Shadowverseを休止します

こんにちは、たっぴーです。

今回はShadowverseを休止する理由について、ゲームのことだけでなく、個人的な背景も含めて書いていきます。


ゲームに取り組む気持ち

大会5日前に乱雑なナーフが入るゲームは、今後継続して競技的にやりたいとは思えない。

この記事の主張はこれに尽きる。


ナーフにおける資産

まず、資産について。Shadowverseは運営がたくさんパックを配ってくれるし、やっている時期はコツコツとデイリーをこなしていたのでパック目当ての課金はしたことがなく、カード資産も十分持っている。そのため、ナーフされたとしてもそこまで損失になるとは思っていなく、この負担が辞める理由には直結はしていない。

ナーフが来てもそのカード自体のエーテルは帰ってくる。
ただ、それ以外のカードに使ったエーテルは帰ってこない(分解できるがレジェ1枚につき2500エーテルの損失)。

ナーフが入っても強い場合やカジュアルに楽しむ場合は影響は小さいが、競技的に取り組んでいるのであれば、そのアーキタイプ自体が弱くなってしまっては使うことがなくなるため、ダイレクトに資産に影響が出る。

現に、ペコリーヌ2枚、ツバキ1枚、エミリア2枚、ゼルガネイア1枚、ダイヤモンドパラディン2枚を作成したため、生成→解体で消費したエーテルは20000エーテルにも及ぶ。

軽く調べて見た結果、1パックあたりの平均排出エーテルは442.8。約40パックに相当する。

eos Lv.152さんのコメントを参照


7500クリスタルで10000円相当、1パック100クリスタルなので、1パック130円程度。1度のナーフで5000円を蝕まれているわけである。

競技的に遊ぶのが好きだし、資産ゲーでなく対戦ゲーなのは重々承知なので足りなくなれば課金すればいいとは思っているが、調整の仕方があまりにも乱雑すぎると、「え?これで5000円持っていかれるの?」となってしまう。

定期的に来る時期が決まっているのであればある程度受け入れられるし、それを見越してその付近では新たなデッキを作らない選択肢もあるが、いつ来るかわからない修正というのは不安でしかない。

これはハースでもあることで、今シーズンはデーモンハンターが3度の修正を受けた。資産的打撃は少ないし、新ヒーローなので調整が難航しているのもわかるが、それにしても回数や枚数が多すぎてうんざりしてしまった

MTGだとある程度決まってはいるが、元がアナログTCGなぶん、ナーフはよほどのことがなければできなく、最近の相棒のルール変更ぐらいであると認識している。
サヒーリや霊気池時代、オーコの禁止ラッシュなど、振り回されるのはごめんだとなるので、しばらく様子見をしたほうが良いのかもしれない。これは自分の目で環境を見定める力が必要になるが、逆に早期に分かりきってしまっては、その後探究していく面白さというのもわからないはずなので破綻している。


時間というリソースを投資することが不安になる

ナーフでデッキがお陀仏になれば、そのデッキに費やした時間は無駄になる。

もちろん、ゲームスピードだとかその他のデッキの考え方だとか、遊びながら身につく部分はあるが、他のデッキを使い続けていた人とは差が出てしまう。

問題なのは、この発表が大会直前であること。


ポケモンの全国大会で同じような経験をした

脱線するが、ポケモンカードの2015年に開催された全国大会に出場していた時のことについて書いていく。

この時、大会開催2週間前に新弾が発売された。
直前なので環境がどうなるか不安ではいたが、それはいつものことなのである程度割り切ってはいた。

ただ、同時に環境の核になるカード(フラダリの奥の手)が禁止されてしまった。

画像1

当初は「よるのこうしん」というデッキタイプを対策するカードではあったが、後に無限にリソースを使えてしまう凶悪なカードだと知れ渡ってからは、このカードによって大量のリソースを活用して手数で勝つといったデッキが環境に多く出回ることとなった。


このカードを使って地方大会を優勝していた身としては、他のデッキタイプに触れる時間をあまり取っていなかったので、対応が他の人よりも遅れたと感じた。

その上に、対話拒否系の1キルデッキ(ダーテング)も新弾の影響で台頭した。
参考動画:


テニスの全国大会に出たと思ったら、ソフトテニスをやれと言われるならまだしも、なんと卓球の大会に出場させられたぐらいの衝撃があった。
ゲームを攻略する上で必要な要素が全く違っていたのである。(ちなみにこの大会の結果はベスト4まで進み、飛行機代とホテル代約35万が全額公式から支払われ、世界大会にDay2から出場した)(隙あらば自分語り)


ナーフ内容を見て、不安な上に納得できない

前の環境でも同じようなナーフがあった。機械エルフというデッキが強すぎて、ナーフが来たのはなんと新弾発売3日後の出来事だった。この記事に当初の所感や調整の推移を記載していたが、内容の価値に関しては無に帰した。
調整の仕方であったり、考え方、機械カードを多くして神のバリューを上げるか、機械カードを減らして欲しい機械カードを神から引きやすくするかなどは考えさせられて基盤になったので、そういった良かった面はあるし、大会まで期間があったのでそこまで影響はなかった。

強いとにらんだデッキが弱くなることが多いのであれば、ちょっと弱めなデッキを使っておいたほうが、そのデッキの練度が無駄にならずに済むのかな?と思いはするし、そのために最強ではないデッキを使うというのも納得できない話。
自分ら視点で確定ナーフだと思っていても運営がナーフしない可能性はあるし、ナーフの仕方が思ったのと異なる可能性もある。


今回のナーフであれば、オネストシーフは見るからに強すぎるので確定で、個人的には連携10ぐらいに留めるのが良いのかなとは感じた。


あまりナーフを入れすぎても、他のデッキに太刀打ちできない性能であれば意味がないからだ。ただナーフ内容としてはスタッツが2/1というガバ修正で、進化するので4/4で上踏みできるから強いのであって、タフ3であればただの2コスト3点除去におまけのフォロワーが付くぐらいでしかない。カードらしさを残すのであれば、やはり自動進化=面形成という部分の強みは大切にしてあげて欲しい。


正直、カードデザインを壊しているので、調整班にはまともな人間が居ないと思ってしまう。

個人的にゲームデザイナー(ゲームのシナリオを考えたりするゲームプランナーや、バランス調整をするレベルデザイナーなど、ゲームの内容の決定に関与できるしごと)を目指していた時期があって、こうしたことがあると自分の経験を活かして上に立つところまで行って変えたいという気持ちが湧き上がってくる。
ただ、役職が上がってもそこまでの決定権を持てるかはわからないし、そうした無力感はモチベーションに非常に大きな影響をもたらしそうなのでやめているし、好きなことを趣味にするのは残酷なことで、責任感が強くなりそう、など様々な理由があり選ばなかったところがある。

ただ、無責任に内容を否定したいわけではなく、もっとやりようがあっただろうというのはひと目で見て感じたし、実際周りが言っているのを聞いても、個人のエゴではなく客観的に環境を見ていてごもっともな内容だなと思う。

数値だけを見て出る杭は打たれる状態だと伸びないのは、日本社会と日本人を見れば一目瞭然だろう(あまり主語デカになると燃えるし印象悪くなるのでギリギリ共感できるこの程度にしておく)


猛虎については、言われている通りゼルガネイアOTKが問題なのであって、疾走付与をロイヤルフォロワー限定にすれば良いと感じる。

アクセラレート排除は安定感を削ぐという点では良いが、もはや別のカードである。そのまま採用していてもギャップを感じて不快感しか残らない。

アクセラレート/エンハンスでカードバリューがでるのはたくさんあるし、勝率が高いからといって共通したカードにナーフを入れるのはあまりに安直すぎる。そして、アクセラレート/エンハンスで1枚のカードを複数のシーンで上手く使えていた他のデッキが上がってくるだけで、そちらがまた強くなるというのは想像に難くない。

また、魔道具専門店がマズイ!ロイヤルは必要悪!というのもまあ言われている通りの話だと思う。ナーフを見て2秒で思ったし、思う人も多かったのではないかなと思う。

速いロイヤル、それをいなすネクロ、ネクロを倒す魔道具ウィッチや冥府ネクロ、それらを倒す速いロイヤル…といったようにメタゲームは構成されていたし、Nヴァンプや機械エルフほど勝率で見て1強状態ではなかった。


じゃあどうすれば納得するんだよ!と言われそうではあるが、先程挙げたぐらいの内容でちょうど良いと思うし、他の内容だとしても決まってみないと分からないとしか、ユーザー側には言えないのである。
e-sportsだの騒がれているけど結局はゲームで、ビジネスなんだなと。夢物語もなんでもないのである。そしてビジネスだと見るのであれば不器用だなと思う。サイゲは金あるのはわかるから適当なのかもしれないしプロデューサーがどういう意図でやっているかは知らん。もっとテストへの投資をしたほうがいいような気もする。

ただ売上を落とさないようにするとかよりも勝率だとかいう眼の前の建前を優先しているのかもしれないし、ヘビーユーザー層よりも目先の理不尽なストレスを軽減しようだとかいうせいでロイヤルをナーフしたのかもしれない。ただ新たな魔道具専門店というストレスに向き合わないといけないといういたちごっこだし、ロイヤルは強く作られた時には過剰にナーフされてきた側面があるようなので、ロイヤル好きユーザーの意見を聞いていてもとても悲しくなる。

こうした様々な懸念点が挙がるように、小見出しのように不安な上に納得できないのである。競技的に取り組むだとか合理性の前にまず感情が来るのは当然の話で、これは他の誰に説得されようが個人の話で誰からも干渉されない内容である。


気持ちは大事

人間は気持ちで動く生き物なので、こうした信頼だとか、ゲームに対しての取り組み方や信念である部分は思っている以上に重要で、ストイックに取り組むにしてもないがしろにしてはいけない部分だと思う。気持ちについては、Jspeedさんの記事をぜひ読んで欲しい。
ちなみに公開直後にも読んではいたがあまりビビッと来ていなく、日を開けて昨日のJspeedさんの配信でこの記事について紹介していて経緯を語っているのを聞いた結果、前日の深夜5時にボロ泣きしてしまった(;;)。

そして、ゲーム(やゲーム以外の全て)に対して真摯に取り組み方を考えようと思い、今この記事を書いている。

配信のアーカイブも無料で見れるのでぜひ(4:10:00ぐらいから)(ファンボ)


本質的な部分でゲームに何を求めているのか

条件は皆平等だし、与えられた環境でいかにできるかが勝利への鍵ではあるが、大会の結果というのはあくまでプレイヤー同士の力量の相対的な差だと思っている。
そのため、自分が納得して取り組んで結果を出すことと、差をどれだけ離せるかで勝率を出すかについては別問題。

個人的には前者の自分が納得して取り組んで結果を出すことを重要視しているため、否が応でも頑張ってやろうという気持ちは正直ない。1つのことに真摯に取り組めなくなったのも無駄に?知識が付いたからなのかなとも思うが、そもそも結果ではなく過程に重きをおくようになってから変わってきたんだと思う。

あれだけ結果にすがっていたのに、人は変わっていくからこそ面白いなと感じる。


Hearthstoneについて

いきなり違うゲームの話になるが、hearthstoneのことについて書いていく。

というのも、本質的に好きなことってなんだろうと自分を掘り下げた時に、比較対象として他のTCGに目が向いたためである。


ランダム性が好き

自分がカードゲームが好きなのは、ある程度のランダム性を有しているTCGだから。

では、ランダム性についてどのように楽しんでいるかと言うと、毎度変わりゆく事象に対しての取捨選択を楽しんでいる。


Hearthstoneは特にランダム性が強く、試合ごとに状況が変わるのでとても楽しい。事前に正解を一つと決めずに分岐を適宜考えるのが好き。推測し、それをこなす、それが結果に現れる、というスパンがわかりやすい。


好きなデッキについて

ただ、最近はランダム性を味わえる好みのデッキ(ガラクロンドローグ)がやや落ちぶれているおかげで、どうしても使うモチベーションが湧かない。デッキは好きではあるが、どうしてもパワーでねじ伏せられては悲しい気持ちになる。
どうしても競技シーンを見てガチ寄りに考えることが多いので、ゆるく遊んでいたとしてもそんなに強くないという事実が脳裏によぎるだけで満足できなくなってしまう。
「強くて楽しいと言えるのが最高で、それ以外は納得できなくて気になる」と、完璧主義な思考が出てきているのかもしれない。


ゲームに対しての取り組み方

好きな思いと強いのを使って勝ちたい思いは相反するので難しいと思う。どうしても目的ありきで遊びをしてしまい、その目的が勝つために考えることになってしまっているので、一度ただ純粋に楽しむために遊ぶのはありなのかなと思う。
ゲーム内のランクシステムがあるとどうしても負けた事実をゲーム内で押し付けられる感覚があるが、ゲームに遊ばれているんじゃなくてちゃんとゲームで遊んでいるという意識を持って取り組むことが大事だと思った。

また、ランダム性の話だと、画面上でよくわからないけど動作して、勝った負けただけ見ても面白くないのは介入要素が少ない。ランダムに振り切っているものがそうだ。(ヨグサロンのパズルボックス)

もちろん、ヨグサロンのような効果は独創的で面白いと思う。ただ、フレンドマッチでワイワイするぶんには良いが、トーナメントシーンを想定して考える上で採用されていることについてはそこまで面白いと感じない。これも、上記したように目的や結果ありきで遊びをしているせいなので、もっと純粋に挙動を楽しんでみる意識改革が必要に思えた。

これも目的ありきで考えていることにも思えるけど、必要以上に1つの物事について1つの視点で考えすぎていたり、むしろ考えていなかったりすることでもあると思うので、もっと物事を多角的に見て、本質を追求していくのは、自分が楽しむためにはまた別に必要なことだと思う。


MTGについて

ランダム性について、これはどのゲームも同じようなことが言えると思うので、Shadowverseをやらなくなる理由には直結はしなく、むしろ他のゲームをやらなくなる理由にも言える。

現にMTGについては取り組み方を見失っていて、スタンダードにはあまり精力的に取り組んでは居なく、MTGアリーナでデイリーをこなす程度。基本はドラフトで遊ぶことが多くなっている。
これについても目的が必要だと考えすぎていたり、ランクや競技シーンへの参入が知識や経験不足のせいで納得いくところまで勝てないだろうということからの挑戦への回避が原因かと思われる。わからないことが出てきた時に、自分なりに対処して納得できた経験がないので不安になっている。

これはMTGのスタンダードを競技的に取り組もうとしていないせいで、情報の調べ方や調整の仕方が下手だったり、コミュニティを形成していないため刺激が足りないためだと思っている。
ただ、他のゲームで培ってきた「勝ち方」は応用できるし、情報についてもないわけではなく出回っているので、あとはどのように情報を活かすか、納得行く決断を自信を持ってできるかに焦点が当たると考えている。

どれに対しても思っていてフルコミットできていない現状と、挑戦しない自分への安堵感で現状が形成されていると思っている。
この甘えていて結果につながらず満足もできていない状況を打破できるために、ゲームをプレイすること以外にも考え方を少しずつ修正し、納得行く行動ができるよう日々考え続けている。


Shadowverseについて


上記のhearthstoneやMTGで取り上げたランダム性や取り組み方についての想いを踏まえて、Shadowverseについて書いていく。


もちろん他のことでも起きるし捉え方次第ではあるけど、確率が絡むゲームであることから多くの試合数を要求されることと、数値化してもパッと見でわかりにくいという要因があるように思える。

特にカードの効果をなぞって強いカードを叩きつけあっていれば勝てるといったゲームでは、メタゲームや細かい構築の差異で勝敗が決まることが多いが、プレイの判断が難しいゲームそれは単純にゲーム性だけを比較すると下位互換と言える。

ちなみに、昔のShadowverseがそうだったものの、今はエンハンスやアクセラレートなどで選択肢が増えたおかげで分岐が増えてきて変わっているとは思う。そのため、自分が未だにそうだと思い込んでいる可能性はある。

もちろん、このことは他のゲームにも言えると思うし、
Shadowverseがわかりやすいからそのような部分に対してより意識が向いてしまうのかもしれないし、
自分が本質を見抜こうとしすぎてバイアスがかかっていたりだとか、
自分のゲームへの理解度が高まったからそのぶんよりアラが見えているといったことも考えられる。

ただ、立ち回りのゴールがアーキタイプごとに固定化されすぎてて、変化を感じられない。nターン目にはこのアクションがこれぐらい強い、などと、AIに任せたら簡単に分析してくれそうなほどの情報量という感覚。

プレイヤー同士の読み合いが深いわけでもなかったり、ランダム要素に関して取り組めるわけでもないため、MTGやハースストーンとはどうしても劣ってみえるし、それに勝る要素があまり感じられない。


それでもやっている理由

まず、ゲームをプレイするようにゲーム側から誘導されているのがあるのかなと思う。


イベントの楽しさやパックが引けることによる獲得した体験、それにおける習慣化に寄るものだと思う。もはやカードゲームは関係なくソシャゲのように報酬を与えられて、やらなきゃとなっている状態である。


この手の話はシャドバだけに言える話でもないし他のゲームにも取り入れられてはいるが、MTGアリーナとハースストーンと比べると、妙に報酬が美味しいせいでやってしまう。これのお陰でパック課金なしで遊べているので、金銭面での費用に対して遊んでいる時間はとてつもなく多いので、客観的に見た時にすごいなと思わされる。

まず、遊ばせることからスタートする広告のようなものだろうと思った。配布や大会など、国産ゲームなのに規模の違いは感じるしそこは純粋に凄いと思う。ただそれにのっかってやり続けるのが自分にとって本当に良いかどうかは別の話。


周りにやっている人が多い

次に、周りにやっている人が多いことも影響してくると思う。

ポケモン関連の知り合いでもやっていたり、話し相手がいるぶんモチベーションに繋がることは多い。コミュニティもフラットで入りやすいイメージ。ただ若年層が多かったり、ガチ層の中でもストイックなプレイヤーは少なくて、雑に選んでも質は劣るように見えることは多い。

なんならちょっとゲーム好きな女の子ですらやっていて、実際にShadowverseが女性とのコミュニケーションのきっかけになったことはあった。(ただ自分はガチでやっているし、早口なオタクなので語っても温度差はあるし、そうした大体の女性プレイヤーは他のゲームの箸休めにゆるく遊ぶ人が多かったので、心から楽しめるということはそうそうなかったが)


コミュニティの話だと、どのゲームでも実績を付けて強者の居るコミュニティにコミットするのが成長の秘訣だと思うので、やはり取り組むことは減らしてある程度は集中したほうが良いなと今書いていて思わされた。
ヴァイスはチームに入っていないし(そもそもチームに適応できなさそうではある)、ポケモンの身内コミュニティはかなりの実績者が多いが、入っているありがたみを実感できていないのか、ポケモンの面白さと環境の良さはあるのに、どうしてもプライドだとかが邪魔をして生産的に取り組めていないことが邪魔をして機会損失をしていると感じた。

精力的に取り組めるよう意識改革していきたいし、この記事を書きながら思考を整理していきたい。


デザインやグラフィックが好き

フィーリングに寄るものだと思うが、日本人受けする内容だなと思うし、自分も好みなのでやっている。

ライトユーザーをひきつけているのも、こうした側面が大きいと思う。爽快感のあるカードとしてバハムートのメンコなどと揶揄されることは多いが、最近は選択肢が増えたりと難しくなりすぎているようにも思えるのは、強いカードを作ることが売れるし選択肢があったほうが面白いので、やはりカードゲームだなあ、といったところ。


まとめ

ゲームの調整の仕方に対しての不満もあれば、個人的な取り組み方や考え方による部分もあって、競技的な取り組み及び競技的に考察することからは、しばらく離れてみようと思う。RAGEには申し込んだが、出ないとは思う。

引退宣言するやつはすぐ帰ってくる、辞めるやつは黙って辞めるとは言うが、別にずっと辞めるわけではないというのは保険ではなく言っておきたい。というのも、環境初期特有の考察であったり、2pick/Open6といったリミテッドはゲームジャンルを問わず好きなのでやるとは思う。
これまで長年やってきたゲームなので、答え合わせという意味でRAGEやプロリーグの結果は気が向けば追うだろうし、ガチャガチャのついでにパックがむけるのでルムマとかも、無理ない範囲でこなしてみるつもりでもある。

ただ、競技シーンからはしばらく離れそうだし、シャドバに限らず時間の使い方であったり、デイリーなどで囚われていることに対しての考え方を変えるいい機会だなと思う。


こうしたことってゲーム以外にもよくあることで、距離が近すぎることは良くないと言われる。
取り返しのつかないところまでストレスになってしまい拒否反応が出るということはある。恋人だって好きなゲームだって、好きだからこそ付き合い方を考えたり、自分が大切にしたいと思える気持ちを優先したりすることはあるし、今は受け入れられないことであっても、時間を置いてから価値観が変わってまた好きになることだってある。

そして、Shadowverse以外のゲームに対しての取り組み方を考え直すきっかけにもなったので、試しに動いてみたい。一旦行動を変えてみてから考えてみるというのも何事においても大切。

むしろ、ぬるま湯に浸かっていた状態から抜け出すための刺激をくれたのかもしれない。ただ、人は救ってもらうのではなく勝手に救われる(化物語:忍野メメの名言)とは思っていて、きっかけはあれど自分なりに客観的に見れたのは成長の証だと思うし良い方向につながっていくのかなと思う。

本当に楽しいと思えることを自問自答しつつ、これからも楽しくゲームで遊んでいきたい。

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