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敦賀で『他者の日常』を走る “ 旅先で『日常』を走る 〜episode18〜 福井編 ”

前回のあらすじ


神戸で『満月』を走る

“ 今回のように、目的地を調べすぎないランもよいものだ。寄り道や迷子による発見がある。『走る』行為がより一層豊かになるのだ。”


敦賀で『他者の日常』を走る

出張で京都に来ている。
この連載を読まれている方には「またかよ 笑」と思われるかもしれない。私は今、東京と京都の店舗責任者を兼務しており、隔週の木金土曜日には烏丸三条の店舗を訪れることがルーティンになっているのだ。そして翌日の日曜日を公休にして、京都やその近辺で遊んで(主に『走る』か『食べる』に限られるが)、午後の新幹線で帰京することが、ここ最近の大きな楽しみである。

今回の出張はたまたまシルバーウィークと重なり、出張明けになんと3連休を取れる運びとなった。はやる気持ちを抑え、私はここ一週間ほど夜な夜な『ぼくが考えた最強の3連休の過ごし方』をカスタマイズし続けた。寄りたい場所をピックアップし、順番を取捨選択する。重要なのは移動手段だ。私はペーパードライバーである。レンタカーを借りてスイスイと移動することはままならない。また、休日には事あるごとに飲酒する習性があるので、運転それ自体が違法行為となってしまう恐れがあるのだ。一日も早い、自動運転の実用化を切に願う。

閑話休題。必然的に移動手段は電車かバスに限られてしまう。私はナビタイムを活用して、発車時刻や移動にかかる時間をひたすら計測する。行きたい場所に少しでも多く行けるように、そして少しでも長い時間滞在できるように。
ある夜、いつものようにナビっている最中、滋賀県の某駅から名古屋方面への移動を検索していたところ、意外な文字列を発見した。

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『敦賀行き』

1時間に一本くらい、東海道本線で名古屋方面に向かう電車が米原あたりで、往年の伊藤智仁(ヤクルトスワローズ)のスライダーのような急カーブを描き、北陸方面を目指すらしい。
「そうだ、敦賀に行こう」。私は瞬時にそう思った。なぜなら、敦賀にはあの人が暮らしているからだ。

私が所属する『PLANETS CLUB ランニング部』は、オンラインランのイベントを中心にしていることもあって参加者の分布が広く、日本各地の様々な地域から多くの方々が参加されている。その中の一人がN氏だ。
私が『Facebook』とランニングアプリ『STRAVA』から入手している情報によると、N氏は敦賀市でお店を営んでおり、半島を走ったりチャリで疾走したり3km以上先のスーパー銭湯に徒歩で通っている方。そしてたまにトレランの大会に出場して50km以上走る、ちょっとよくわからないキャラクターだ。しかも私より歳上のようだ。そういえば音楽に造詣が深いような印象もある。この「よくわからなさ」が私の興味を惹く大きな要因となっていた。

とはいえ、今まで実際に音声で会話したことはなく、ZOOMかSTRAVAのコメントでやり取りするくらいだった。いや、一回だけFACEBOOKのメッセンジャーで個人的にやり取りしたことならあった。記憶の扉を開こう。

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2019年10月、私は北陸を走りながら旅していた。当日は富山と金沢を走り、翌日は神戸から淡路島を経由して四国徳島に上陸する予定を組んだ。我ながら無茶な旅程を組んだものだ。このスケジュールを円滑にこなすために、当日の宿泊先をどこにするか? 旅ラン職人の腕の見せどころだ。
敦賀。私が下した最適解は福井県敦賀に宿泊するという選択だった。21時過ぎに到着し、翌朝は8時20分くらいの電車で発つ。中継地としてはこれ以上の場所はない。私はさっそく敦賀に宿を取った。

やれやれ、これで一安心。と、ここで大事なことを思い出した。敦賀といえばあの人、N氏のホームタウンではないか? 主に滞在時間の制限があるため実際にお会いすることは無理だろうが、いつもN氏が走っているルートを聞いて、その上をなぞるように走ることはできるのではないか?
さっそくFACEBOOKのメッセンジャーでN氏に連絡を取る。

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サンキュー、N氏。これで福井県で走るミッションも達成できることになった。

敦賀に宿泊した翌朝、頑張って6時に起き6時半から走り始める。天気予報は雨だったがなんとか雨は上がっていたので、アーケードを走るプランから幹線道路沿いを走るルートに切り替えた。もちろん、目的地は変わらず『気比の松原』だ。
ホテルを出発し、少しアーケードを走った後に幹線道路に出る。朝早いこともあってか、人通りはまばらだ。雨上がり特有の地面から立ち上がるホワっとした感じが心地よい。橋を渡りそのまま川沿いをしばらく進んだ後、左折する。そのまま真っすぐ進んでいくと気比の松原の入口にたどり着く。

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道の両側に木々が高々と生い茂っている。その合間を駆け抜ける。右手に道が開けたところに進むと、そこがまさに松原だ。

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早朝から釣りをしている老人がポツポツと目に付く。海の向こうに陽が高々と上っていく。風光明媚とはこのような光景を指すのだろう。自販機でお茶を買って、その場でしばし休憩する。N氏は常日頃からこのようなルートを走り、こんなに素晴らしい風景を見ているのか。それは贅沢なことだなと、少し羨ましく感じた。

電車の時間があるのであまりゆっくりとはしていられない。今来た道を戻ろう。

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このような経緯があり、私の心の片隅には「いつかN氏と一緒に走ってみたい」という願望が芽生えていたようだ。とはいえ、N氏にその気があるかどうかはわからない。店舗を経営しているので、ほぼ無休で店に立っている様子はSNSで普段から眺めているので理解できる。しかし迷っている暇はない。思い立ったが吉日。さっそくFACEBOOKのメッセンジャーでN氏に連絡を取った。

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思ったよりあっさりとOKが出た。これは当初の予定を前倒しにして、余裕を持った敦賀滞在にしなければ!

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2020年9月20日、私は再び敦賀の街に降り立った。東海道線が人身事故の影響でダイヤが乱れていたので、念のため早めに動き、待ち合わせの30分前に到着した。去年来たときには存在しなかった豪華な駅舎と、二階建ての待合室が完成していた。ロッカーに荷物を預け、待合室の2階に上がり、N氏を待つことにした。
しばらく待っていると、N氏から「30分遅れる」と連絡があった。30+30=60(分)→ 一時間ほどyoutubeで、せっかく中部地方に来たのだからとSKE48などの動画などを観ながら時間を潰した。

N氏から再度連絡が来た。「敦賀に着きました」と。私がN氏が営むお店に向かい、N氏が駅に向かい、交差するタイミングで落ち合う算段となった。
さっそく私はgoogleマップを起動し、『天清酒万寿店』を目指した。1kmほどの道のりをはやる気持ちを抑えながら走る、走る。しかしら走れど走れどN氏の姿は見あたらない。結局、1km走りきって、お店の前に着いてしまった。

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「店の前にいます」メッセージを送ると、「行き違いになったー」と返信が。まあ、お約束の展開ではある 笑。
気比神社の鳥居の方から戻ってくるとのことなので、私も鳥居に向かって歩き出す。鳥居の手前にある交差点で、無事にN氏と落ち合うことができた。

挨拶もそこそこに、さっそく走り出す。なにしろ我々はオフラインでこそ初対面だが、互いのプライベートの一端を毎日リアルタイムでシェアしている間柄なのだ。
夜の敦賀の街を並んで走る。互いに今日なにをしていたのかから始まり、近況報告が済むと、やはり共通の話題は共に所属している『PLANETS CLUB』の話になる。
いつ頃入会したのか、どのあたりのコンテンツを追っているか、オフラインのイベントに参加したことはあるか、宇野さんに会ったことはあるかなど。

話している間に、敦賀港に到着した。

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カメラの性能が悪くて、停泊している船舶が放つ光の美しさを1mmも表現できていないのが残念だ。

滞在時間に限りがあるため、先を急ぐ。再び並んで走りながら、話題はランニング部に移る。だんだん話に熱が入る。話に集中するがあまりに足下への意識が疎かになり、段差に足を引っかけて軽く転倒してしまった。

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N氏が気を遣ってくれてなんとなくウォーキングに切り替わっている。この先軽く山を登るので、そのまましばらく階段をのぼって行く。登った先には『金崎宮』がそびえる。

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N氏はここを起点にしてトレランをするらしい。ちなみにこの神社は、織田信長が云々かんぬんという、ゆかりの場所であるようだ。
気づかぬうちになかなか高いところまで登ってきたようで、ここから敦賀の市街地を一望できる。きれいな夜景が広がっている。しばらく見とれていたいところだが、なにしろ滞在時間に限りがあるのだ。そろそろつぎの目的地に向かおう。

さっき登った道を下って行き、2kmほど進む。会話の内容は主にN氏が走りはじめたきっかけの話に切り替わっている。「落ち着いたらレースにも参加したいですね」などと話していたところで、銭湯『サフラン湯』に到着した。

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敦賀市街地に唯一存在する銭湯であるとのこと。N氏もはじめて入るという。中に入ると今どき珍しい番台スタイルだ。浴場には中央に楕円形の浴槽が一つだけ。しかも超高温。3分ほどで上がってしまった 笑。

気を取り直して、飯アンド飲みの宴へ繰り出す。N氏のアテンドで駅前まで出て、何軒か外から覗いたり声を掛けたりした挙げ句、おでん屋『まごころ』に入った。ひたすら瓶ビールを飲みながら、話は尽きることない。しかし、先ほどから何度も言っているように、私の滞在時間には限りがあるのだ。〆に注文した『へしこ茶漬け』の提供が遅れ、しかも出汁が超高温であったため、あたかも『ザ・ガンバルマン』状態になってしまうイベントもはさみつつ、名残惜しくはあるが、我々は『まごころ』を後にした。ちなみにこのお店、N氏が「何度も入ろうと思ったが、店内にどんなコミュニティが築かれているか分からなくて怖いので、まだ一度も入ったことがない」という店だった。

さあ、いい加減そろそろ駅に行かないと。いつの間にか外は結構な雨模様。小走りにアーケードに逃げ込み、駅へと急ぐ。N氏は駅まで見送りに来てくれた。強く再会を約束し、握手をしてしばしの別れとなった。

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知らない街で知らない人が走っている。インターネットが生まれるまではそれを具体的に、また同期的に知ることはなかった。今ではSNSの隆盛もあって、自分がネットに接続している限りは『他人の日常』が侵食してくるようになった。特に、コミュニティに参加すれば『他人』が特定の誰かになり、より解像度が高まっていく。そのことによって、私が知らない土地での『ちょっと知ったような気になっている人』の営みをほぼリアルタイムでシェアできるようになった。おかげで見聞が広がるメリットもあったが、他人の日常を覗き込んだところで、自らの体験として昇華することはない。ならば実際にその地に赴いて、その人の営みの一端を体感しよう。

ここまで書いて、私の行動はまるで『ネットストーカー』まがいの事なのではないか? と背筋が寒くなった。いやいや、実在の人物に対しての『聖地巡礼』的なものだと考えれば、一概に異常行動とはいえないだろう 笑。別に家まで押し掛けるわけではないし。
とにかく、私はN氏が普段走っているルートを、かつては一人でなぞるように体感し、今回はご本人と二人で体験をシェアしたのだ。それもオフラインで。

自分と他者の日常がオンラインで常にシェアされる。そして、時にはふたつの日常がオフラインで重なりあい、互いの日常の解像度がより一層高まっていく。
これは、とてつもなく豊かなことではないだろうか?


次回予告

~ 大垣で『奥の細道』を走る。~

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