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映画 「父と暮せば」

当時ブログに書いた文章をnoteに載せてみたくなりました。
※映画公開時の感想です

=2004.08.22の記事=

「映画 「父と暮せば」」

監督:黒木和雄
出演:宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信

もう少し、あともう少しこのまま見ていたい。そう思った映画でした。

ここには私たちが失くしたものが溢れています。
それは例えば、まなざしの優しさです。

この「父と暮せば」は、黒木和雄監督の戦争レクイエム三部作の完結編になるのだそうです。一作目は長崎の原爆投下までの市井の人々の24時間を描いた「TOMORROW/明日」。二作目は監督自身の戦争体験をもとに作った「美しい夏キリシマ」。そして三作目の「父と暮せば」は、広島の原爆投下から3年後が舞台になっています。

「TOMORROW/明日」で深く感銘を受けたので、この映画はぜひ見たいと思ってました。原作は井上ひさし。出演は宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信。ここまで役者が揃えば、これはもう見るしかありません。

広島の原爆投下から3年後の夏。美津江(宮沢りえ)は一人で暮している。原爆で自分だけが生き残ったことに負い目を感じる美津江は、ある日、青年(浅野忠信)と出会い、お互い惹かれ合うが、美津江は幸せになることを頑なに拒んでしまう。そこに原爆で亡くなった父(原田芳雄)が突然現れる。自らを「恋の応援団長」と名乗り、なだめ、すかし、励まし、なんとか娘に幸せになってもらおうとするのだが・・。

この映画は基本的に二人芝居です。浅野忠信も少し出てくるけど、ほとんど宮沢りえと原田芳雄の2人のみ。この2人がすごく良い。宮沢りえは「たそがれ清兵衛」で見て、ものすごく好感を持ちました。この「父と暮せば」もそうですが、女性的な情感あふれる演技です。いつのまにこんな役者さんになったのでしょうか。そして原田芳雄も素晴らしい。この「おとったん」は最高です。広島弁の父娘の会話が生き生きとしています。何気ない仕草や言葉に細やかな情感が漂って、それが見る者を嬉しくさせます。

二人芝居とはいえ、この父は娘が生み出した幻だということが、映画を見はじめてすぐに分かります。つまりこの映画の本質は一人芝居といえます。幸せになりたいという自分でも気づかない思いが、父という姿を借りて現れたわけです。幸せになってはいけないという意識、幸せになりたいと願う本心、その葛藤の物語です。

「うちはしあわせになってはいけんのじゃ」

頑なに幸せを拒む娘。広島に原爆が投下された日、娘は何を体験したのか?次第に明らかにされていきます。友を失い、父を失い、自分だけが生き残る後ろめたさ。この映画を見て感じるのは、なぜ罪もない人たちがこんなに苦しまなくてはいけないのか?ということでした。戦争が否応なくすべての人の心に影を落とす悲劇。どうしてこんなことが起こるのか?時に激しく、時に静かに、この映画は語りかけてくれます。

原田芳雄と宮沢りえが演じる、親子が死に別れる再現シーンは映画史に残る傑作です。2人が語り始めると、原爆が投下された直後の、あの「ヒロシマ」が見えたような気がしました。回想シーンで話を進めるのが映画のセオリーですが、あえてそれをやりません。舞台劇そのままに、2人の演技で再現していきます。娘を思う父親の気持ちが、原田芳雄の真っ直ぐに突き出されたこぶしに象徴されていて、胸に迫りました。過去も未来も変わらぬ愛情が、そこにはあります。

父に励まされ、悲しみを乗り越え、未来に目を向けるまでの4日間の物語。ぜひ劇場に足を運んで見てください。それだけの価値はあります。



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