ムーラン・ルージュ〜“秘密の歌”とボヘミアンたちの世紀末
『ムーラン・ルージュ』(Moulin Rouge!/2001年)
ナット・キング・コールで有名な、「Nature Boy」の歌詞の一節に導かれて物語が始まる『ムーラン・ルージュ』(Moulin Rouge!/2001年)は、ちょっと変わった作りの悲喜劇でありながら、永遠の愛を謳った忘れ得ぬミュージカル映画だった。
監督のバズ・ラーマンが言うように、この映画の舞台は1889〜1900年という、19世紀末のパリであるにも関わらず、ヴィジュアルも音楽も20世紀の既存のポップカルチャーから数多く引用されている。
台詞も名曲の歌詞から取られているので、観る者は耳慣れた歌の言葉によって、感情移入しやすいという利点が生まれた。
また、ジャン・ルノワールの映画『フレンチ・カンカン』、ブッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』、ギリシャ神話『オルフェウス』からのインスピレーションも強い。
あらゆる文化に触れた結果、企画から完成まで4年の歳月を費やしたという。このような過去作品へのオマージュから創作を組み立てていく世界観は、思わずゴダールの『気狂いピエロ』を思い出した。
監督が話すアンダーワールドとは、つまり「ムーラン・ルージュ」(赤い風車)のこと。1889年にパリのモンマルトルに開場したナイトクラブ(ダンスホールやキャバレーとも呼ばれる)だ。
退廃的な世紀末において、そこは金持ちと権力者が、若者と美女と文無しに出逢う場所でもあった。
そしてモンマルトルの安アパートには、画家、小説家、音楽家、詩人、劇作家など多くの貧しい芸術家が住んでいて、毎晩のように禁断の酒アブサンを酒場で傾けながら、真実・自由・美・愛といったボヘミアン精神を胸に創作活動に励んでいた。
あの画家ロートレックも、ムーラン・ルージュやそこにいる娼婦たちを愛した一人だった。踊り子の劇場ポスターを描いたことで有名なロートレックは、「人間は醜い。しかし人生は美しい」という言葉を遺している。本作でも、ロートレックは印象的な役割を果たしていた。
(以下、ストーリー含む)
19世紀末、パリのモンマルトル。安アパートに移り住んできた、作家志望の青年クリスチャン(ユアン・マクレガー)。
ある夜、ロートレックたちとの出逢いがきっかけで、享楽の夜の象徴=ナイトクラブ<ムーラン・ルージュ>向けのショーの台本を書くことになる。主演するのは店のナンバー1であり、女優を目指すサティーン(ニコール・キッドマン)だった。
一方、ムーラン・ルージュのオーナーであるジドラーは、深刻な経営悪化を乗り越えるべく、パトロンを探していたサティーンを金持ちの公爵に差し出すことで、莫大な資金援助を受けることに渋々同意する。
しかし、勘違いがきっかけで、お互いに恋に落ちてしまったクリスチャンとサティーンはそれ以来、劇作家と女優の関係を装いながら、公爵の目を盗んで密かな愛を育む。
ショーの舞台はインド。美しい女と貧しいシタール奏者と金持ちのマハラジャの三角関係を巡る台本は、サティーンとクリスチャンと公爵の現実そのものだった。
サティーンがあらゆる口実を作るので、なかなか自分のものにならないことに不信感を抱いた公爵は、二人の関係に気づくと、クリスチャンを殺すとサティーンを脅迫する。
クリスチャンを救うために別れを告げるサティーン。何も知らないクリスチャンは絶望と嫉妬の世界をさまようが、ロートレックたちの支えもあってムーラン・ルージュのショーの本番に向かう。
結核に冒されて死期が近いサティーンは、去って行こうとするクリスチャンに向けて、二人だけの“秘密の愛の歌”を囁く……。
この“秘密の愛の歌”である「Come What May」は、映画のために新しくプロデュースされたが、デュエット系ラブソングの最高峰として記憶されるべき、感動的な曲となった。
文/中野充浩
参考/『ムーラン・ルージュ』パンフレット
【映画で使用された主な既存曲】*アーティスト名はオリジナルを記載
○ナット・キング・コール「Nature Boy」
○ラベル「Lady Marmalade」
○ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」
○T・レックス「Children of the Revolution」
○マドンナ「Material Girl
○デバージ「Rhythm of the Night」
○エルトン・ジョン「Your Song」
○クルセイダーズ/ランディ・クロフォード「One Day I'll Fly Away」
○ビートルズ「All You Need is Love」
○キッス「I Was Made for Lovin' You」
○フィル・コリンズ「One More Night」
○U2「Pride(In the Name of Love)」
○ポール・マッカートニー&ウイングス「Silly Love Song」
○ジョー・コッカー&ジェニファー・ウォーンズ「Up Where We Belong」
○デヴィッド・ボウイ「Heroes」
○ドリー・パートン/ホイットニー・ヒューストン「I Will Always Love You」
○マドンナ「Like a Virgin」
○ポリス「Roxanne」
○クイーン「The Show Must Go On」
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