たぬきinウクライナ
「今はジャベリンだってぶっ放す覚悟だね」74歳の日本人元左翼闘士が、ウクライナ義勇軍に志願
「ロシア」「ウクライナ」に関係する内容の可能性がある記事です。
極端な内容・真偽不明の情報でないかご注意ください。ひとつの情報だけで判断せずに、さまざまな媒体のさまざまな情報とあわせて総合的に判断することをおすすめします。 また、この危機に直面した人々をサポートするために、支援団体へのリンクを以下に設置します。 ※非常時のため、すべての関連記事に注意書きを一時的に表示しています。
見出し画像

「今はジャベリンだってぶっ放す覚悟だね」74歳の日本人元左翼闘士が、ウクライナ義勇軍に志願

たぬきinウクライナ


フミさん
土子文則さん(74)
仲間からの信頼は厚い

 白いひげを蓄え、温和な笑顔を絶やさない。キラキラした目の中には、しかし、確固たる意志が横たわる

土子文則(ツチコ フミノリ)、通称フミさん。御年74歳の日本人だ

部隊章のついたウクライナ軍の軍服を着込み、毎日基地で働く。たまに外出すると、電車や町中で現地の人々から写真を撮らせてほしいとせがまれる。彼の朗らかな性格は、言葉の壁をやすやすと超えていく

学生運動をしていた過去

 フミさんと僕が出会ったのは、ポーランドのクレンジニツァ・ヤラという田舎町だった。ウクライナから数十キロほどの町で、国境をこえて空襲サイレンも聞こえてくる。4月の中旬、僕はウクライナ入りする直前にこの町に寄った。森と川に囲まれた自然豊かな町だ

駅で電車を待っていると、フミさんが話しかけてきた。改札もない、看板と屋根があるだけの小さな駅

「日本人ですか?」とても丁寧な口調だった。僕は驚きながら、そうです、と答えた

フミさんは嬉しそうな顔つきになり、そこから色んな事を屈託なく語ってくれた

去年ポーランドで永住権を取ったこと、この辺りの物価は安いので日本政府からの年金だけで暮らせること、もう日本に帰るつもりはないこと、そしてこれからウクライナへボランティアに行くのだということ

明瞭な声と理知的な語り方は、とても74歳だとは思えなかった

ポーランドの田舎町で会話をしてから数日後。事前に連絡先を交わしていた僕らは、それぞれウクライナに入国し、首都キーウのカフェで落ち合った

キーウで合流した筆者とフミさん

相変わらず穏やかな笑顔がチャーミングだった。一通りの近況報告をし終わったのち、彼はゆっくりと自分の過去を語り始めた

「私は明治大学で学生運動をしてたんだよ」

かつてこの国で左翼運動が盛り上がった事を、僕は本や記事で学んだ。今や見る影もない幻の出来事のように思えるし、現代日本では右翼や左翼といった言葉の分類に窮屈さを感じる人も多い

しかし、若かりし頃のフミさんにとって、左翼思想は手に取って眺める事が出来る現実のものだった

大学では論争や衝突に明け暮れ、警察署には10回以上拘留された。筋金入りだ

最終的に「自衛隊から機関銃を奪ってクーデターを起こす」と仲間が計画を話し始めたところで嫌気がさし、運動から離れた。彼と同じように、あまりの暴力性に幻滅して活動から離れた人々は多い

その後様々な仕事を渡り歩き、成功も失敗も経験しながら、還暦を迎えた。残りの人生をどう生きていくかを真剣に考え、「ナチスの強制収容所をすべて巡り記録する」というライフワークを思いつく
たとえ運動から離れても、歴史や社会問題は常に彼にとって重要な関心事だった

10年間介護のアルバイトで資金を貯め、2021年ポーランドに渡り、年金生活と共に強制収容所巡りを開始した

「一般的な強制収容所は街中にあるからすぐ行けるんだけど、絶滅収容所は山奥にあるから骨が折れるんだこれが」

そう語った彼は、スクラップブックを開いて見せてくれた。丁寧に書き込まれたメモ、貼り付けられた写真や資料。几帳面なフミさんの性格がにじみ出ている

アウシュビッツ収容所のゲート
(撮影:土子文則)

収容所巡りは順調に進んでいた。
だが、今年の2月、ロシア軍の侵攻で彼の計画は一変する

「私より若い人が死んでいくんだ。嫌になっちゃうよ。このまま放っておけなくて、ポーランドでボランティアを始めたんだけどね、もっと役に立ちたくてウクライナに来たんだ。すべてが終わったら、また収容所巡りをするつもりだよ」

ウクライナ軍への入隊

 カフェを出ると、僕らはキーウ中心部の独立広場に向かった。そこには普段フミさんが一緒に活動しているボランティア仲間がいた

彼らに挨拶をし、しばらく話をしていると、仲間がタクシーを1台呼んだ。これからウクライナ軍の基地に行くという。フミさんはサッと乗り込み、僕も同行を許された

揺れる車の中で、フミさんは唐突に語った

「これから義勇軍に志願するんだ」

車が目的地に到着した。基地内の薄暗い部屋に通された僕らは、部隊長と面会した。隊長はフミさんが74歳であると知ると天を仰いだ

「入隊は難しいですか」

フミさんが聞くと、隊長は首を横に振った

「いや、サムライだなと思って。すごい勇気だ」

「つまりOKという事ですか」

「うーん。明日から一週間ほどここで過ごしてほしい。仕事ぶりを見て、それからジャッジする」

フミさんは即座に承諾した。僕らは部屋を後にし、案内された食事場で弁当を渡された。ソバの実と鶏肉の混ぜご飯を頬張りながら、フミさんは上機嫌で語り始めた

「まあ見てなって。まず明日から徹底的に掃除を開始する。あの宿舎の汚さったら…君も見ただろ?シーツも布団も全部洗濯だ。そうだ、庭の雑草も全部むしらなきゃ。日本人クオリティってものを見せつけてやる。そしたらすぐ入隊だ!」

そうだ、なにも銃を持って戦うだけが防衛戦争じゃない。兵隊達の生活の質を上げるために働く事だって、防衛力を高めることになる。介護施設で10年働いてきたフミさんの経験はきっと役に立つに違いない

「全共闘の頃は機関銃を持つなんてまっぴらだったけど、今はジャベリンだってぶっ放す覚悟だね」

僕は自分の笑顔がひきつるのを感じた。彼がジャベリンを持たなくて済むよう、早くこの戦争がウクライナの勝利で終わるよう、心の底から願った。そして、自分は彼ほどの覚悟を持っているのかどうか。その事がずっと頭から離れなかった

順調な軍隊生活

 二週間が経ち、僕はフミさんを訪ねた。彼は外出許可を貰っていたので、カフェに入った。僕は緑茶で、フミさんは砂糖とミルクたっぷりのアメリカン。彼のフェイバリットだ

フミさんは興奮したように軍隊生活について語った

「ついてすぐ掃除したら、隊長もみんなも大喜びさ。一週間もかからず即入隊したよ!部隊章のワッペンも貰ったし。これがあると、駅でパスポート見せなくても簡単に通らせてくれるから便利なんだよね。いまは掃除だけじゃなくて警備や巡回もしてる。詳しくは言えないけど、結構重要な任務で…」

ひとしきり話を終え、僕はフミさんと共に再び基地に入った

画像2
筆者が持ってきた隊員達への差し入れタバコ。
フミさんが吸ってると皆ねだってくるので、
いい加減辟易しているらしい

義勇兵たちは明るく出迎えてくれた。アメリカから来た人もいて、60歳を超える隊員もいる。だがフミさんは間違いなく最年長だろう

みんな一様に「フミはすごい」と繰り返し語った。フミさんも一人一人について性格や出身等を把握していて、僕に聞かせてくれた

「一番だらしないのがジャックで、まあとにかく夜番をサボるんだ。あとアメリカ人はほんとにポテチばっか食べる。食生活が偏り過ぎ(笑)でもみんな良いヤツだよ。私が掃除してキレイにしたところは、みんなちゃんとキレイに使ってくれるんだ」

お互いの意思疎通は翻訳アプリを使っている。新しい機械やシステムをさっと使いこなすのもフミさんの特徴だ

「まあそれにしても、ウクライナに日本の政治家の一人も来やしないね。平和運動家も。こういう時に人の本性ってのは出るもんなんだよなあ」

かつてソ連を理想とする左翼運動に身を投じた彼が、いまその継承国であるロシアを相手に戦っているというのは、なんという運命の悪戯だろうか
そしてナショナリズムを否定してきたはずの彼は、まさにナショナリズムの体現に命を賭さんとしている

独立広場で地元メディアに取材されるフミさん

食堂(見違えるほど整頓されている)でまたご飯をごちそうになり、僕は帰路についた

帰り道、電車に揺られながら僕はフミさんの言葉を思い出していた

「私が死んだら黒海に骨を撒いてくれ。もう十分人生を味わった。この地で死ねるなら本望だよ」



文=たぬきinウクライナ

※外国の戦闘行為に関わることは日本の法律に抵触する可能性があります。本記事は該当行為を推奨するものではありません

_____________________________________________

筆者twitter
https://twitter.com/tanuki_ukraine?t=t6_BIyS5VfmLPT2129WBaw&s=09

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
たぬきinウクライナ
ウクライナに滞在する野生のたぬきです。人々や町の記録をしています