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#21【家日記/フリー脚本(30分・演者5人)】


【あらすじ】
少年は沢山食べて身体が大きくなる。少女は将来を夢見て傷ついて成長する。
お父さんだって、昔は嫌いな物があった。お母さんにも泣きたくなるほどしんどい時がある。
いつも一緒にいる存在は、もしかしたら自分よりも自分のことをよく理解してくれているのかもしれません。ここはとある町の''家''の中。
呑気で、素直で、愛らしい''家''を中心に辿るハートフルな物語。
【登場人物】
妖精:”家”の妖精的な存在。気まぐれで自由人(舞台上はふらふら動き回る)。憎めない性格をしているが嫌味が的確だったり、ふわふわして掴めない性格。歴史に詳しい。スポーツに憧れがある。
弟:小学5年生。京太郎くん。ピーマンが嫌い。わんぱく。
姉:高校3年生。由紀子ちゃん。学校には通っておらず、家に引きこもっている。
母:年齢は40歳。パートで働きながら家事をする。怒ると怖い。
父:42歳。企業に勤めるサラリーマン。家を買ったのは25歳の時。

【場面1】
♪鳥のさえずり。朝の予感。
机が舞台の中央に一つ。その机を取り囲むように三つ椅子が置いてある。
基本的に「家の妖精」は真ん中、客席に顔を向ける形で席に座る。
ストーリーは常にリビングで進行する。朝から、夜までの流れ。
リビングの中央にはテーブルと、椅子が4つ。その1つに、
「家(の妖精的な存在)」が座って、トランプタワーを作って遊んでる。
フライパンを叩く音。

母はフライパンとおたまを片手に一つずつ持ち、上手より登場。
下手に向かって怒声をあげる。

母:はーやーくー!起きろ!!!

すぐさま母は上手より退場。
少し間があって、下手より弟が入場。

京太郎:ふぁあ。
妖精:おはよう。
京太:おはよう。
妖精:今お母さんが朝食を準備してる。
今日は京太郎の嫌いなピーマンと野菜の炒め物だって。
京太郎:えぇ。やだなぁ。
妖精:好き嫌いは駄目、ってまた怒られるよ。
京太郎:だって、美味しくないのに食べる意味がわからないよ。
妖精:バランスよく食事を摂らなきゃ。僕にはよく理解できないけれど、「健康第一」っていうだろう?
京太郎:健康ねぇ。あんな不味い食べ物で、健康。大体、ピーマンが身体に良いなんて聞いたこともないけど。
妖精: 僕だってよく知らないけど、うちではね、お母さんの言うことは絶対なの!そう決まってるから仕方ないでしょう。あ、じゃあ1ついいことを教えてあげる。
京太郎:え、何??
妖精:君のお父さんも、ピーマンが嫌いだった時期があるんだ。
京太郎:え、お父さんが!?!?
妖精:そう。最近は美味しそうに食べてるけど、実際はどうなんだろうねぇ。
京太郎:知らなかった。
妖精:知らないことはなんでも聞いて?(ドヤ顔で背広を強調して)僕、こう見えて今年で18歳だから。
京太郎:もう18歳?おねぇちゃんとほぼ一緒だね。
妖精:そうだよ。しかも、自分で言うのもあれだけど、物凄く賢いんだ。
京太郎:えー、そうは見えないけど??
妖精:18年前から、今日までに起こった出来事ならなんだって覚えてる。
記憶力がいいんだ。

妖精は、1つ咳払いをする。

妖精:えー、君のお姉さんが生まれた年のニュースを読み上げます。
「2000年3/4、日本でplaystation2を発売。5/7、プーチンが大統領に就任。
7/23、タイガーウッズが全英オープンに優勝。史上最年少のグランドスラム達成。サッカーアジアカップがレバノンで開催され、イチローが日本人初の野手メジャーリーガーとなる。」
まだまだありますけど?(超ドヤ顔)
京太郎:へぇ。
妖精:えぇ。随分冷めてない?
京太郎:スポーツの話に偏りすぎだし。興味ないし。Wikipediaでググればすぐわかるし。
妖精:むぅ、文明の利器め。。


【場面2】
上手より母が入場。

母:はーい、朝ごはん。嫌いでも食いなさい。
京太郎:嫌いだ。食べたくない!
妖精:うちじゃお母さんが絶対だからね。
京太郎:どうして食べたくないものを食べなきゃいけないわけ!?
母:いいから食べなさい。
京太郎:そうやっていつも誤魔化してばかり。本当は食べなきゃいけない理由なんてないでしょ!?
母:だったら朝食無しで学校行きなさい。要らない人には食べさせません。
京太郎:いいよ、食べなくたって給食の時間まで我慢できるし。
母:あっそ。じゃあそうしな。
京太郎:あーなんかムカつく。
母:ムカつくって言った今?
京太郎:はいはい、何も言ってませんよ~。ランドセル取ってきまーす。(嫌味っぽく)

京子は下手より退場。
母はため息ひとつこぼしてから、上手のキッチンに向かい、
炊飯器の釜としゃもじを武器っぽく取り出して持ってくる。

妖精:ちょ、ちょっと待って!そんなもん持ってきて何するつもり!?
母:…は?
妖精:いや、口喧嘩したからって、暴力はいけないよ?教育に良くないんじゃないかな?
母:何言ってるの?時々意味わからない事言うわよねあんた。

母はそのまま机に座り、サランラップを取り出しておにぎりを作り始める。

妖精:そういうことかぁ~。僕はてっきりそれで京太郎君にお仕置きをするのかと…
母:そんなことするわけないでしょ。
妖精: すみませんでした。
母:長い付き合いなんだから、そのくらいわかるでしょ?何年あの子の母親やってると思ってるの。
妖精 :知ってます。よーく知ってます。
母:でしょ?だったら早く手伝いなさい。じゃないと掃除してあげないよ。
妖精:あ、はい。

妖精はそそくさとおにぎり作りを手伝う。京太郎は下手よりランドセルを背負って登場。

京太郎:じゃ、行ってきます。
母:待ちなさい。あんた…身長伸びた?ランドセルが妙に小さく…
京太郎:(答えずに)行ってきます。
母:待って!

母は作れた分のおにぎりをポーチに詰め、京太郎に渡す。

母:これ、授業中に食べちゃダメだからね。
京太郎:…。行ってきます。
妖精 :あ、一応受け取るんだね。やっぱりお腹空いてるんだ。
京太郎 :(妖精に向かって)うるさい!もう行くから!!
母:車気をつけなさいよ!

京太郎は上手より退場。
妖精は黙って自分が作りかけていた分のおにぎりを食べる。


【場面3】
妖精:あれ?お姉ちゃんは今日も学校行かないの?
母:うん。由紀子はいいの。自分のタイミングがあるだろうし。
妖精:そっか。ねぇ、お茶もある?
母: 自分で準備しなさいよ。
妖精:あ、はーい。
母:私これから市役所行って書類取りに行ってくるから。
妖精:了解。あのさ、今どんな気持ち?
母:…は?
妖精:いや、今京太郎君に明らかに嫌味な態度をとられたでしょ?それに対して、どう思ってるのかなー、なんて。
母:小さい頃あんなに口数が少なかった子が、ここまで口ごたえするようになるとは思わなかった。
妖精:昔は物静かな子供だったのにね。反抗期ってやつかな?
母:ううん、そんな俗な言葉に当てはめちゃいけないよ。ちゃんと自分の意思を持って、主張できる子に育ったってこと。
妖精:あれ?(顔色を窺って)怒ってないの?
母 :怒るわけないでしょ。
妖精 :そっか。
母 :それじゃ、いってくるから。もし今、何か気になることがあるんだったら、
まずは自分でよく考えてみなさい。
妖精 :はーい。ちょっとやってみる。気をつけてね~。


【場面4】
ほかに誰もいなくなる。
妖精は、特に何もすることが無く、家中をふらふらしている。
退屈すぎて、奇怪な行動を起こす。
(例えば、逆立ちの練習をして盛大に失敗するとか。床に寝そべって急に歌い出す、とか。)
特にすることもなく、結局トランプタワー作りを続ける。

下手よりパジャマ姿の由紀子ちゃんが入場。

妖精:あ、由紀子ちゃんおはよ~。今日のご飯はピーマンと野菜の炒め物だよ。
いつもの場所に置いてあるはず。

由紀子は黙ってご飯を取りに上手へ行く。
妖精はその様子を見て、特に反応せず引き続きトランプタワーを作る。
由紀子はお盆にご飯を乗せた状態で登場し、妖精を一瞥する。

由紀子:呑気でいいね。

由紀子はそのまま下手より退場しようとする。

妖精:ねぇ、それってどういう意味?
由紀子:そのままの意味。
妖精:そういえば今日も京太郎は学校に行ったけど。
由紀子:けど何?京太郎は学校に行ったけど私は行かないのかって話?
妖精: そうそう。ここ二週間くらい外出てないでしょ?退屈じゃないのかなぁって。
由紀子:退屈。退屈すぎて死にそう。
妖精:だよね。僕もここから離れて色んな物を見てみたいよ。景色観たりとか、美味しいもの食べたりとか。
由紀子:私は早くあなたから離れたい。
妖精:え、なんで?
由紀子:こんな場所。こんな町、こんな学校。つまらない。
さっさと抜け出して、新しい人生を歩みたい。
妖精 :どういう意味?
由紀子 :そのまんまの意味。

由紀子は下手から去ろうとする。

妖精:お母さんがね、由紀子ちゃんは自分のタイミングがあるから、今は学校に行かないんだって言ってた。
由紀子:…。
妖精:僕は、どうして由紀子ちゃんが外に出たがらないのかが全くわからないんだ。僕から離れたいんでしょ?外の世界の方が、刺激的な事が沢山あるって聞くよ。
由紀子:…。
妖精:僕はいつもここにいるから、気が向いたらいつでも外に出ればいい。
たまに帰ってきてくれたら、嬉しいけど。


【場面5】
由紀子は椅子に座り、家と対面する。

由紀子:あのさ。私の話聞いてくれない。
妖精:いいよ。
由紀子:私小説家になりたいの。
妖精:小説家?
由紀子:そう。(小説を一冊持ってきて)これを書く人のこと。
妖精:へぇ、これは、面白いの?
由紀子:面白いよ。これを読んでいるときにだけ、私は私じゃない他の人になって、例えば探偵になって難事件を解決したり、大人の恋愛をしてみたり、時には空を飛んだりできる。
妖精:鳥みたいに!?
由紀子:そう!動物にだってなれちゃう。
妖精:素敵だね。羨ましいよ。
由紀子:私は早く小説家としてデビューして、一人で生活できるだけの収入を稼げるようになりたいの。
妖精:立派だと思うけど、大変そうだね。
由紀子:大変な道のりなのはわかってる。それでも、何もしないよりはましだと思うの。だけど学校の皆に相談しても誰もまともに聞いてくれないし、私の周りにいるのはつまらない人ばかり。
妖精:だから、最近学校に行かなくなったの?
由紀子:そう。学校で勉強なんかしているより、今はたくさん本を読んでいた方が自分の為になると思うから。
妖精:そっか。
由紀子:どう思う?
妖精:僕?

一瞬の間。

妖精:一人で生活するだけの収入って、いくら必要か計算したことある。
由紀子:したことない。
妖精:例えば、じゃあ僕がここに作られたのにいくらかかるのかを教えてあげる。まず、新築マンション等の「購入申し込み」時に不動産会社に支払うお金。
あとは売主とかわす売買契約書に印紙を貼る形で支払われる印紙税。
もともと住んでた家からの引っ越し代に、仲介会社を通して物件を購入するときに仲介会社に払う手数料。それから・・・
由紀子:まって何の話?
妖精:ざっくり言うと、ものすごくお金がかかるらしいの。
由紀子:それは知ってるよ。私だって。
妖精:君のお父さんはお金の話はしたがらないけど、僕を建てる時にも多大なお金が必要だったんだ。
一般的なサラリーマンがポンっと出せる金額じゃなかったの。
由紀子:うん。
妖精:どうしてそこまでして新築の家を作ったと思う?
由紀子:一軒家を買うのが昔からの夢だったから?
妖精:それもあるかもしれないね。
由紀子:本当の理由は?
妖精:僕にもわからない。
由紀子:は?
妖精:そんな話本人から聞いたことないし、さっきも言ったでしょ?
お金の話はしたがらないって。
由紀子:…なんだか、私よりお父さんのことに詳しいのね。
妖精:もちろん。君が生まれたときから僕はずっと彼と一緒だから。
由紀子:そう。話はそれだけ?
妖精:でも僕は、きっと君や君のお母さんのためだったと思うんだよね。
由紀子:…。
妖精:一生懸命目標に向かって努力することは大事だと思うよ。
でも、他の人間の気持ちや存在をないがしろにしちゃだめだ。
君は、君の両親に大切にされてきたから、今ここにいられることを忘れちゃいけないよ。君の父親の姿を見て僕はそう学んだから。それだけ君に伝えたい。
由紀子:何が言いたいのかわからない。私はどうしたらいいのかわからなくてずっともやもやしてるの。もっと簡潔に伝えてよ。
妖精:後は自分で考えなさい。僕に言えることはこれだけだよ。

妖精はまたトランプタワーを作り始める。

由紀子:あーーもう!なんなのよどいつもこいつも。

由紀子は頭を掻きむしりながら下手より退場。


【場面6】
妖精は再び一人になる。

妖精:退屈だなぁ。
妖精:僕も小説、書いてみるか。

妖精は適当な紙とペンを引っ張り出してきて、考える素振り。
少し書いたりしてみる。

妖精:「とある町に一軒の家が建っていました。その家には、男とその奥さん、
子供二人が静かに、つつましく、仲良く、ほそぼそと暮らしていましたとさ。」
ん~だめだ。ここからどうしよう。

全く思い浮かばず、挙句ペンは耳にのせて腕を組んだり、紙飛行機を作って飛ばしたりする。

妖精:由紀子ちゃんはすごいな。僕にはできないや。

妖精は机の上を片付けたうえで、トランプタワーを作り続ける。
乗せようとするところで母が上手より登場。

母:ただいま。
妖精:わぁ!(トランプタワーを崩してしまう)
母:あっはっは、ごめんごめん。
妖精:どうして笑うのさ~。
母:わぁ!って(妖精の真似をする)。
妖精:もう。。
母 :帰るの随分遅くなっちゃった。由紀子は?
妖精:部屋にこもってる。
母:そう。
妖精:由紀子ちゃんは小説家になりたいんだって。
母:知ってる。
妖精:知ってたの?
母:最近うちのパソコンに「小説 書き方」「小説家 募集」って検索履歴が残ってたから。うちにパソコン使うの由紀子くらいしかいないし。
妖精:そうなんだ。
母:母親なめるなよ~。
妖精:由紀子ちゃんは小説家になって、ここから離れた場所で暮らしたいんだって。
母:…そう。
妖精:もっと外の世界が見てみたいって。
母:由紀子はいつも、広い視野で物事捉えられる子なの。
私があの子と同じ年齢の頃には、ただ漠然と結婚して幸せに暮らすことくらいしか考えてなかったけど、大したもんね。
妖精:へえ。結婚するのが夢だったんだ。
母:夢なんて大したものじゃないけどね。(照れ)
妖精:由紀子ちゃんの夢も叶うといいね。
母:由紀子ご飯食べてた?
妖精:あ、もっていってたよ。
母:ちょっと様子みてくる。

母は下手より退場。


【場面7】
妖精は背広?姿勢?を整えて、周りに邪魔されるようなものが無いかを改めて確認する。
確認したうえで再チャレンジ。
京子がタイミングよく上手より登場。

京太郎:ただいま~。
妖精:も~。タイミング~!
京太郎:ねぇお母さんは?
妖精:上にいるよ。
京太郎:聞いてよ。今日給食で牛乳たくさん余ったから、5本もお替りしちゃったんだ!あと、ししゃも7匹と、ご飯三杯!これでもっと大きくなれるかな?
妖精:…京太郎君、一応確認だけど、本当に小学五年生?
京太郎:うん。

母:待ちなさい!

由紀子と、それを追って母が下手より登場。

由紀子:私もう嫌だ!こんな家出ていく!
妖精:ねぇ
由紀子:うるさい!(妖精に向かって)あんたは良いよね、私達人間の苦しさなんて理解できないもんね。羨ましいよ。
妖精:あのさ
由紀子:だからそうやって勝手に、人の心に土足でずかずか入り込めるのよね。
あー羨ましい。
京太郎:お姉ちゃん?
由紀子:京太郎、私はもう帰らないから.
母:待ちなさい。
由紀子:待ったって私の悩みは解決されないの。一人で考えることしかできないの。一人になりたいから出ていく。
妖精:お母さんは結婚することが夢だったんだって。
由紀子:…は?
妖精:折角夢を叶えた人が身近にいるのに、話を聞かないの?
参考になるかもしれないよ。
由紀子:…。
妖精:そういえばさっき僕も小説書いてみたんだけど、全然だめだった。やっぱり難しいね。

妖精は落ちていた紙飛行機を拾って、由紀子に手渡す。

由紀子:なにこれ?
妖精:僕の書いた小説。開いてごらん。

由紀子は開いて読み始める。

由紀子:こんなの小説じゃない。短すぎるし。
妖精:仕方ないよ。僕は、君たち家族と過ごした思い出しか書けない。経験のないことはかけないんだ。
由紀子:   …。
妖精 :だけど、だけどね。確かに文章に書き起こすことはできないかもしれない。けど、テレビで観たどのドラマよりも、君達との生活が一番面白かった。
だから、なんていうか、喧嘩しないで欲しい。
由紀子 :私はどうしたらいいの。このままずっとこの街に縛られなきゃいけないの?退屈をこらえて、行きていかなきゃいけないの?そんな人生なら、いっそ終わらせてしまいたい。

母はすぐさまかけより、ビンタ。

母:  今の言葉は取り消しなさい。
由紀子 :でも
母 :取り消しなさい!そして二度と言わないで!

由紀子は堪え切れなくなって、涙を堪えつつ下手へ退場。

妖精 :手はあげちゃだめだって!
母: …ごめん。でも、これは私の役目だから。京太郎、ごめん。由紀子のそばに居てあげて。
京太郎: わかった。

京太郎は下手より退場。

妖精 :由紀子ちゃん、泣いてたね。
母 :そうね。
妖精 :「成美ちゃん(母の下の名前)」も泣きたいなら泣いていいよ?
母 :ううん。いいの。私は、2人を産んでからもう二度と泣かないって覚悟したから。
妖精 :そっか。
母 :こんな時にこそあいつにそばに居て欲しいのにね。
妖精 :仕方ないよ。忙しいんでしょ?
母:うん。忙しいのも私が一番知ってるよ。ごめん、お風呂はいってくるね。

母は下手より退場。
妖精は結局手持ち無沙汰になり、トランプをいじる。
(簡単なトランプマジックなどをする。逆に、その部屋の寂寥感を表現したい。)


【場面8】
妖精:あー、自由って退屈だな。暇暇暇!
妖精:早くあいつ帰ってこないかな…。

机につっ伏せて、そのまま寝てしまう。
照明や音楽で時間の経過を表す。
(夕日の色。夕方雰囲気のBGM)

上手より父が登場。

父 :ただいま。
妖精:(目を覚まして)あぁ、お帰り。今日もご苦労様。

特に会話もなく、父は服を着替えたり、飲み物を準備したりする。
(この家に長く住み続けていることを表すため、手慣れた様子で無駄なく演じる)

妖精:なぁ
父:ん?
妖精:ずっと俺といて、何か思うことある?
父:珍しく話しかけてきたと思えば。何だよ急に。
妖精:いや、今日は特に暇すぎて。一日中、俺が生まれたばかりの頃を思い出していたんだ。

父は少しふきだしたように笑う。(家との会話中も、ネクタイをほどいたり何か作業をしてせわしなく動いている。)

父:そうか、そういえば今日は11月3日だな。どおりで。珍しいと思ったよ。
妖精:そう。今日は、俺が生まれた日だ。
父:あれから15年以上も経ったのかぁ。ローンの支払いもそろそろ中盤。
妖精:長いねぇ。
父:ちなみに俺は、お前を建てる前から、この近辺に住んでいたんだ。
妖精:前はどんな家?
父:1Kの狭くて古い家だ。木造建築で歩くと床が軋んで。
妖精:ありゃりゃ、それは怖いな。
父:ついでに虫は出るわ、変な匂いがするわで、大変だったよ。
妖精:そりゃひどいね。でも、そこでしばらく住み続けたんだ。
父:そう。働き始めで金が無かったし、今更引っ越すのもめんどくさかったしな。
妖精:ふぅん。

静寂。

妖精:こう、一人でボーっとしてるとさ。自然と意識は遠い過去に向くんだ。
もっとも、俺が生まれる以前の記憶は全くないから、テレビのニュースで観たこと以外何もわからないんだけどさ。
父:ほう。
妖精:そうしているとなんだか、自分の存在がよくわからなくなる。
自分は何のためにここにいるのか。自分以外の存在はどうしていつもここにあるのか。答えは思いつかないんだけど、だからといって何も考えないわけにもいかなくて、やっぱりボーっと、ずーっと、遠い過去について考えているの。
父:なんだか、哲学者みたいだな。
妖精:よくお前の奥さんは「自分で考えろ」っていうけど、それだけのことが俺にとっては凄く難しいんだよね。
父:それは…42歳の俺にだって難しい。
妖精:お前にも難しいの?
父:あぁ。未だに、「自分で考える」っていう至極単純なことがまともに出来ないんだ。
妖精:ふぅん。
父:俺の場合は色んな人に敷いてもらったレールの上を生きてきたんだ。
これで本当に正しかったのか。他に道はたくさんあったんじゃないのか。
そういう迷いで頭の中はいつも常に一杯なんだよ。
妖精:恥の多い生涯を起きってきたのですか。
父:お、太宰治。

妖精は隅っこから一冊の本を取り出す。

妖精:由紀子ちゃんが読んでたから。
父:あいつ、こんな難しい本も読んでいるのか。
妖精:小説家になりたいって言ってたよ。
父:…父親なのに知らないことばっかりだな。
妖精:仕方ないよ。時間が無いんでしょ?お前が家族の為に一生懸命働いていること、俺だけは良く知ってる。
父:ありがとう。

静寂

父:折角だし、俺の昔と変わったところも教えてくれよ。
妖精:んー、変わったところかぁ。あ、ピーマンを食べるようになった!
父 :それは、まぁ子供達の手前食べれませんとは言えんだろう。
妖精 :昔お前が食べられなかったことは、今朝京太郎に伝えた。
父 :おい!あまりそういうことは言わないでくれよ。
妖精:なんで?
父:そういう話をすると、余計好き嫌いしそうだからな。京子は。
妖精:そんなことないよきっと。結局今朝の朝食も残してたけど。
父:…まぁ、いいよ。もっと他の。あるだろ?
妖精 :んー、ハゲた。
父 :うるさいわ!余計なお世話だ!
妖精 :こんな髪型になっちゃって~。
父 :昔はこれでもモテたんだよ。
妖精 :それも知ってるよ。長ーい、付き合いだから。

父はおもむろに立ち上がって、日記を取り出す。
その後日記を書き始める。

妖精 :なぁ、ずーっと気になっていたんだけど。
父 :ん?
妖精 :それ、なに?
父 :あぁ、これ?日記。
妖精:日記?
父:うん。いつか娘たちが大きくなって、この日記を見つけた時に、
「父ちゃんはこんなに頑張ってたんだぞ」って。
「この時父ちゃんはこんなことを考えていたんだぞ」、って知ってほしくて書き始めた。
妖精:それは君のエゴじゃないか?
父:エゴなんて言葉よく知ってるな。
妖精:昼ドラファンなめんな。
父:確かに、その通りかもしれない。だけど、ちゃんと記録しておきたかったんだ。これを見て誰にどう思われても構わない。自由にやらせてくれよ。

父は日記を書き続ける。
書き終えて、元の位置に戻す。

父:着替えてくる。

父は下手より退場。

【場面9】
妖精は退場した父を見送り、その後に日記を再び取り出し、読み上げる。

妖精:「2000年4月12日。由紀子誕生日。私達にとって初めての子供が誕生した。
初めて抱きかかえる我が子は今にも飛んで行ってしまいそうなほど軽く、華奢である。
この子を命をかけて守り抜くことを私は強く誓った。
そして、その気持ちを忘れないために日記をここに記す。」
妖精:「2000年7月5日。結婚記念日。子供が生まれて初めて三人で過ごす記念日である。
普段はあまり行かない高級レストランに脚を運び、美味しい食事を楽しんだ(緊張で味を楽しむどころではなかったが)。」
妖精:「2000年11月3日。引っ越し記念日。新居は私が思っていた以上に快適である。
風通しの良いリビング、料理がしやすいようにこだわったキッチン。
家具を新調し、これまでと異なる生活に期待を抱かずにはいられない。由紀子はぐっすり眠っている様子である」

妖精:懐かしいな。

家はページをぱらぱらめくる。

妖精:「2007年8月7日。京太郎誕生日。私たちの二人目の子供が誕生した。
由紀子がお姉ちゃんになったことを、飛び跳ねて喜んでいた。
ただし手放しで喜んでばかりもいられない。
私はこの家族をこの先守っていけるのだろうか。正直なところ不安で一杯である。」 

妖精:「2018年11月3日。引っ越し記念日(18年目)。
いつの間にやらこの家は着実に年月を重ねているようである。
目をやればいたるところにほこりが被っている。時々その不便さに文句をついてしまうこともある。
しかし、やはり私の帰ってくるべき場所はここであることを実感した。
この家で、私達家族がたどってきた歴史を改めて確認することが出来る。」
妖精:「ここに帰る場所があることを心から嬉しく思っている…?」

妖精は驚くような、照れを隠すような表情をして下手をみる。

妖精:敢えて俺にみられることを想定して書きやがったな!この野郎!少し嬉しいじゃないか!
妖精:(下手に向かって)なぁ、お前が経験したことは、この日記に書かれていることだけじゃないよな?
お前が見てきた世界を、いつか俺も経験してみたいな、って心から思うよ。
テレビや話を聞くだけじゃなくて、自分の目で外の世界を見てみたい。

妖精:だけど、どんなに背伸びしてみても見えるのはいつも周りにある建物や山々ばかり。悔しいけど、小説家になることも、空を飛ぶことも、家庭を持って娘をしかりつけることすら出来ない。だけど。

妖精:お前とお前の家族の帰る場所にならなってやれる。皆がいるから、俺がいる意味がある。俺は、いつでもこの場所で待ってる。だから、これからも末永くよろしく!

♪和やかな音楽




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