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#14 オーディション

さて、沖田が死んだなんて冗談はさておき

台本は、書き直しつつ、撮影の準備はしていかなくてはいけない。ここから、主に、キャスティングとスタッフィングをしていくことになる。誰が出て、誰と映画を作るのか。まず、何はなくとも主役である。主人公の美波は、オーディションという形をとった。いろいろな可能性の中から、美波を選びたかった。来てくれる女優さんと直接、話をして、それで決めることができるなら、それが一番だと思ったのだ。
ただこちらも、のべつまくなしに集めるのではない。出演した作品を見て、興味を持ち、きちんと話を聞きたいと思った人たちに、ひとりひとり声をかけていく。たった数分、数時間だけで、彼女たちの一体何をわかるというのか。わかるはずもない。だが、私には、その数分が重要だった。私はすっかりアラフォーのおっさんだ。世代の違う俳優と一緒に何か作品に向かっていくなら、その人と会って話をしてから、決めたかった。

オーディションなので、落ちることもある。いや、落ちるほうが確率としては多い。私は今までに、どれだけの恨みを買ってきたのだろうか。オーディションに落ちた人たちの怨念で、晩年はもがき苦しむかもしれない。できれば許してほしい。この場を借りて、お願いする。

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さて、オーディションは、塔の上の広い一室で行われた。窓ガラスごしに見える高い空。そこには大きめのソファーがあり、そこに、頼りなさそうに、若い女優たちが、ちょこんと持て余すように座った。誰もが、個人的な話をした。水泳のことや、アニメのこと。そして極めて個人的な家族のことなど。聞かれたくないこともあったかもしれない。ただ、私は聞かないわけにはいかなかった。いろいろな角度から、その人の演じる美波を想像しなくてはいけなかった。およそ10数人に会ったろうか、みな、誰もが、それぞれに輝きを放つ女優であった。映画に出たいのだ。出たいに決まっている。彼女たちは、お芝居が好きなのだ。私は一人に決めることを申し訳なく思った。そして来てくれたことに感謝をした。ある日、耐えきれなくなった私は、近くのコンビニで買った、チョコ菓子を彼女たちに渡した。せめてと思った。来てくれてありがとう、こんなおじさんに、自分の話をしてくれてありがとう。彼女たちと話が終われば、私はただの袖を擦り合わせたよく知らないおじさんと化すのだから。そして、その候補の中に、上白石萌歌さんがいた。まだ19歳だった。随分前にテレビのCMで見た時に、可愛らしかったのを覚えていた。最初に会った際に、他愛のない話をした。好きな蕎麦の話とか。それで決めれればよかったのだが、優柔不断な私は、そのあとも彼女を呼び、芝居をしてもらった。ちなみにキャスティングは、基本的には、監督とプロデューサーとの協議の上でだいたいが決まっている。どちらかの一方的な意見ではない。と思うが、まあ、違うこともあるかもしれない。今ひとつ、決められない私のもとへ、ある日、手紙が届く。それは上白石萌歌さんからであった。
「明日、豊洲で待ってます」
たった一言、そう書いてあった。私は、なんのことのかさっぱりわからなかった。

翌日、私とプロデューサーであるT氏は、豊洲へ向かった。ららぽーとを散策し、そして、波止場から海を眺めていた。その時だった。海の向こうから、一直線にこっちに向かって泳いでくる女がいる。あれは・・・
上白石さんだ。まぎれもなく彼女だった。上白石さんが、豊洲の海を、力強いバタフライで、私たちに向かって泳いでくる。私とT氏は、気がつけば、涙を浮かべ、彼女の姿を目に焼き付けていた。

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「私、美波になります」
彼女の泳ぎがそう物語っていた。
彼女を見つめたまま、私は呟いた。
「彼女に決まりでいいですか?」
T氏の震えたような声がする。
「他に誰がいる」
T氏が泣いていた。海風のせいかもしれない。
こうして、主役は決まった。
豊洲の海を、いつまでも美波が泳いでいた。

つづく。


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