見出し画像

転職の経験が活きて妻と出会えた話(18) 仲間の卒業

【仲間の卒業】
「おっす。」
「よっす。」
恒例の昼休み婚活談義ーーと言いたいけど、実は久々の近況報告会。
1ヶ月半ほど、別の拠点のプロジェクトに応援異動となっていた。
ホームグラウンドは落ち着くなー。
「あれ、今日の昼飯は?」
珍しく佑介がカップ麺を持っていない。
「お赤飯。」
「......なぜ?」
「実は結婚することになりまして。」
ーーなんと。
「おぉマジか!おめでとう!」
「うむ、ありがとう。友よ。いや、義兄弟と呼ばせてくれ。」
同志から義兄弟になった。まぁ、確かに何度か盃は交わしてますが。
「で、相手は?2ヶ月くらい前に仮交際になったって言ってた女性?」
「いや、田尾の姉ちゃん。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ん?」
ぱーどぅん?
「田尾の姉ちゃん。律子さん。」
・・・
「大事なことなので、二度言いましーーって、どうした、おもむろにモップを手にとって」
リフレッシュルームには、清掃用具の収納スペースがあり、モップ類が置かれている。
「Go to(ごーとぅー......)」
扉を空け、強度が最も強そうな1つを手にとった。
「Hell(へーーる)」
振りかぶって、祐介へ飛びかかる。

「やめなさい......」

いつもの声の主に宙で首根っこを捕まれた。
「ぐぇっ......」
いつの間にか背後を取られていた。気配を感じさせないこの人は、何者なのだろう。
「落ち着いて、席に座りましょうか。」
モップを取り上げられ、席の上に落とされる。キレイに椅子の座面にお尻から着地。
「正直、意外だわ。タオちゃんがシスコンシンドロームだったなんて......」
「原因不明の病態を持っていたことが判明した、みたいに言わないでください。俺は至って冷静に正常です。」
「この受け答えだけで、『自覚症状なし』のカルテが書けそうね。」
ーーんなこたーない。
「まずタオちゃん、りっちゃん好き?」
「ええ、まぁ、俺にとって、子どものころから良い姉ですし。」
当たり前のことを聞かれる。
「お姉さんには、支え会えるパートナーと温かな家庭を持って欲しいと思ってる?」
「はい。もちろん。」
それはそうだろう。
「支え合えるパートナーがたまたま高校の同級生だったら?」
「刺しますね。」
「なぜっ!?」
祐介が大きな声をあげる。
ーー?
何か可笑しなことを言ってるだろうか。
「よし、私の問診は終わり。中々の重度ね。」
ーー重度?
「タオちゃん、ここ数分のやり取りは忘れなさい。」
「よく分かりませんが、分かりました。なんだか、心に強いインパクトのあった数分は忘れていいということですね。」
「そうよ。」
強く首肯した後、先輩が祐介の方に向き直る。
「祐くん、とりあえず、出直しましょ。インシデントが発生したから一旦切り戻して、原因特定と対処のうえ、再リリースね。」
本番移行とコンティンジェンシープランの話?
「そうっすね。ちょっと予想してない障害で、対応方針が見えないのでコンチプランの発動、承知しました。」
・・・・・・
・・・

その週の金曜日の夜、姉ちゃんに誘われて、新橋のいつもの居酒屋に出向いた。
「峠、私、結婚しようと思うの。」
「早くない?」
「……数分間の記憶喪失になったわけではなさそうね。」
けっこう、複雑な心境で、整理はついていない。
祝いたい気持ちと、何か近しいものが自分から離れるような寂しい気持ちとが混在している。
「まだ初めて会って、2か月ってところだろ。」
「単純に、合ったのよ。自分がどう生きたいのか、どう在りたいのか、みたいな人生観だったり、生活設計だったり、単純に波長だったり。」
「人生観と、生活設計と、波長ねー……。」
「峠は、どういう生き方をしたくて、どういう生活や仕事をしていきたいの?」
「新しいサービスを仲間と生み出して、社会に受け入れてもらい、いまより豊かな社会にしていきたい。」
「サービス企画・設計から関わって、システム開発・運用、サービス運営まで、やり切りたいって言ってたものね。」
「そう。」
「私は、月並みだけど、世のため人のために働きたい。」
確かに、姉が中学生くらいから、その言葉を聞いている。
「これは私の持論だけど、社会を良い方向に進めていくには、いまの峠のように1人1人が自分の人生を生きることが大事なのだと思っている。でも、自分の人生をどう生きるかなんて、考えられないような状況にある人もたくさんいる。具体的に、福祉の在り方も、教育の在り方も、どういう制度設計と運用をしていけばいいか、手探りは多いけど、みんなが自分の人生をどう生きていくのか考えられる行政サービスができたらいいな、と今時点では思っているの。」
これが姉のクレド(心がける信条や行動指針)なのだろう。
新卒の時、ジョンソンエンドジョンソンやリッツカールトンについて書かれたビジネス書を読んで、自分なりのそれを掘り下げていこうと思った。自分のそれと、勤め先のそれが通ずるか、それも転職先の選ぶ指針だった。
ああ、姉も持っているのだと、心に響いた。
「そして、人生って、仕事もプライベートも、全部つながっていくと思ってるのよね。家庭も持ちたいし、できれば子育てもしたい。将来いつか来る、父さんや母さんの介護もしたい。逆に、したいと思ってるけどできないこともあるかもしれない。できても、できなくても、そこで経験する色々な感情こそが自分の人生の糧だし、その人生経験が、『よい社会ってなんだろう』と探しながら仕事をしていくヒントというか、基礎というかになっていくと思うの。」
「姉ちゃんは、すげーな。俺は、どういう仕事をしていきたいかしか見てなかった。」
「んーん。これは、たぶん、私が地方公務員で、色々な立場の人を見ているから思ったことだと思う。峠は峠で、自分なりに掘り下げた信条、クレドだっけ?とマッチする会社を選んだんでしょ。それは、なかなかできることじゃないわ。」
自分なりの積み重ねを肯定してもらえると、心がフワフワと喜色に満ちる。
「個人と会社だけでなく、個人と個人も、生き方が響き合う出会いは、心が湧き立つんじゃないかしら。その有難さに感謝の念を抱き、一緒に響き合っていく積み重ねが、愛しさと慈しみになっていきそうな気がしているのよね。」
「好きなマンガのセリフで、『核融合なんて目じゃない』って、愛を表していたけど、個人的にはまだその感覚がよく分からない。」
「んー……。私は、『人格そのもの、魂そのもの』が愛だと思っている。人生を通じて、生活や仕事の中で、それが強く通じたり、深く繋がっていく気持ちが『愛する』感覚なのかもと。分かんないけどね。」
末尾で笑って逃げ道を作られたけど、姉なりのいまの答えを持っていることは分かった。
「で、それを祐介との間に覚えたから、結婚したい、と?」
「そ。」
「……まぁ、感覚的に分かんないこともあるけど、姉ちゃんが思っていることは分かった。あと、自分のパートナー探しの大きなヒントをもらえたようにも思う。」
「分かってもらえて、嬉しいわ。」
複雑な気持ちは、少しだけ和らいだ。
お猪口をあおり、甘露で寂しさを緩める。
「姉ちゃん」
「なに?」
「おめでとう。」
「ありがとう。」
とても綺麗な笑顔だった。

仲間が2人、パーティを卒業した。

頂いたサポートは、今後の創作の助けとさせて頂きます。面白く、楽しんで頂ける作品を紡いでいきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。