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「ショートショート」不死松の巫女。

「私はもう150歳を越えており、妻も子供ももう先にあっちに旅立ってしまいました。先に年老いていく妻と子供、友人にそして、今はもう孫まで私より老けて見えてきた。だから、もう死にたいのです。どうか、不松様と巫女様のお力をおかりできませんか?」

 畳の部屋に向かい合った2人は同じ歳に見え肌も絹の様にきめ細かで真っ白な顔色をしており、20代と言われてもおかしくない顔立ちをしている。

 難病で10万人に1人の確率で不老不死の病に罹り、症状は一切歳を取らない。それだけは分かっており、それ以上は現代医学では医師も匙を投げてるほどの不治の病であった。

 昔から病は呪いで治す時代もあることから、この不松神社には不老不死、永遠の若さを宿す松があり、逆も然りで早く死にたい人々がこの不松神社には毎年数名の死にたい者が呪いを受けるべく訪れている。

 向かい合った1人の巫女の格好をしている、女が「それはそれは苦しかったでしょう。分かりました。それでは明日、呪いのため不松様の下に向かいます。ですので、明日から一年後、貴女は生涯を閉じます。もう苦しまなくて良いのです。残りの余生、悔いの残らぬ様お過ごし下さい」そう言うと、150歳とみられる女はオエオエと泣き「ありがとうございます。ありがとうございます」っと言うと分厚い茶封筒を盆の上に置き、深々と巫女にお辞儀をすると返って行った。

 廊下から女性の足音が小さくなり消えると、巫女は「ふー」っと大きく息を吐き、「後、420年くらいだったし助かった」っとニコニコしながら正座した足を崩し胡座をかいた。

 客人用に用意した茶菓を一つ口の中に入れ、お茶で流し込むと「うまっ」っと言い木の箱を背負うと部屋の引き戸を開け縁側で出て草履を履き中庭から森の中に通じる細い山道へと入る。

「明日とか待ってられないし、今から行こう」

 ゴツゴツした岩に囲まれた細道を歩いていくとこじんまりとした神を祀った祠にたどり着いた。

 そこには今日の当番である、1人の男が祠の前で小さく生えた雑草を抜いており、巫女に気づくと中腰の姿勢をピンッと伸ばし深々とお辞儀した。巫女は男に近づくと「私はこれから祝詞を上げるために不松様の元に向かう。絶対に祝詞を上げてる最中は近づかぬ様にここを見張っておれ」っと告げると、男は「それは良かった。これで巫女様がいなくならなくてすみます」っと顔を綻ばせ喜んでいた。

 「いらん事を言うな。私はあくまで死にたいと望む者の願いを叶えているだけじゃ。自分の命などどうでもええ」っと男をきつく叱ると「お許しを」っと男はほうべを垂れて謝罪した。

「もう一度言うぞ。くれぐれも、この先に誰も来ぬ様見張っておれ」

「はは。申せのままに」

 巫女は深々と頭を下げる男の子横を通り過ぎ、古びた鳥居を潜り森の奥まで入って行く。

 少し歩いた後、木々の隙間からその存在感を表す様に太々とした幹が露わになってきた。巫女はニヤニヤとしながら「不松様、もう少し私も生きれそうだよ」っと大きな松の木に近づいて行く。

 巫女が呼ぶ不松様は大人が縦横に30人ばかり並んだ太さで高さは天をも突き上げるほど高く、脈々と生える枝葉は太陽も隠すほど生い茂り生命力の推移を結集した恐怖さえ感じる存在感をその森に表せている。そして、太々とした幹を一周ぐるりと、紙垂を下げ神仏の木として祭り上げてられているのが一目で分かる。

 巫女は不松様の下に拵えられた、神代に向かうと背負って来た木の箱を置き中から祝詞に使う酒、お猪口、お札、筆など道具を取り出すとザバっと正座し、祝詞を称える。

「クク」っと時々笑みを浮かべながら称える。

 お札に今日来た女性の名前を書き口に含んだ酒をかけ、燃やす。黒くバラバラになった灰を集め小さな木箱に詰めると祝詞を上げながら不松様幹の下の土を掘り埋める。その後祝詞は熱を帯び声も大きくなりだす。

 熱を帯びると同時に不松様はざわざわと風で草木が揺れ出し、それと同調する様に森もざわざわと呼吸を始める。

 そして、巫女は祝詞を上げながら慣れた手つきで筆を取り、自分の左手に呪文を書く、呪文を書き終えると再度立ち上がり祝詞に熱を帯びたまま、不松様に近づくと左手を当てシューシューシューっと3度呼吸した。そして、大きく深呼吸をして祝詞を終えた。

 不松様に礼を上げ、神代に戻り道具の片付けをする。その間ニタニタと笑いは止まらない。

「これで、1575人。っと……だから今日のを合わせて後500年くらいは固いわね。お金もあるし……それにしてもあの人も他の人も早く死にたいとか馬鹿じゃないかな?お金と寿命と若さがあれば世の中楽勝なのに。不松様は私にとっては不死松様よ。ずっと枯れずにいてね」っと神代に戻ると道具を片付け「儲け。儲け」と言い不松様を抱きしめ、森を後にした。


おしまい。

-tano-

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