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小さく重い僕を抱いて

ちゃこさん『罪なきふたり』 に感化されて。
https://note.mu/ahs345/n/n0f7ffee18232

こちら、めちゃくちゃエモいです。
まだ読まれていない方は是非。必見です。
(※本作品を読まれてからちゃこさんの『罪なきふたり』を読まれる方がきっと後味がいいです。読み心地的に)



ただ「優しい」。
そう褒められただけの男が、夜を映す窓ガラスに浮かんでいた。どこか冷めた横顔の裏で、その男は懸命に奥歯を噛み締めている。
そのことを、僕は誰よりもよく知っていた。


「分からない」

「結婚しよう」
そう言った僕に、彼女の答えはあんまりだった。

はにかんでくれると疑わなかった彼女の顔は、僕が指輪を見せた瞬間に硬直し、その唇は半分開いたまま、何も言葉を発さなくなってしまった。

「…嫌?……なにか、不安…?」

なんでもいい。なんでもいいから、彼女の心に引っかかる小骨を取り除きたかった。それなのに、漸く僅かに首を揺らした彼女から出た言葉は、「分からない」、だった。

「あなたには幸せになって欲しいから」

なぜ、どうしてそれをきみが言うかの。
きみが心から言ってくれたろうその言葉は、僕にとってあまりに残酷なものだった。

じゃあ、僕がきみの幸せを願うことだって、許されるはずだ。きみの幸せを想い、その傍にいることを、どうしてきみは拒むのか。

喉を通そうとした言葉達を、それでも僕は思いとどまった。
彼女に言葉をかければかけるほど、僕は彼女に嫌われてしまうような気がした。そんなもの、僕には到底耐えられなかった。


きみの言葉を聞けば聞くだけ、僕はきみが分からなくなった。
ただ僕は、「なぜダメなのか」。ただそれだけが、知りたかった。

「もういいよ」

そう笑うのが、僕の精一杯だった。
僕が「結婚しよう」と言う、その直前までの時間を、僕は懸命に手繰り寄せた。きみのお皿に乗せたデザートの苺は、いつもの様にきみの笑顔を引き出す役目を果たしてはくれなかった。

口の中では、ただその瑞々しさだけが感じられた。甘いのか、苦いのかすらも、僕にはよく分からなかった。

「結婚してもいいな」と、なんとなく思い始めた三十代のはじめ。
そんな頃に出会ったのが、彼女だった。

ほうっておけないような彼女のドジが好きだった。それでも一人で立っていられるような、自立した芯の強さに強く惹かれた。会話の節々に感じられる、彼女特有の感性を、僕も真似てみたくなった。彼女の使う言葉を、僕は真似て使うようになった。

散歩ひとつ、ドライブひとつ。その何気ない瞬間に感じる穏やかさを、いつしか僕は守りたいと思った。
彼女と手を繋ぐ度、僕はそれとなく彼女の薬指を撫でた。

「優しいね」

そう彼女に笑いかけてもらう事が、僕の小さな誇りだった。

時を空けても、彼女の気持ちが変わることはなかった。
彼女の意志の強さに、こんなにも胸を締め付けられる事になるとは思わなかった。僕の好きな意志の強さを、今だけはどうか「なくなってしまえ」と。情けないかな、僕は強く願った。

「そっか」

一緒に過ごす車の中で、そう言って僕は強がった。
ハンドルを握り直して、彼女に褒められた笑顔を必死に貼り付けた。

最後の時間を過ごす焼き肉店の中で、僕等は終始笑い声をあげていた。
きみの話しが面白くて、きみが肉を焼くのがへたくそで、僕はたまらない愛しさに、その笑顔を絶やす事が無かった。
隣で笑い合うカップルと、僕等は何も変わらないように見えた。

『ねぇ、これが永遠に続くなら、いいと思わないか?』

何度も口にし掛けたその言葉を、僕は何度もドリンクと共に飲み込んだ。そんな会話は、もう終わりにすると決めたから。

彼女に車のキーを渡して会計を済ませている間、僕の顔から笑顔は消えていた。ただ店員の手元を眺めて、その釣りを受け取るまでの時間を過ごした。その釣りを受け取った時が、僕と彼女の最後だった。

「僕はきみを幸せにしたかったよ」

それでも最後に、僕は彼女を苦しめることを口にした。
「もしかしたら」という僕の僅かな期待は、結局は期待のままに終わった。

彼女が駅の中へ入り切るまで、僕はその背中を眺め続けた。自分の体が動き出さないように、僕はしっかりとハンドルを握りしめて。ただそんな気力は、僕にはもう残っちゃいなかった。

彼女の姿が消えて、僕はぐっと強く瞼を閉じた。




確かに「結婚したいな」と思った。

嫁さんの弁当がおいしいと話す後輩を見て、娘の恋愛を心配する先輩を見て、結婚式でクリームに顔を汚す友人を見て。僕は「結婚」というものを意識しはじめた。

その曖昧な願望が、「きみと」という確かな願望に変わった。


自信があった。きみとなら。
きみと過ごすあの穏やかな時間を、ずっと僕等なら守り続けられるような気がした。
きみを尊重し、支え、幸せにする自身が、僕にはあった。そして、きみもそうであると、いつしか僕は信じて疑わないようになっていた。

「分からない」

きみの言葉は、あんまりだった。

「あなたには幸せになって欲しいから」

それを、僕は「きみと」望んでいたことを、きみはどれほど知っていたのだろう。


僕が「結婚しよう」なんて言わなければ、来週の今頃もきみは、僕の隣に座っていただろうか。その日の朝に起きたきみの小さな事件を聞かされて、僕はまた声を上げて笑ったのだろうか。きみの笑顔を、僕はもう一度見ることが出来たのだろうか。
「別れたいわけじゃないの」と言ったきみだ、きっとそうだろ?残酷な人だな。

ただ僕は、彼女の話しを聞く存在ではなく、「見守る存在」になりたかった。「おかえり」と言って「ただいま」と言う関係を、願った僕が間違いだったのか。

「優しいね」

それだけじゃ、ダメだったんだろ?

グローブボックスの中、丸めたパンフレットの下に取り残されたたまんまの、小さくて重いあの箱の存在が、全ての答えだった。
納得なんか、出来ちゃいなかった。

それでも、僕はきみを責めることが出来なかった。そして誰も、彼女を責めることなんて出来ないのだ。責められたのなら、僕はどれだけ楽なのだろう。

愛していた。そして、僕も彼女から愛されていた。
それがたとえ、ほんの一瞬の出来事だったとしても。「優しいね」と、そう僕を褒める彼女の声はいつだって、「優しかった」から。


きみを愛した僕が、決して間違っていなかったと思う為に、僕は「結婚しよう」と思う。きみの影を見ないような、まだ誰とも知れないその女性と。

きみの褒めてくれた「優しさ」を抱き抱えて、僕は「結婚しよう」と思う。


窓ガラスに映った男の顔に、ポツリと雨粒が落ちる。次第に車のボディを叩きはじめたその雨に、男の顔がくしゃりと歪んだ。
それを眺める僕の視界は、次第にじわりと滲みはじめていた。




雑談:
ちゃこさん『罪なきふたり』に感化され勢いあまって書き始めたアンサー品のようなものですが、爆裂に難しかった。「えームズー」って感じでした。(その内然るべき層から叱られそうで怖い)
「彼女が僕の影を見なくなるまでの、その何倍もの時間を要して、僕はやっと彼女を思い出にすることが出来る。」
頼む誰か強めの酒を。





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ただの全力青色フリーター。フィクションであり誰かのノンフィクションの様なモノ、激しい独言から記録まで。
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