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タヌキの親子見聞録 ~熊野古道編⑨~


第1章 圧倒的な那智の大滝

 熊野三山の最後の目的地である熊野那智大社で、那智の大滝を近くで見ずに帰ることができようか。蒸し暑くても、足の膝が笑っていても、那智の大滝の側で、あのマイナスイオンにじかに触れないで帰るのはあり得ない。

「よし、とにかく水分補給しながら、頑張って下まで歩こう」

 自分で歩かないと、目的地までは行けないのだから、タヌキたちは力を振り絞って石段を降りて行った。

那智の大滝を見るために下へ

車が通る道を気をつけて渡り、大きな石段があるところまで歩いて行く途中で、兄ダヌキが石の上に飛び乗ってうつぶせにこけた。

「ばかっ!雨上がりに石の上に飛び乗るやつがあるかっ!」

 暑さと疲れでイライラしている母ダヌキは、いつも思わぬところで怪我をする兄ダヌキが、また軽率な行動をとるので雷を落とした。ここで手や足でも折ったら、どうしようもない。

「もう中学生なんだから、よく考えて行動しなさいっ!」

 暑い中で怒ったものだから、脳の血管が切れそうだった。その後も、段差の激しい石段を降りて行くのに、湿って滑りそうな場所を気をつけながら降りて行き、ようやく飛瀧神社の入口にたどり着いた。

飛瀧神社入口

飛瀧神社の入口には白っぽい鳥居があり、そこをくぐるとまだ石段で下へ下らないとならなかった。階段を下っていくと、何人かはすれ違ったが、人は多くなかった。一番下の石畳にたどり着くと、石畳の向こうに大きな滝が見えた。

那智の大滝

これが飛瀧(ひろう)神社のご神体である那智の大滝だ。高さ133mの断崖をまっすぐ落ちてくる大滝からは、水しぶきや轟音とともに神々しい空気が放たれていた。

「すごいね」

 タヌキたちの語彙では言い表せないその風格は、圧倒的な自然のエネルギーとその自然に対する畏敬の念が作り上げた何かなのだろう。なによりも、たまった疲れと体にダメージを与えるほどの湿気と暑さの中で、力を振り絞ってここまで来て、那智の大滝が見られた達成感は、何にも代えがたいものだった。

「お参りしよう」

 滝の近くにある白っぽい鳥居まで近づくと、タヌキ一家はお参りした。それから、もう少し近くで見るのに、御滝拝所舞台に入るために大人300円小中学生200円を支払い、那智の大滝に近づいて行った。舞台までの途中に、延命長寿の水とも言われている那智御瀧の滝つぼの水を飲むことができたので、喉がすごく乾いていたタヌキ一家は滝つぼの水をたくさん頂いた。

延命長寿の水はとても冷たくて美味しかった

 舞台では、水しぶきが感じられるほど近くで大滝を見ることができた。延命長寿の御利益があると言われているが、そんな御利益よりも、大滝に出会えた幸せが胸いっぱいに広がり、熊野那智大社からずいぶんと下ってきた苦労が瀧のしぶきに消えていくような気がした。

 平日だったからか、舞台で長時間いても他の人が来ることが無かった。十分満足するまで大滝との時間を過ごし、階段を再び登るために舞台から降りた。

 飛瀧神社から去る前に、階段横に「光ヶ峰遙拝石」という石が置かれているのに気が付いた。光ヶ峰は熊野の神様が降臨したと伝えられている御山で、那智山熊野信仰の原点となり、この石は原点の地である光ヶ峰に通じているので、この石を撫でるとその原点のお力を頂くことができると伝えられていると書かれていた。1回撫でると縁結び・心願成就、2回撫でると金運隆昌・家内安全、3回撫でると厄除け・身体健勝が叶うらしい。タヌキ一家もお力を頂くため、「光ヶ峰遙拝石」を撫でて飛瀧神社を後にした。

第2章 こんなところでめはりずし

 登りの階段は、この旅の中で一番きつかったかもしれない。体中から汗がしたたり落ちる暑さだったので、何段か登ると飲みものを飲むために止まらないとならなかった。飛瀧神社の入口まで登って、道路沿いの道を少し行って、さらに上に行くために大きな石段を登って行かなくてはならない。時刻はまだ11時前だったが、体中から汗が噴き出ていて、一歩足を上にあげるたびに、ジーパンが足にまとわりついて負荷をかけた。

「どっちの道に行ってみる?」

 最終的には、最初に行った社務所に行ってお守りを買って帰りたかったので、そこへ行く一番の近道を通りたかった。そして、あわよくば、この熊野那智大社のどこかにあるという、熊野もうで餅を売っている珍重庵の茶店でひと休みして、お土産の熊野もうで餅を購入して帰りたかった。

「わからんけれど、あっちの方が社務所のある方向だから行ってみよう」

 母ダヌキは兄ダヌキと先頭を歩き、父ダヌキと弟ダヌキは後を追いかけた。人の家の庭か畑のような場所の横を通りさらに細い石階段を太陽にさらされながら上へと目指す。

「はぁ~、もう疲れたぁ」

 一番先頭を歩く兄ダヌキの後を追いかけていた母ダヌキは、階段を登りきると膝に手をついて弱音を吐いた。

「もう休みたい」

 その時、ふと右手を見ると、お寺とは違う建物が暖簾を出していた。暖簾の向こう側には、黄色地に黒い文字で、「無病息災 熊野もうで餅 お食事・ご休憩処」とあるではないか。

「父さん!あったよ‼もうで餅売ってるところ!」

 母ダヌキは興奮して、階段を赤い顔をして登ってきていた父ダヌキに知らせた。

地獄の仏の珍重庵

「ここで休もう。もう暑くて死にそう」

 タイミングよく表れた熊野もうで餅を販売する珍重庵は、タヌキ一家の救世主となった。店内に入ると、お客はだれ一人おらず、一番見晴らしのいい席に座ることができた。タヌキたちは、熊野もうで餅とお茶のセットにしようと最初は話していたが、メニューに「冷やし小倉白玉」とあったので、兄ダヌキと弟ダヌキはあっさり変更した。この時「冷やし」とついたものに勝るものは無かっただろう。父ダヌキは食欲が無いから何でもいいと言うので、母ダヌキは「熊野もうで餅」と「水もうで」という熊野もうで餅の水まんじゅう版と抹茶のセットを注文した。

「あっ、めはりずしがある」

 メニューを見ていると、母ダヌキは昨日食べ損なってから、ずっと食べられていない南紀名物を見つけた。

「食べようやぁ。もう帰ったら、食べられん」

 食欲が無い父ダヌキは食べられるか不安だったが、二つくらいなら、みんなで分ければ食べられるだろうと了承した。

体中から汗が噴き出しているタヌキ一家は、ボディーシートで汗を拭いて注文したものを待った。ガラス窓から見渡せる那智山からの眺望は緑が生き生きとしていて、美しかった。タヌキ一家がこうやって休憩するために店に入ることは珍しい。

「やっぱり、休むことも必要だね」

 今回の旅は、今までタヌキたちがやらなかったことがいくつかあり、やってみて良かったと思うことが多く、発見もたくさんあったように思えた。

「冷たくておいしい」

 兄弟タヌキは初めて食べる「冷やし小倉白玉」を、本当に美味しそうに食べていた。

氷が涼し気な「冷やし小倉白玉」

めはりずしも、目を見張るほど大きくて美味しいという意味があるということをお店の人に教えていただいて食べたが、本当に美味しく、汗で流れた塩分を補うのにいい食べ物だった。

やっと出会えた「めはりずし」

「熊野もうで餅」は間違いなく美味しかったが、「水もうで」は熱い時期にぴったりな甘味で、お土産に買いたかったがお店になく残念だった。抹茶で甘くなった口を直すと、背筋がシャキッとするような苦みで、あったかいのに汗が引くような清涼感があった。

抹茶との相性がいい「熊野もうで餅」と「水もうで」

「ごちそうさまでした。お世話になりました」

 汗だくのタヌキたちを快く迎え入れてくれたお店の人達に感謝して、もうひと頑張りして熊野那智大社の社務所へ向かった。

お土産も買いました

第3章 それそれのお土産

 社務所へ向かうと、本宮でも速玉でも購入した、烏午王神符800円を購入した。ここの神符は、那智御瀧の水で墨を摺り、神職の人が一枚一枚作られており、古くから魔除けの御札としてお祀りされているらしい。

「これで3カ所全部の神符を制覇した!」

 父ダヌキは満足そうに、大事にカバンにしまうと、朱塗りの鳥居をくぐって駐車場へ向かった。

 駐車場は屋根のある所で、レンタカーの窓を薄く開けていたので、車内の温度は思ったよりは熱くなくてよかった。細い那智山のくねくね道を降りて行くと、レンタカーを返却する紀伊勝浦駅近くの営業所までの道は空いており、思ったよりも早く駅についた。

「帰りに電車で食べるものを買いに行こう」

 帰りのくろしお号乗車時間まで1時間ぐらいあったので、新大阪まで4時間ちょっと乗らなくてはならないタヌキたちは、電車で食べる軽食を買いに紀伊勝浦の町を少し歩くことにした。駅の目の前にある足湯にはお湯は出ておらず、駅前のメインストリートと思われるところには人影はなかった。とにかく暑いので、人は日陰に入って休んでいたのかもしれない。軽食が買える場所が無かったので、少し遠くまで歩くとファミリーマートがあったので入っておむすびを買って帰ることにした。

「オレ鮭!」

「ツナマヨ!」

「あっ、とり五目も」

 兄ダヌキも弟ダヌキも好きな具をいくつかカゴに入れると、何かに気付いて一生懸命見ている。

「何?買い物して駅に戻るよ」

 母ダヌキが言うと、

「ここポケモンカードがある。少し古いやつだけど珍しいから買いたい!」

「オレ3つ買う!」

「だったらオレも3つ買おう」

 兄ダヌキも弟ダヌキも、熊野三山を歩いた思い出よりもいいお土産を、最後の最後で手に入れたようで、ポケモンカードを手に入れてご満悦で、炎天下の紀伊勝浦に兄弟タヌキの笑い声が響いた。

 母ダヌキは、駅への帰り道の八百屋さんで見つけたハウスみかん350円を手に入れると、子ダヌキたちまでとはいかないが、うれしい笑顔を浮かべて駅へと歩いて行った。

 駅まで来ると、駅の目の前にあるお湯の入ってない足湯のベンチに、外国の人が2人並んで座り、助六寿司を食べていた。彼らも、これから熊野古道を旅するのかなと思いながら、紀伊勝浦の駅へタヌキ一家は入って行き、パンダのくろしお号で和歌山を後にした。

紀伊勝浦駅


和歌山県公式観光サイト
この旅で参考としたガイドブック

和歌山県公式観光サイト

編集後記

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