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公立中学校教員から教育起業家へ。オルタナティブスクール「ウイングスクール」をつくった理由。

子どもたちが「幸せな未来を築く力」を身につけていけるようにー。そんな想いから、子どもたち一人ひとりが自分らしく輝く新しい時代を目指し、活動を続けてきた田上善浩さん。2018年4月より、自然豊かな熊本を拠点としたオルタナティブスクール「ウイングスクール」で、代表理事と校長を務められています。

ウイングスクールの柱となっているのは、子どもたちが「自分らしくいても良い」という安心感の中で、「感性」「知性」「創性」を育む教育。29年にわたり公立中学校の英語教員をなさってきた田上さんが見据える未来は、熊本から公教育を変えていくこと。

既存の学校教育は、子どもたちが持つ自分らしさの芽を摘んでしまっているケースも多いと話す田上さんに、ウイングスクール設立までの経緯や経営上の工夫、これから目指す未来についてお聞きしました。

「幸せな未来を築く力」を育む教育

—— はじめに、ウイングスクールで実践されている教育について教えていただけますか。

「感性」「知性」「創性」をバランスよく育める学びの場は、全国的に少ないようです。まず、ウイングスクールでは豊かな自然と触れ合う時間から、エネルギー値の高い状態で自分らしく生きる「感性」を開いていきます。子どもたちは、スクールの横にある清流で川遊びをしたり林の中を駆け回ったりして過ごしています。

そして、思わず考えてしまうような、わかりやすくて楽しい教科学習の授業で、子どもたちの「知性」を高めていきます。子どもたちの元気な様子を、見学者の方々にはよく驚かれますね。また、遠足やキャンプ、修学旅行なども子どもたちが自ら企画・実行することで、「創性」を伸ばしていけるように働きかけています。行き先、その日の予定、飛行機やホテルの予約も子どもたちが担当します。

他にも、子どもたちの興味関心を出発点とした、プロジェクト学習にも取り組んでいます。プロジェクトは企画やプレゼン、チームづくりを通して実践。ゼロから1をつくるプロジェクト力を育むことで、子どもたちは夢を実現する力を身につけています。これまで、自分たちで作ったいかだでの川下り、自家焙煎コーヒーを無料で振舞うプロジェクトなど、いろんな取り組みをしてきました。

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スクールの校舎は、カレーチェーン店「CoCo壱番屋」の創業者である宗次徳二さんが、物件の資金提供を申し出てくださったんです。僕にとって宗次さんは、大恩人ですね。

宗次さんは子どもたちにも関わってくださって、卒業式にいらっしゃったこともあるんです。卒業生の様子を見て、涙まで流されて。卒業生も宗次さんにお礼がしたいということで、子どもたちが手作りのシーフードカレーを振る舞ったこともあります。「私たちのカレー、食べてください」と言って子どもたちが持っていったカレーを、すごく褒めてくださいましたね。そんな風に、いろんな方が関わってくださってできた学校です。

—— 子どもたちが楽しみながら学んでいる様子が伝わってきます。ウイングスクールは、現在どのような組織体制で運営されているのでしょうか。

現時点で、ウイングスクールは一般社団法人として活動しています。代表理事と校長は私が務め、私も含めた教員スタッフが9名、保健・給食・事務担当のスタッフが1名ずつ、校医が2名という体制です。また、全校で約70名の小中学生が在籍しています。

ウイングスクール開校までの経緯。一人ひとりの子どもたちを大切に

—— 開校までは、どのような経緯があったのでしょうか。

最初は「熊本でオルタナティブスクールは無理じゃない?」と周りから言われることもあったんです。でも、中学校で働きながら、開校に向けて準備を始めました。ひとつは、月に1度のペースで「熊本に理想の学校を創る会」という名の定例会の開催です。開校2年前から、僕の創りたい学校に興味を持ってくれた教員や保護者の方々、「応援したい」と言ってくださるサポーターのみなさんと毎月集まって話し合っていましたね。

その定例会と並行して、長期休暇を利用したサマースクールやウインタースクールを始めました。初めてウインタースクールを開催したとき、参加してくれた子どもたちは3名、教員スタッフは7名。「中止にしたら?」という声も上がりましたが、「このメンバーで全力で楽しもう!」と3日間のプログラムを行ったんですね。そうしたら、参加してくれた子どもたちがすごく楽しんでくれて、保護者の方がそれをSNSで発信してくれたんです。次のサマースクールには50名以上の子どもたちが来てくれました。

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そして、開校1年前からは、平日は中学校で働きながら、土曜日に月2回サタデースクールを開催しました。小学1年生から中学3年生までを集めて、ウイングスクールで実現したいことをプレ授業として実践していたんです。子どもたちからは「参加してみたらすごく楽しかった」、保護者のみなさんからは「うちの子が手を挙げて授業に参加した」「授業を楽しんでいた」といった感想をいただきました。

そうした活動を経て、開校時には最初から52名の子どもたちが集まってくれました。最初は、口コミで来てくれた不登校経験のある子どもも多くいました。現在は4年目なのですが、最近は、「こんな教育を受けたい」と小学生の8割は不登校ではない子が来ています。中学生は不登校経験のある子どもたちの割合が高いですね。

「子どもたちのため」という共通のゴールを持ち、教育委員会や学校と連携

—— 教壇に立つ傍ら、開校に向けて準備を進めていたのですね。教育委員会や地域の学校とは、どのように信頼関係を築いていったのでしょうか。

開校前は、入校予定の子ども達の小中学校や教育委員会に挨拶に行って、ウイングスクールの説明をしていました。当時は全く認知されていなかったので、「それは一体何ですか?」といった質問が多かったですね。

でも、2019年10月25日に文部科学省が出した「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」において、不登校の子どもたちに対する多様な教育機会の確保が言及されました。その子に合った多様な教育を認めるという方針になったんですよね。そのことで、教育委員会の方々がウイングスクールへ実際に足を運んでくださるようになったんです。

教員スタッフのほとんどは実際に公立や私立の学校で活躍してきたメンバーなので、「こんなふうに授業をしているんですね」「子どもたちがしっかり学べていますね」などのお声をいただきました。それが、信頼関係構築につながっていったと思います。

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ウイングスクールはまだ学校法人ではないので、住民票のある地域の学校に子どもたちの籍を置いています。各学校には、月に一度「連携シート」という形で、子どもたちの出席状況や学習記録などを送るようにして学校との連携も進めています。教育委員会との連携もあり、ウイングスクールに通っている熊本市内の子どもたちは、全員出席扱いになっています。

—— 田上さんが中学校の教員として築かれてきた信頼も影響しているように思ったのですが、公務員時代から意識されていたことはありましたか。

当時から「公立学校の教育がダメだから、僕らがそれを変えるんだ」といった姿勢ではありませんでしたね。今もそうですけど、決して敵対視するのではなく「子どもたちのために、日本の教育界をより良くしたい。だから、教育委員会や学校、保護者のみなさん、地域の方々など、互いの立場を超えて、総力戦で教育を良くしていこう」というスタンスでいます。

公務員時代からウイングスクールの生徒募集も始めていましたが、勤務先の学校をより良くする活動にも力を注いでいましたね。研究発表会の責任者や平均点の向上、生徒会や受験指導の担当など、さまざまな分野で勤務校に貢献するようにしていました。

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組織をどのように強化していったか?スタッフの集め方や経営面での苦労

—— 外部の方々と少しずつ信頼関係を築かれてきたのですね。ウイングスクールの組織運営についてもお聞きしたいです。具体的に、スタッフはどのように集められたのでしょうか。

ひとつは、公務員時代の活動から集まってくれたメンバーです。全国でのセミナーや執筆活動で子どもたちが輝く教育方法について伝えていたことや、教員を目指す学生や現役教員を対象にした勉強会を自宅でしていたことがきっかけになりましたね。全スタッフの半分はそのときの仲間です。当時、つながりを持つことのできたメンバーが、熊本や他県から集まってくれたんです。

もうひとつは、ウイングスクール開校に向けて実際に活動する中で集まってくれたメンバーです。先ほど紹介した定例会でお話ししたりサタデースクールで実践をお見せしたりする中で、「こういう教育を自分も実践したかった!」という想いを持ってくれた教員が集まってくれましたね。

—— 2018年に学校を立ち上げられてから、経営面で苦労したことはありましたか。

学費の設定で悩みました。あまりにも保護者のみなさんの負担になってはいけないですし、一方で公立学校や私立学校で働いてきたスタッフにもそれ相応の給与を出したい。結論としては、それぞれの立場が心地よく感じる金額の中間の学費に設定しました。

それと、僕が経営の素人だったので、どんな経営のプロとパートナーシップを結んだら良いのか迷いました。経営のプロでも、ウイングスクールで大切にしたい理念の部分で想いがすれ違う方と組んでしまうと、大変なことになってしまうので。

目指すのは、日本の全教室の教育改革。公教育を変えていく5ステップ

—— 公務員時代から既に理想の教育を実現されていた側面もあったかと思うのですが、ウイングスクールを立ち上げないと、実現できないことがあったのでしょうか。

公立学校では転勤があるという点が、一番大きいですね。転勤する度に、積み重ねてきた実践が元いた学校から消えてしまって、何も残らない。校長になる道があったとしても、校長も別の学校に転勤があります。ある校長が変革を起こしたとしても、別の経営理念の校長がやって来て、元の状態に戻ってしまう。そんな様子を現場で実際に目にしました。

それで、「自分でスクールを創って、仲間と一緒に理想の教育を発信できる柱をつくろう」と決めました。「本来の教育はこうした方が良いんじゃない?」と、教育の形を提案しようと。そして、ひとつの学校を立ち上げて終わりではなくて、そこからうねりを起こして日本の公教育を変えていきたいんです。

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—— 公教育を変えていくために、具体的にどのような戦略を立てられているのでしょうか。

5つのステップを踏みながら、公教育を変えていきたいと考えています。ステップ1は、ウイングスクールを開校すること。これは、2018年4月に達成できました。ステップ2は、ウイングスクールの学校法人化です。ステップ3は、熊本で保育園から大学までを創ること。2025年までに、このふたつのステップを同時に叶えられないかと、今プランを立てて動いているところです。就学前から大学までの一連の流れを提案してモデル化したい。そんな壮大な夢があります。

ステップ4は、熊本でつくったモデルを日本全国の自治体に広げていくこと。47都道府県に展開していきたいと考えています。ステップ5は、行政や文部科学省と連携して、公教育を改革していくこと。トップダウンではなくボトムアップが大事だと思っているので、ステップ5で行政機関から発表がなされる段階で、全国にモデル校がある状態にしておきたいですね。

子どもも教員も幸せになれるよう、教育の専門職大学設立を目指す

—— 大学を創りたいというお話がありましたね。大学は海外進学なども含めると、小学校や中学校よりもすでに多くの選択肢があるように感じるのですが、大学設立を目指されている意図を教えていただけますか。

大学については、教育の専門職大学をつくりたいと思っています。既存の教員養成課程に課題意識があるんですね。私も教育学部に通っていましたが、4年間で10回程度しか授業をしていないんです。現場経験のある教授がほとんどいなかったり、教材さえ十分に揃っていないような教育学部も見てきました。

例えて言うなら、10数回しか料理を作ったことがない人が、4月から急にレストランのシェフを任されるような状態です。教員として、十分なトレーニングを受けられていないんですよね。

そんな状態で現場に入れられてしまうので、教員1年目の離職者が増え続けています。それでは、新人の先生たちもとても辛いですよね。この課題を解決したいというのが、教育の専門職大学をつくりたい一番の動機です。

いま不登校や学級崩壊など、さまざまな課題がありますが、要するに出している料理がおいしくないんです。学校というレストランに子どもたちが来れなくなると「不登校」と呼んだり、「発達障がいがあるから」とその子の責任にしたりする現状があるように感じます。

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でも、子どもたちが悪いのではなく、提供している料理に課題があるんです。中華ではなくて和食が食べたい子もいます。つまり、その子に合った料理を学校が出せていない。レストランを選ぶように、親子に合った学校が選べるようになるのが当然だと思います。実際に「元不登校」の子どもたちも、ウイングスクールで輝いています。

感性豊かな子どもたちが学校に行けていないのは、社会の損失。少なくとも美味しくて、学校に行きたくなるようなサービスを提供すべきです。そんなプロを育てる教員養成機関が必要だと考えています。「教員養成課程をどうにかしないといけない」という想いは強いですね。

—— 公教育を変えるということを、本当に真剣に考えてらっしゃるのだと感じました。今、オルタナティブスクールなどの探究的な学びの場を創ることに興味のある方々も増えてきているように思います。何から始めると良いか、アドバイスをいただけますか。

実践したい教育を、明確にイメージすることが大切だと思います。次に、理想の教育を実践している場へ実際に行って、その教育を体感することではないでしょうか。例えば、興味を持った場でスタッフとして働いてみたり、ボランティアとして関わってみたり。一緒に日々を過ごす中で、「この部分は、こうしたら良いな」「この教育は思っていたものと違った」など、感じることがあるはずです。ご自身のやってみたい教育が体感できるまで経験することが必須だと思います。

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今、教育だけではなくさまざま領域が、変わっていかなければならない時期に差し掛かっています。僕は教育が大好きな人間なので、教育分野で実際にできることからチャレンジしていきたいです。いろんな立場の方々と力を合わせながら、これからも進んでいきたいと思います。

(文:田中美奈、写真:本人提供)



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