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#12 閻魔

閻魔が、まさか「横道世之介」を観ていたとは思わなかった。
映画が好きらしく、「テネット」も、2回観たという。IMAXレーザーがおすすめらしい。閻魔は、そういうと、私に天国か地獄か、どちらかを選んでいいと言った。普通は、閻魔の独断と偏見で決めるらしいのだが、たまたま「横道世之介」を観ていたらしく、好きに選んでいいと、情をかけてもらう形となった。いい閻魔だった。去り際に、「滝を見にいく」もいいよね。と閻魔は言った。武蔵野館でおばさんに囲まれて観たという。閻魔め。よほどのマニアらしい。全国のミニシアターを応援しているらしく、ミニシアターエイドのTシャツ着てた。

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数時間前、私は死後の世界で、目を覚ました。死んだらおどろいた。死後の世界は、簡単に言えば、新幹線で見える、静岡あたりで通り過ぎる田舎の風景だ。だだっ広い川が流れ、砂利が広がり、そして大きな橋がかかる。私は、持参していた水筒で、その水を汲みながら歩いているのである。川面に映る自分の顔が、あまりにも骸骨で、ちょっとひいた。出版社での打ち合わせの帰り道、母校に寄ったことまでは覚えている。あのフレッシュな変面も。そして子犬。子犬だ。あの子犬め。犬畜生!、あの犬畜生!。私は誰もいない荒野で、一人叫んだ。
はねられた際、ポケットに入っていた携帯がまだ生きていた。電源を入れると「sigo free」というWifiが入ったが、パスワードがわからなかった。死んだ時、背負っていたリュック。中に入っていたのは、13インチのりんごマークのノートパソコン。あとは、ふじきさんが書いた脚本をプリントしたもの。原作漫画上下巻。コーヒー豆柄の手ぬぐい、黄ばんだ色した方眼のリングノート、書いても消せる不思議な三色ボールペン、Bluetoothのイヤホン、そんなところか。不思議と腹は減らなかった。たぶん臓器がなかったからだと思う。

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しばらく歩くと、駅のような複合施設があった。そこにはたくさんの骸骨が並んでいて、閻魔との面談を控えているようだった。私もその列に並んだ。最後尾で、1時間待ちの看板を持ったテーマパークの格好をした人が、拡声器で叫んでいた。みんな並んでいる自分を自撮りしていた。
私は、死んでしまったが、慣れとは怖いものだ。余った時間で、シナリオをもう一度読み直していたのである。差し迫っているのは、キャスティングか。主役の美波はいったい誰がやるのか。そんなことを考えながら、列を待っていたが、そのゆっくりとした時間の中で、次第に私は、自分が死んだという現実を受け入れつつあった。そうか。私は死んだのだ。もう少し映画を撮りたかった。まだ40代だった。キネ旬ベスト10には入れなかった。映画はもう終わりだろうか。いや、諦めるな。私は思った。携帯で映画は撮れるって、誰か言ってた。そうだ。時代はオンライン。死後の世界もどうやら、Wifiはあるらしい。そうだ、ここで、携帯で、映画を撮ればいい。幸い私の手元には、すでに書かれた脚本があった。これは、神が私に授けた試練だ。そうだ、私はここで映画を撮るのだ。この死後の世界で、「子供はわかってあげない」を撮ろう。そんな覚悟で、とうとう閻魔との時間が、私に回ってきたのだ。

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「で、天国と地獄、どっちがいい?」
閻魔が訪ねた。私は迷わずにたずねる。
「ぶっちゃけ、ロケ地としては、どっちがいいですか?」
「え、なんで?」
「いや、映画を撮ろうと思いまして」
「え、こっちで撮るの?」
「はい」
「ああ・・・まあ、たしかにそういう人もいるよ」
「そうなんですか?」
「うん、自主映画のコンペもあるし」
死後の世界にも、そういうのがあるらしい。そして、閻魔は実際、映画を撮るなら、天国か地獄か、どっちが撮りやすいかを、一緒に考えてくれたのだ。
「うーん、天国は、結構、人がいないし、広い感じ、エキストラは呼びにくいかも。あと基本白いから、ホワイトとかはとりやすいかもね、でも、面白いのは、地獄と思うよ」
「そうですか、地獄って、暑いすか?」
「いや、あれ、イメージだから、そんな暑くないよ」
それで、私の心は決まった。
「じゃあ、地獄で」
「うん、映画撮るんだったら、たぶん、地獄のほうが、いいと思うよ」
閻魔が応援してくれた。
そして、こっそり、閻魔がくれたのは、外付けのHDD(3T)だった。すでにフォーマット済みらしい。
「これ、使ってないやつだから、よかったら、好きに使って」
閻魔があまりにも、親切なので、私は、驚いた。せっかくなので、パソコンのAC電源問題も相談してみたら、四角くて白いの、余ってるから、送ってくれるらしい。
そして閻魔は最後にいった。
「実は俺も昔、自主映画撮ってたんだよね」
私はもう深く聞かなかった。
「じゃあ、がんばって」
「はい、映画できたら、観てくださいね」
閻魔が小さく笑った。そして、なんか、木槌みたいのを叩いた。


「地獄決定」


低く、うなるような声で、閻魔が言った。

そして私は、地獄への扉を開いた。


つづく

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