プライドのなさが生んだ強烈な個性

  その時期、自分はちょうど海外にいたり、仕事が忙しかったりで、あまり夏の高校野球を見ていなかったのだけど、2004年〜2006年前後は予想外のチームが続いて全国優勝する異例の時代だったらしい。

 そんな意外なチームのひとつが駒大苫小牧高校だ。夏の甲子園で2連覇、3年目も決勝再試合で準優勝という「2.9連覇」を成し遂げ、まぎれもなくこの時代の中心にいたチームである。『勝ち過ぎた監督』(中村計著)は、その駒苫野球部の監督、香田誉士史氏を主人公にしたルポだ。

 それまで道内でもぱっとしなかったチームに、大学を卒業したばかりの香田氏が赴任するところからストーリーが始まる。将来は地元佐賀で高校野球の監督を目指そうと思っていた香田氏は、大学野球部の恩師に呼び出され、北海道行きを打診される。

 着いたところは、設備は痛み、部員もシーズンオフは髪を伸ばして練習もしていないような野球部だった。これはだめだと香田氏は断って、いったんは帰ってしまうが、関係者や野球部員からも懇願され、引き受けることになる。そこから従来の北海道の常識にとらわれない練習を展開し、数年後に甲子園出場。そして全国制覇へと突き進む。

 駒苫の有名な練習に雪上練習がある。北海道では冬の間は練習がまともにできず、それが全国で勝てない理由とされ、人々の間には半ばあきらめムードがあった。そんななか香田監督は「できないことなどない」と、雪をブルドーザーで押し固めるなどして、冬場でも外で練習をしたのである。田中マーくんが仙台やニューヨークの寒さでもパフォーマンスを落とさないのは、苫小牧のことを思えば何ともないからだろうと著者は分析している。

 常識にとらわれないところが香田監督の強さだ。良いと思ったものは何でもすぐにやってみる。他のベテラン監督はプライドがあり、自分のやり方に固執する傾向があるが、香田監督は真似だと言われようが、とにかくやってみる。そのプライドのなさが独自の強さを生み出し、結果として誰よりも個性的な監督として、本に描かれるほどの人物になった。

 純粋なのである。選手と一緒になって、選手と対等に野球にぶつかっていく。それが時に衝突を生み、ドラブルを生み、大河ドラマのような波乱万丈の道のりをたどることになるのだけど、高校野球というゲームに誰より真剣に向き合うことで勝利をつかんだ監督だ。選手を「子供たち」と呼んだりしないし、教育者然とした上から目線があるわけでもない。監督もゲームのプレイヤーの1人なのだ。

 「才能とはつくづく偏りなのだと思う」という著者の言葉に納得させられる。日ごろは、社会人としてどうなのかと首をかしげたくなる言動がある一方で、野球となると無類の熱意で、優れた指導力、集中力、判断力を発揮する。常人では真似できない。トップになるにはこれくらいでなければならないのかと思うと、ちょっとした絶望感に似たような気持ちにもなる。

 この本には時間をかけた入念な取材が詰まっている。伝説となった早実との一戦も、選手の回想を交えて詳しく描かれ、クレバーと言われる斎藤投手の投球のうまさも改めて知ることができた。高校野球の不祥事の8割は控え選手の親からの告発だという話や、マーくんはスカウトしたのではなく自ら門を叩いてやって来たなど、知らなかったエピソードも多い。香田監督の強烈な生きざまとともに、高校野球を丸ごと体験したような読後感を得られたのだった。

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