担う民主主義や安全保障における役割について書いている。

この3つの観点はどれが抜けても、他に加えてもだめという観点で、スミスがこの3つの観点を本書の支柱に据えていることのみで、スミスの時代の見立てのたしかさと、本書が良著であることを予感させるのに十分とも言える(スミスの立場では色々書きたくなるため、より一層そう思う)。

マイクロソフトは米国企業であるが、国際的な大企業という立場ゆえ、米国と、それ以外に挟まれて悩ましい立場が生々しく書かれている。

例えば、GDPR対応において、エンジニアと法務が設計プランからスケジュール、リソース配分までを精査・決定していく過程の描写は本書の一つのハイライトだ。

特に、著者は、現マイクロソフトCEOのサティア・ナディラを頂点とするエンジニア集団だけではプライバシー保護アーキテクチャが統一できなかったが、法務がコントロールタワーになり統一を実現したと胸を張る。

このあたり、2018年、2019年と経済産業省で開催された「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」報告書(いわゆる「令和報告書」)の方向性とも軌を一にする内容のように感じられる。

個人的には、上記経産省の研究会開催中に翻訳が出版され、長年企業法務のバイブルとされてきた、ベン・ハイネマン『企業法務革命―ジェネラル・カウンセルの挑戦―』の内容がどうしても古く感じてしまっていたゆえ(とはいえ、もちろん古びていない部分も多い)、企業法務の現在進行系を知りたいのであれば、むしろ本書を読むべし、と伝えたい。

もちろん、企業内法務のすべてが本書のようであるわけでもないし、あるべきでもない。ただ、本書には法的なパースペクティブを活用した極めて洗練された現代的な事業戦略と、健全かつ持続可能な企業経営の本質が詰まっている。

これまで、わたしは現代的な戦略法務の感覚をつかむための好書としてエリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ『How Google Works 私たちの働き方のマネジメント』をおすすめしてきた。

『How Google Works』には法務に関する記載は多くはないが、印象的なGoogle法務の「カウボーイルール」、事業の企画段階という初期から法務が関わっていく在り方はわたしの働き方に大きな影響を与えた。

ブラッド・スミスによる本書は、この『How Google Works』よりも包括的で、深く、そして事業・経営と法務の視点を横断したものとして、『How Google Works』の延長線に位置づけられる。


マイクロソフトが反トラスト法訴訟に払ってきた代償(と思わぬ果実)

本書のなかで何度か強調されていることだが、マイクロソフトやスミスが本書で展開されているような企業経営のスタイル・スタンスに移行してきた背景には、マイクロソフトが1990年代に反トラスト法訴訟に見舞われ、高い代償を払ってきた経験が強く影響しているという(プライバシーの問題で矢面に立たされたFacebookに対するスミスの温情的な目線が興味深い)。

戦略法務というと、「攻めの法務」といったミスリーディングな言葉が前面に出てしまうことが多いが、本書には、ディスラプティブ(破壊的)ではない、健全かつ持続可能な企業経営をいかに法的な感覚、経験、技術、知識等が寄与できるか、法務が支援できるか、という試みが記録されている。

マイクロソフトと言えば、独占の象徴のように扱われた時代はすでに去り、現在テクノロジー企業のなかでも最も積極的なオープンソース・コミュニティへの投資をしていることはもはや周知の事実である。本書では、このようなOSSに対する積極的な投資も健全かつ持続可能な企業経営の一環として説明されている。

短期的な増収や増益よりも、地に足をしっかり着けて、基本的人権を含む根本的な価値観を優先させる。変化が激しく価値観の拠り所のない時代に、法律家としての「法の支配」の精神や普遍的な人権感覚が経営上の武器になることを本書は教えてくれる。


追記:
マイクロソフトと同様に、Googleが2020年になって反トラスト法に不可避的な対応を迫られることになっていることにも注目したい。



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