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不滅の恋/ベートーヴェン〜偉大な作曲家が密かに愛し続けた“不滅の恋人”とは誰なのか?

『不滅の恋/ベートーヴェン』(Immortal Beloved/1994年)


1827年3月26日。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが病に倒れてこの世を去った。享年56。

その死の翌日、株券に隠れるように“ラブレター”が見つかった。そこにはこんな言葉が並べられていた。

私の楽譜、財産のすべてを、我が天使、我がすべてである不滅の恋人に捧げる。

映画『不滅の恋/ベートーヴェン』より

と言っても、女性の名前はどこにも記されていない。年代もない。分かっているのは7月6日朝、夕方、7月7日朝に書かれたこと。そして、温泉療養地であるカールスバートの宿に来ていた恋人に向けたものであること。

以後、熱心な研究家たちは、長年にわたってこのミステリーを解こうとした。結果、生涯独身を通したベートーヴェンが42歳の時、1812年に綴られたものであることが判明した。

様々な憶測が飛び交い、いくつかの仮説が発表される。否定されてはまた新しい説が出てくる。その繰り返しだった。200年近く経った現在も、実は謎は完全に解けていない。

私の天使、私のすべて、私の分身。今日は少しだけ書こう。あなたの鉛筆で。明日にならねば、宿に着けない。何という時間の浪費だろう。なぜ悲しいのだろう。結ばれていたなら、苦しまないで済むのに。私がいる所にあなたもいる。もし共に暮らせたら、きっと楽しい生活だろう。

映画『不滅の恋/ベートーヴェン』より

『不滅の恋/ベートーヴェン』(Immortal Beloved/1994年)は、作曲家の人生の断片と共に、「“不滅の恋人”とは誰なのか?」へと迫っていくロマンチック・ミステリー。

監督/脚本のバーナード・ローズによる仮説上の物語だが、これはモーツァルトを描いた『アマデウス』と並ぶ、クラシック音楽家の人生を描いた映画の金字塔。ゲイリー・オールドマンの名演技もあって、観る者を探偵のような視点と心境にさせてくれる大傑作だ。

日本公開時の映画チラシ

交響楽やピアノ・ソナタの開拓者でもあったベートーヴェンは、演奏会やレッスン、楽譜出版による報酬で生活を自立させようとした。

貴族や宮廷の保護下で使用人として音楽に取り組むのではなく、対等に扱われることを要求し、職人ではなく芸術家としてのあり方を追求しようとした信念の人だった。

だが、ベートーヴェンは別に偉人だったわけではない。彼もまた一人の弱い人間だった。

幼少時代は、天才モーツァルトのようにはなれなくて父から虐待された。誰よりも完璧に持たなければならない聴覚を失って絶望したこともある。

また、報われない恋に何度か身を委ねたり、愛する甥っ子から拒絶されて、廃人寸前にもなった。革命戦争やナポレオンに失望する一方で、自然の美しさにも心を奪われた。

そういった感情や環境、社会情勢はベートーヴェンの音楽に強く投影されていった。例えば、ヴァイオリン・ソナタ「クロイツェル」。「音楽とは魂を高揚させるものだ」と興奮する秘書のアントン・シントラーに対し、ベートーヴェンはこう言い放つ。

音楽はその力によって、作曲家の心の奥に聴く者を引きずり込む。抵抗することはできない。催眠術と同じだ。この曲を書いた時の私の心が分かるか。男が愛する女のもとへ急いでいる。嵐の中、馬車が壊れ、車輪が泥にはまり込む。彼女は一人待つ。これは焦る男のイラつく心の音だ。音楽が表すのは、生き方だの、考え方などではなく、ありのままの事実だ。

映画『不滅の恋/ベートーヴェン』より

映画はベートーヴェン(ゲイリー・オールドマン)の死後、“不滅の恋人”探しをする秘書シントラーの旅路と、そこで出会う3人の女性の回想を軸に、作曲家の苦悩と歓喜、秘密が明らかになっていく。

ピアノ・ソナタ「月光」を人知れず弾くシーン、「第九」誕生の経緯など名シーン満載の中、クライマックスで流れるピアノ協奏曲「皇帝」第2楽章の美しさは心を打つ。音楽監督/指揮はゲオルグ・ショルティ。

ベッドに横たわり、想うのはあなたのこと。我が不滅の恋人よ。時に喜び、時に悲しみ、我々を待つ運命について考える。あなたと共に暮らせるか、別れるのか。そのどちらか。私はもう寝ます。愛する人よ、安心して。昨日も今日も、涙と共にあなたを想う。あなたは私の生きる命。私のすべて。さようなら。

映画『不滅の恋/ベートーヴェン』より

文/中野充浩

参考/『不滅の恋/ベートーヴェン』パンフレット

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