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ワイルド・アット・ハート〜愛する女のために歌った圧倒的な「ラブ・ミー・テンダー」

『ワイルド・アット・ハート』(Wild at Heart/1990年)

恋人たちの逃避行を扱った映画と言えば、ニコラス・レイ監督の伝説的な『夜の人々』をはじめ、ボニー&クライドで有名な『俺たちに明日はない』、テレンス・マリック監督の『バッドランズ(地獄の逃避行)』、ロバート・アルトマン監督の『ボウイ&キーチ』、クエンティン・タランティーノが脚本を書いた『トゥルー・ロマンス』、あるいはゴダールの最高傑作『気狂いピエロ』といったところを真っ先に思い出す。

そんな中、ひときわ強い印象を残したのは、デヴィッド・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』(Wild at Heart/1990年)だろう。

リンチ作品は、退廃的な『ブルー・ベルベット』や高視聴番組『ツイン・ピークス』にも現れたように、色彩感覚溢れる映像美、ヒップな音楽だけでなく、普通ではないクセの強い登場人物、暴力や死やセックスの描写で、賛否両論(好き嫌い)を呼ぶことでも知られる。

それゆえ、独特のリンチ・ワールドがフィルム全編に漂う。小説の1ページ目から読者を引きつける作家がいるのと同じように、リンチは映画の最初のワンカットから、観る者をその世界に誘う希少な映画作家といえる。

「この人にしか作れない映画」「誰にも真似できない映画」を作れる人。しかも、商業的にも成功するから凄い。

そんなリンチは、さぞかし変人奇人かと思いきや、会う人や俳優たちは本人のいたって健全な風貌や身だしなみや態度に驚くという。

規則正しい生活や食事や瞑想を好み、絵画や写真や俳優も手掛けるアーティスト。抽象的でもあり現実的。小道具やセットなど、自らの世界観に徹底的に拘る反面、他人の意見にも寛容で取り入れたり、スケジュールや予算はきっちり収める映画人。

さらに気難しい技術的なことは一切考えずに、頭に浮かんだアイデアを整理して、それに従って撮るだけという、極めてシンプルな映画製作に対する美学。

このような相反する性格の調和を持ち合わせているからこそ、その唯一無比さが生まれるのかもしれない。

日本公開時の映画チラシ

『ワイルド・アット・ハート』で加えられたのは、地獄の連続のような道程からの誰の手にも届かない、“ささやかな一つの愛の成就”だった。

物語中、愛は決してブレることはない。それによって強い救済感覚、圧倒的な力が作品に宿る。結果、カンヌ映画祭の最高賞パルム・ドール獲得など、人々は今までとひと味違った新しいリンチ・ワールドを賞賛した。

エルヴィス・プレスリーとマリリン・モンローを彷彿とさせるセイラーとルーラのカップルを演じたのは、ニコラス・ケイジとローラ・ダーン。他にウィリアム・デフォー、イザベラ・ロッセリーニ、ハリー・ディーン・スタントンといった脇役の存在感も光る。なお、ルーラの母親を演じたダイアン・ラッドは、ローラ・ダーンとは実の親子という点も見逃せない。

音楽もクラシック、ジャズ、カントリー、ロカビリーなど幅広く、クリス・アイザックの気怠い「Wicked Game」、ゼムの疾走する「Baby Please Don't Go」の使い方が秀逸だ。マッチの火や炎、『オズの魔法使い』も重要なモチーフになっている。

(以下、ストーリー含む)
物語は、愛し合うセイラーとルーラの関係と、それを引き離そうとするルーラの異常な母親を軸に進められていく。

魔力から逃れるために、車を走らせることになった二人は、スラッシュメタルで踊り狂い、身体を求め合う日々。ヘビ革のジャケットは自由のシンボルであり、エルヴィスの「Love Me Tender」は、いつか妻になってくれる女にしか捧げないと言うセイラー。

私立探偵や殺し屋、怪しげな男たちや女たちの登場や、過去の事件の真実が暴かれる中、妊娠を告白するルーラは、「この世は奇妙だけど、心はワイルドなの」と将来に疲れ切っていた。

一方、セイラーは、今後の金のためにモーテルで知り合った男の銀行強盗に手を貸すが、あっけなく罠に落ちて、刑務所に送り込まれてしまう。

6年後。出所したセイラーは幼い息子を連れたルーラと再会するが、母子の未来を想って思わずその場を立ち去る。

裏通りを一人歩いていると、チンピラ連中にボコボコにされるが、その時「本当に心がワイルドなら、夢のために戦うはずよ。愛に背を向けては駄目」と自分に向かって囁く、善い魔女の幻覚を見る。

立ち上がってルーラを必死に追いかけるセイラー。抱き合う二人。そして男は愛する女のために「Love Me Tender」を捧げる……。

文/中野充浩

参考/『ワイルド・アット・ハート』パンフレット

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