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転職の経験が活きて妻と出会えた話(17) 仲間が増えた 後編

「そうだねー、どこから話したものか。」
・・・
おでんと日本酒で口を滑らかにさせつつ、婚活エージェントのサービス概要と感想を一通り伝えた。
「ふーん。悪くなさそうね。」
興味がおありなご様子。
正直、我が姉ながら、器量よしな女性だと思う。
ただ、色気よりも食い気。食い気よりも男気。
実際、子どものころ、姉にはたくさん助けてもらった。
2人で迷子になって途方に暮れていた時も、姉は気丈だった思い出がある。
部活の話も、仕事の話も色々と聞いてきたけど、
『苦しいときは私の背中を見て』
澤穂希選手が北京オリンピックでチームメイトに伝えたというこの言葉は、この姉にも通じると思った。
「じゃあ、紹介しようか?たしか、紹介の割引があったような。」
個人的には、姉が望むのであれば、心の通じ合える伴侶を見つけてほしいと願っている。
「そうね。ま、でも、あと、もう少し、あなたたちの話を聞かせて。峠、いま何人の女性とお見合いしたの?」
「うーん……40人くらいかなぁ。」
「よんじゅうにんっ!?え、そんなにするもの?」
お猪口を置いて、驚く。
すかさず年長者に酒を注ぐ祐介は、さすが体育会出身。俺と違って、彼は大学時代も部活に励んでいた結果、もはや反射の模様。
「いやー、あーちゃん先輩に、『たくさんの女性と会って、異性と話すことに慣れなさい。それから、自分が本当にどういう人を望んでいるのか、その中で見つけていきなさい☆』って言われてね。まぁ、姉ちゃんは、そんなに会わなくてもいいんじゃないかな。」
「うわー、それを素直に実行するあなたもスゴイわ。木村くんは?」
あーちゃん先輩のモノマネはスルーされた。……凹む。
「あ、俺、63人っす。」
マジか。上には上がいた。毎日のように婚活談義をしていたけど、人数は初めて聞いた。
「え……それ、1週間に5人とかと会っていない?」
「そうっすね。平日、仕事上がりに1人会うこともあれば、土日にダブルヘッダー、下手したらトリプルヘッダーとかざらっす。大手町でランチ、品川でコーヒー、青山で紅茶って感じですねー。」
「うわー……誰に何を話したか、混ざっちゃわない?」
「その危険はありますねー。全部、Evernoteにメモってますけど、仮交際に進んで2回目会う時は、しっかりとメモを見返します。」
俺もGoogle Keepにメモを付けている。
「まぁ、結局、振られることが多いから、さっさと切り替えて次のアポイントに気持ちを向けるかな。でないと、引きずってしまって、振り返りすらできないってのもある。ちょっと就活とか転職活動と似てるかもね。」
1社落ちても、別の会社の選考が残ってたり、すぐに次の面接が決まったら、気持ちが前を向ける。気持ちが前を向けないと、建設的な振り返りすら、MP(メンタルポイント)が足りなくて進まない。
「すごいわねー。まぁ振られることが多いと言っても、そこそこ仮交際に進んでるんじゃないの?」
「俺、4人目。」
「俺は、6人目っす。」
「その中で今も仮交際が続いているのは?」
「俺は、1人。しかも明後日会うのが仮交際に入って初。」
「俺も1人っす。」
「……え、なんで?」
心底、不思議がられる。
「基本、最初の方はほとんど初回のお見合いでお見送られた。20人目あたりから、仮交際に進める人が出てきたけど、俺が筆不精で断られたり、タイミング合わなかったり、向こうが違う人と次のステージに進んで振られたり。」
「いやー!上手くいかないもんすね!!」
祐介も似たような状況であることは、日々聞いている。
「あーちゃんには相談したりしてるの?」
先輩と姉は盃を交えた結果、あーちゃん、りっちゃんと呼び合う仲になっていた。
あ、ちなみに姉の名前は律子です。
「むしろ、がっつりカウンセラーかな。」
「いや、コーチ?たまに修造が入る時も。」
確かに。
基本、真摯かつ親身に、時に熱く気力を湧き立たせてくれる。
……いい先輩だなぁ。ありがたやありがたや。
心の中で、手を合わせる。
「ま、あーちゃんがコーチングしてくれてるなら大丈夫でしょ。私も結婚どころか彼氏すらいないんだし、あんまり言える事ないわ。むしろ、2人の側ね。」
姉のお猪口に酒を注ごうとして、空であることに気づく。
2合が空いた。
……はえー。
「すみませーん!梵 日本の翼を1合、それから十四代 龍泉1合くださーい!」
「え、なんだ、この店。希少な日本酒のオンパレード頼めるの?」
「あれ、祐介、初めてだっけ。ここ、俺の唯一の行きつけ。」
「聞いてねー。もっと早く教えろください。」
軽くクレームを言われた。
正直、この店は1人で愉しむ気しかなかったのを、ひょうんなことから姉に見つかり、2人で飲むときの第一候補となっている店だった。
他にも、田酒、作、醸し人九平次、黒龍、磯自慢などなど、個人的に好きな銘柄をよく仕入れてくれているのが嬉しい。
細かな手が加わってはいるものの、旬の野菜の味を上手く引き立たせる一品料理とよく合う。
昭和を感じさせる店の雰囲気も気取らず個人的には落ち着くし、お客さんの顔がみんな幸せそうなのも居心地がいい。
このお店の酒と料理と雰囲気が、前職時代の唯一の楽しみだった。
……あれ、目から水が。
(閑話休題)
違う。このままだと、孤独のグルメになってしまう。
「ま、じゃあ、今度、担当の岸田さんに言っておくよ。紹介手続きが分かったらLINEで連絡するね。」
「んー、よろしくー。」

姉が仲間(パーティ)に加わった。

頂いたサポートは、今後の創作の助けとさせて頂きます。面白く、楽しんで頂ける作品を紡いでいきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。