現場はたいてい思い描いていたものとは違う

以前、海外を旅行しているときに、治験バイトの話を耳にしたことがあった。その話から、治験はけっこう稼げるらしいというイメージは持っていたけど、自分は体験したことはないし、体験した人から具体的な話を聞いたこともなかった。

実際どういうことをするのか興味があったので、『職業治験 治験で1000万円稼いだ男の病的な日々』という本を読んでみた。

著者はおそらく30代くらいの男性で、これまでおもに治験のバイトだけで生活してきた。いや、今バイトと書いたけど、正確にはこれは「仕事」ではない。

治験というのは、医薬品や健康食品を開発する際に、それを人体に投与しても問題がないかどうかを確かめるテストのことだ。その実験台を引き受けるのが「治験ボランティア」と呼ばれる人で、見返りとして「負担軽減費」という名目でお金が支払われる。基本的にはボランティアなので、アルバイト雑誌には載っていないのである。

そんな治験ボランティアを「仕事」にしている「プロ治験者」たちが世の中にはいる。この本の著者も、その1人だ。

治験のデメリットは薬の副作用があるかもしれないというリスクだけで、あとは何も困ることはない、となんとなく思っていたけど、この本によると、採血が苦痛らしい。場合によっては15分おきに血をとられるので、腕がうっ血してはれてきたりして、とても痛いのだそうだ。もっとも、先進的な病院では、注射針の部分だけ腕に残し、血を採るユニットだけ交換する方法で、何度も針を刺すのを防いでいるようだ。

しかし、一番のリスクは、治験という楽をして稼ぐ方法を覚えることで、自身が退廃的になってしまうことだという。この本でも、著者自身を含め、治験に参加する人が持つ独特な雰囲気が描かれている。そして、治験はいつまでも続けられない。たいていの募集条件は20~30代の健康な男性となっていて、40歳以上になると、徐々に治験に参加する機会がなくなってしまうのだ。

個人的に印象に残ったのは、海外での治験の様子。アジア人のサンプルが必要とのことで、日本人に募集がかかり、著者はイギリスでの治験に参加する。そこは日本での退廃的な雰囲気の治験とは違って、参加者も若い留学生が多く、前向きな空気に満ちていたという。驚いたのは、参加者にはもれなく語学レッスンがついてくることで、毎日講師がやってきて英語のレッスンをしてくれるそうだ。

なんというか、現場というのは、たいてい思い描いていたものとは違うものだ。おそらくそれは、理屈や大義のようなものと、人間の実際の行動が違うからだろう。そういう意味で、この本はある現場の様子を教えてくれる貴重な本だと思った。

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