【エッセイ】従業員の心得
近所の生協に無人レジが導入された。
既に半年前から設置されているヤオコーでは、ちょっとでももたもたしようもんなら「商品をスキャンしてください」と繰り返し急かされるイライラはあるものの、無機質な機械音に素直に従い操作に慣れさせられた客にいまやとまどいは無い。
技術革新に伴い、今後はレジ打ちという職業も淘汰され見かけなくなっていくことだろう。
昔のタイピストのように。
電話交換手のように。
都心ではさらなる進化を遂げているのかもしれないが。
とある県境に位置する高級スーパーでは未だ店員によるレジ打ち一択だ。
駅ビルの一角をしめる、ずらりと輸入品の並んだいかにもな高級食料品店。
『O ISHI□』というキャッチフレーズを自ら冠するだけあって豪華な品揃えと世の評判にたがわず商品の味も品質も申し分ない。
ただし、普段使いにするには残念なことにこちらの懐がちと厳しいのが偽らざる現状だ。
なので会社帰りに足繁く通い出物を狙う。
出物。
そう。
夕方の割引シールの貼られた逸品だ。
地方の辺境にあるせいか都心ではめったなことではお目にかかれないような一級品に遭遇する事ができる。
『5%』などと、いかにもとってつけたような印ではない。
『30%』『半額』の大御所が。
日によってはところせましと鎮座ましましているのだ。
前世で徳を積んだのか日頃の行いが功を奏したのかきまぐれな神のおぼしめしか店を訪れる少し前に新たな値札が重ね貼りされていく。今まさにやっています、という場面に出くわすことだって少なくない。
まれなる僥倖に恵まれたらすばやく顔前で十字を切り感謝の祈りを捧げ、すぐさま臨戦態勢に突入だ。
カゴの持ち手を掴む。値下げ作業中の店員の川下に陣取る。
貼られたばかりのほやほやの商品を刮目凝視し、品物を棚に戻した好機を逃さず瞬時に獲物を中へ。
量が多くなることも想定しうまく収まるよう配置にも工夫が必要だ。
浮かれて間違って苦手な食品を手にしないよう老眼の目を眇めこまかい文字に注視する。
思慮深い観察に加え自制心と克己心が何より肝要といえよう。
ポテサラ好きがうっかり取った『いぶりがっこ入りポテトサラダ』。漬物嫌いの自分には要注意アイテムだ。あらかじめ陳列台を記憶し避けるべく準備しておこう。
そうしてかご一杯に戦利品を詰め込む。ここまでくれば一時休戦だ。
雑穀売り場などひとけの無い場所に撤退しカゴの中身を再確認する。
漬物関連はない。
値引きされていないような甘ちゃんは一つも入っていない。
よし。
意気揚々と凱旋すべくレジに並ぶ。
ミニマリスト、もといミキリニストとしてSDGsの責務を全うしたのだ。
万感の想いを胸に店員がスキャンした商品を自らエコバックに押し込む。
クレカでスマートに会計を済ます。
「"いつも"ありがとうございます!」
有能なスタッフはお客様の外見と特性を一致させ親しみを込めて接してくれる。
いつ何時も。
どんな客に対しても。
私は一瞬にして赤らんだ顔を背けると奪うように荷物をつかみ脱兎のごとく店を後にした。
高級スーパーお客様係殿
・『言わぬが花』の周知徹底と実践。
・無人レジの導入。
ご検討のほどどうぞよろしくお願いいたします。