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降る降る落ちる

静かな静かなブルーの場所。
一体ここがどこなのかわたしにはわからない。

いつからここにいるのかも、もうわからなくなっている。
でも、
でも、
でも。


君のこと、ずっと見てるんだよ。
ずっと、ずっと。


君は僕の唯一の大切な人だから、だからずっと見守り続けてきた。
君には絶対に見えない、わからない場所から。


この場所がどこなのか僕にはわからないけれど、ここにいればいつも君のことを見ていることができるんだ。

不器用な君はいつも何かにつまずいたり、ぶつかったり、悩んだりしながらそれでも決してあきらめないで前を向いて生きている。

そういう君が心配で僕はここからどこへも行けない。

ここから見てるだけでは決して、君を具体的に助けることはできないし、何かを伝えることもできない。
いや、できるのかもしれないけれど、自由自在にその力を使うことはできなくて、つらい気持ちにしょっちゅうなるけど、それでも決してやめられなくて自分でも不思議な気持ちにしかならない。

本当に不思議なんだ。
本当に。


僕はもう君の住む世界には戻れない。
そのことは長い長い時間の中で知ったけど、本当は。
本当は、君の側に戻れたら。
いつもそういう風に思って苦しんでいる。

つらいんだ。
本当に。

どうして君の側にいることができないのだろう?
いつも、そう思う。


僕がここに初めて来た時、君はまだ頬の赤い可愛い少女だった。
さらさらとした髪を風になびかせて、笑うことの好きな少女だったのに、泣き顔ばかりここで見ていた。

そう、僕がいなくなってからしばらくの間、君はずっと泣いていた。
それを見て僕も泣いた。

悲しいし、悔しかった。


でも。
元に戻ることはできない。
仕方がないと諦めることができるまでどのくらい時間がかかったことだろう?



君を残して死んだこと。
悔やんでも、悔やみきれない。


でもね、ここから君を見ていると、苦しいけれどしあわせで、悲しみを少しずつ忘れることができたんだ。

なぜだろう?
でも、嘘じゃない。
本当に君を見てると嬉しくて、しあわせで、こころが満たされて行くんだ。

泣いている君を見えるのはつらいけど、でも、
ちょっとだけ嬉しくて、そのことが僕のこころを苦しめもしたし、あたためもした。

君が僕のことを大切に思っていてくれるのを確かめられるという気がしたから。

僕は君のことが大切で、仕方がないんだ。
誰よりも、誰よりも。


だけど時間は無情にさらさら流れていく。
止めることなんてできない。
例え命が終わっても,時間が止まることはないんだ。
生きていた時と全く変わらずに時間は流れ続けるんだ。


それでも君は僕のことを忘れることができなくて、長い間苦しんでいた。
笑うことも忘れてしまって、ただ毎日のルーティンをこなすことしかできないで淡々と生活をして居た。淋しそうで見てるのがつらいけど。でも。

忘れないでいてくれることが嬉しくて。
いつまでも覚えていて欲しくて。
苦しくて。


君は誰にもこころを開かず、一人でいることがとっても多かった。
見ている僕がおろおろとしてしまうくらいに。

一人の時間君の心の中にどんなことが起こってるのか、そのことはここからは見えなくて。

淋しそうな君。
大丈夫なんだろうか?


君が空を見あげてじっとしてる時、君の眼の中に僕が映っていることはあったんだろうか?
どうなんだろう?


君と一緒に見た空と同じ色の空を、僕はもう見ることはできない。
ここからは空は見えないから。
どうしてなのかはわからないのだけれど。


風が吹いている時にあの人の声が聞えるような気持ちになるのは一体なぜなんだろう?
私のこころの中から決して消えてはくれない人。
だけどもう、会うことはできない人。

彼がいなくなってしまってから、私は空っぽになってしまった。
本当に文字通り空っぽ。
空虚な気持ちということばを形にしたら、私という人間が現れてくるような気がする。残念だけど。

彼が急にいなくなってしまってから、もう何年が過ぎたんだろう?
あの頃私は子ども過ぎて彼に気持ちを伝えるなんて考えるもしなかったし、彼もそんなことを考えてもいなかったと思う。

いつかもっと大人になってそういう時期が来たら、お互いに伝えあうような気はしていたけれど、それを待たずに彼はもう会えない場所に行ってしまった。どうすることもできなくて、悲しい気持ちでいっぱいだった。

そのことはかなり前に落ち着いたけど、でもね。
その後のわたしのこころは空っぽで、それなのに新しものは何も入っては来なくてそのままで、どうしたらいいのかわからないまま時間だけが過ぎていき、泣くこともできないのだった。

時々空を見あげても、なにも見えない。
私はこのまま一人ぼっちでいつまでもいるんだろうか?

そんな疑問が湧いてきても、何をするわけでもなくて。
なにができるわけでもなくて。

どうしたらいいのかわからないまま生きている。
空虚なままで。



空を見上げる。

空は色を変えながら、いつもある。
ずっとある。
消えてしまうことなんて決してない。

色も表情も何もかも同じことなんてない。
どんどん変わり、どんどん揺らぐ。

雲の色、形、大きさ。

それさえも、ひとつとしておんなじものは決してない。
それは人のこころや在り方や自分ではどうにもできない事柄とどこかで重なっているような気がする。

空を見あげているとこころが透き通っていくような気持ちになっていけるけど、だからといって何一つ確かなものはないのだった。 

確実に触れることのできる何か、そういうものをどこかで求めているけれど、実際に自分の近くにあるかというと何処にもない。

こんな中途半端な気持ちでどうしてここにいるのだろうか?
悲しいというよりも、苦しいというよりも、とりとめなくてどうしたらいいのか全然わからないのだった。

空は消えない。
雲も何も答えてはくれない。

黙ったままでそこにあるだけ。
私はどうしたらいいのか全然わからないのだった。


(琴美、今を見て)
え?

確かに今、声が聴こえた。
ような気がする。



琴美、今を見て!

思わずそう伝えてしまった。
うつろなままで生きている彼女を見るのがつらすぎて。

でも。
本当は、違うんだ。


君のことをいつまでも。
僕のことだけ考えていて欲しいそう思う。
その気持ちは消えてない。
でも。

君は今を生きている。
その髪も目も何もかも変わっていってしまうんだ。

君は時間に流されて変わってゆくしかない器の中にいる。その中で生きながら何かを感じ、何かを得て失っていく。

だから今、その命があるうちにできることをして欲しい。
そう思うんだ。

僕がここでいつまでも見守ってあげるから。
君といつか会えるまで、受け止めて抱きしめてあげることができるまで、ここで見ていてあげるから、怖がらなくていいんだよ。

でも、胸が痛い。
本当は。



今を見て!
…………。

「今」を見る。
私は、「今」というものから目をそらし続けていたのだろうか?

わからない。
ただ空虚な気持ちで、その日その日を生きてきた、そういう実感だけはある。

外側から見てる人にはわからないはず。
そう思っている。

普通に生活してるから。
でも。


風が強く吹いてきて、こもった空気を吹き飛ばして行った。
靄のようなものが消えて、まっさらな新しい何かがはじまるような気がした。
錯覚なんかでは決してない。
確かにそれは実感できて、確かな何かを連れてきていた。

何かが始まる。
始まってしまう。

その予感は喜びというよりも、大きな不安と戸惑いを私に感じさせていた。
怖かった。
でも、始まってしまったものを止める力は私にはないのだった。

何かが始まる。
自分ではどうすることもできない何かが。


大きな風を感じた日から私は確実に変わって行った。
なぜかわからないのだけれど、髪を短く切ってしまった。

急にそうしたくなったから。

肩に掛かって結んでいた髪を突然ショートカットにしたから驚いた人もいたようで、何人かの人たちに話しかけられてしまった。

そうして話しているうちに何人かの友達ができた。
はじめは激しく戸惑ったけど、楽しいと思った。
何かが流れていくような気がして。
変わっていくような気がして。


そして私は空よりも、今ここの、目の前を見つめるようになっていった。

鏡も前よりちゃんと見ている。
実際の自分自身と向き合って、現実を見つめたり考察したりしながら、「今」を生きることができるようになっている。

と、言うよりも、現実の中でもがきながら生きるようになった気がする。
苦しいこともたくさん増えた。
ままならないことが多い。

それでも雲を見上げてばかりいた時よりも自分のことを好きになれた。
私は自分を持つことができるようになったのだった。
つらいけど、おもしろい。

傷つくことも、傷つけることも、確実に増えてしまったけれど、それでも。



そうしてどれだけ長い時間が流れていったことだろう?

私の髪には銀色の光りが差して止まらない。
頬も手も、ふっくらとした若さの魔法がどんどん解けていってしまって、昔とは全く違う自分の姿を鏡の中に見るようになった。
でも。

どこかから私の上に降り注ぐ光の筋が確実に存在するということにいつもどこかで守られている。

導かれているのだと思う。



ここにいて、君を見ていることを続けて、もうどれくらいも時が過ぎたか、思い出すことが出来ない。
君を見続けて、見守り続けてこれたこと、それには何も後悔はない。

でもね、さみしいという気持ちが零れ落ちていくことを、止められなくて泣いている。

僕の涙が君に降り、降り注ぎ、落ちて行き、君の髪は銀色にすっかり染まってしまったけれど、それでも僕は君のことを今でも愛しているんだよ。

どんなに君の姿が変わっていっても、君がどういう風になっても僕は君のことをここで見てる。いつまでも愛しているよ。

そしていつか必ずまた側にいることが出来るようになるのだと信じてる。
信じてるから。
本当に。


降る降る落ちる
銀色の
涙の粒が降り注ぐ
光りと共に
光りを帯びて










ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。