雇用と最低賃金引き上げの影響。働き方について考えてみる

2019年10月1日に消費税率の引き上げが実施され、消費税率の引き上げと同時に軽減税率も導入される。軽減税率について、経済学的に考えれば資源配分の歪みを生じさせ、企業や消費者の行動を変化させることもあると考えられる。軽減税率ではないが、たとえば酒税法におけるビールの定義が、企業が本来のビールの味を追求することではなく、「発泡酒」や「第3のビール」を開発することに技術を投資したことは、資源配分の歪みの事例であるだろう(私たちにとって安価にビールを楽しめることは良いのかもしれないが。私はお酒をまったく飲みませんが...)。また、私たちにとって、何が軽減税率にあたるのかの判断は容易ではないかもしれない。たとえば、「みりん」と「みりん風調味料」の違いは何だろうか。軽減税率の導入は課題もあるだろうが、その課題を乗り越えていくことも大切なのだろう。

このような消費税率の引き上げも話題となっているが、今後の景気動向も注目される。消費税率の引き上げによる消費の低迷や駆け込み需要の反動減なども考えられる(今回の消費税率の引き上げでは駆け込み需要はあまり見られないという反応もあるようだ)。

また、私たちの日常生活にとって、働くということも大切である。2019年10月1日に総務省から公表された「労働力調査」では、2019年8月の完全失業率は2.2%と非常に低い水準となっており、完全雇用に近い状況にあるという見方になっている。

さらに、最低賃金の改定額も2019年10月1日から順次発効される。

2019年1月に内閣府政策統括官から公表された「日本経済2018-2019」では、緩やかな景気回復を続ける日本経済の現状とリスクの分析等が実施されている。第2章第3節ではDSGEモデルを用いた消費税率引上げによる消費と価格のシミュレーションも行われている。キャッシュレス化の推進やポイント還元支援などにより、消費税率引き上げによる影響を緩和することも期待される。

当文中では、雇用と最低賃金引き上げの影響、働き方などについての今後を、検討してみることとしたい。

1. 地域別最低賃金の改定について

2019年7月31日、厚生労働省の中央最低賃金審議会の小委員会において、2019年度の全国の最低賃金の目安を27円引き上げて時給901円にする方針が決定された。これにより、東京都と神奈川県では初めて1000円を超えることになった。

地域別の最低賃金を都道府県別に塗り分けた統計地図(コロプレス図)が下図である。

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最低賃金については、貧困対策の観点から、この最低賃金を引き上げようという意見もある。一方、最低賃金の引き上げは労働から資本への代替を招く代替効果や事業規模の縮小を招く規模効果を通じて雇用を減少させてしまうのではないかとの懸念も根強い。

続いて、最低賃金が雇用に与える影響について確認してみることとしたい。

2. 最低賃金が雇用に与える影響

 2.1 米国のケース

1994年に公表されたデービッド・カードとアラン・クルーガーの論文は、ニュージャージー州とペンシルバニア州のファーストフード店で自然実験を行い、最低賃金の増加は必ずしも雇用を減少させるとは言えないとしている。一方で、この論文に対しては批判もある(Neumark and Wascher 2000)。

 2.2 日本のケース

川口・森(2009)では、2002年において家計所得300万円未満の低所得家計の世帯主は最低賃金労働者全体の約15%程度に留まっているのに対して、最低賃金労働者の約半数は世帯所得500万円以上の中・高所得家計の非世帯主であることが示されている。また、最低賃金労働者の半分以上は中年女性労働者であることが分かっている。同論文では、最低賃金の上昇は10代男性労働者と中年既婚女性の雇用を減少させるとしている。したがって、貧困削減や格差是正を求めるのであれば、勤労所得税額控除(EITC)などの世帯単位の所得をターゲットにした方が望ましいとしている。

3. 賃金上昇の可能性は

尾崎・玄田(2019)では、労働供給の拡大が収束し非正規雇用の労働市場がルイスの転換点を迎えれば、賃金が今後急速に上昇するとしている。そして賃金上昇の可能性は、女性について大きいとしている。

4. 私たちの働き方について考えてみる

これまで最低賃金が雇用へ与える影響などを確認してきたが、賃金については企業の業績等も影響すると考えられる。そして企業の業績は、私たちの働き方も関係している。ここでは、働き方などについて考えてみることとしたい。

データの世紀が叫ばれて久しい。現代の石油とも呼ばれるデータをどのように活用するのか。たとえば、筑波大学ではデータサイエンスを必修科目とすることが決定している。大学生なのだから、今後に必要とされる可能性がある勉強をすることは当然だと考える人もいるだろう。しかし、統計学などのデータリテラシーはビジネスパーソンにとっても重要だと言われている。経験と勘だけでなく、データやエビデンスに基づいた意思決定も普及させること。理論と実務を融合させるためには、学生だけでなく、私たちも謙虚に、常に新しいことを学び続ける姿勢が大切だろう。

たとえば、私たちの働き方を定義していくことも重要だろう。コミュニケーションは対面と電話だけでなく、メール、Slack等への変化もある。たばこ部屋や飲みニケーションがトランザクティブメモリーとして機能していたと言われる時代もある。コミュニケーションひとつをとっても、私たちは新しい働き方を定義することも大切である。

働き方改革では長時間労働の改善が課題として挙げられることが多い。長時間労働の改善では、制度だけでなく「仕掛け」が必要とされる。長時間労働の弊害は長期的に現れる。短期的には、時間の欠乏が集中力を高める「集中ボーナス」として現れることもある。中長期的には、時間の欠乏が視野の狭さとなってしまう。労働者のウェルビーイングと企業パフォーマンスの向上には、経済学的思考による労働環境の改善等も方法として考えられるだろう。

働き方については、ハンナ・アーレントの労働、仕事、活動の分類における苦役としての労働からの解放も重要だろう。テクノロジーを使いこなす者は、遊ぶように働く時代が到来する可能性もある。

5. まとめ

消費税率の引上げは私たちの生活に大いに影響を与えると考えられる。また、10月1日からは最低賃金の改定額も順次発効される。

賃金の伸び悩みなども言われるが、働き方をちょっと工夫したり、新しいことにトライして、変化を起こしていく人や企業が増えていくことに期待したい。


【参考文献】
西山由美(2011)「EU付加価値税の現状と課題ーマーリーズ・レビューを踏まえてー」『フィナンシャル・レビュー』2011年1月、財務省財務総合政策研究所
川口大司(2017)『労働経済学 理論と実証をつなぐ』
川口大司、森悠子(2009)「最低賃金労働者の属性と最低賃金引き上げの雇用への影響」『日本労働研究雑誌』2009年12月号
尾崎達哉、玄田有史(2019)「賃金上昇が抑制されるメカニズム」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.19-J-6
「筑波大、「データサイエンス」必修化 全国で初」『日本経済新聞』電子版2019年9月27日
「教員の長時間労働、減らすにはチームで“残業時間の上限“を設定してみよう」『朝日新聞デジタル&M』2019年7月19日

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