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戦略論:日本のインテリジェンスの本質的な問題とは?

自民党が経済分野のインテリジェンス強化を検討しています。

この中では、専門家が、産業スパイ対策など経済分野でのインテリジェンスの重要性が増す中、日本の情報機関の予算や人員は、欧米に比べて少なく、企業も機密情報を管理する意識が希薄だと指摘しました。そして、情報機関の予算と人員を拡充し、産業スパイの脅威を分析する新組織を設置するとともに、企業側も、情報管理の徹底を急ぐべきだと求めました。

「日本の弱点はインテリジェンスだ」と第二次世界大戦後から度々指摘されてきました。下記の通り日本には内閣情報調査室(内調)、公安調査庁(公安)、警察庁、防衛省、外務省など、複数の情報機関があります。しかし、他の先進国と比較すると人的規模も予算規模も小さく、また、法的整備が出来ていないのが現状です。

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今回は戦略における「インテリジェンス」の役割について書いていきます。

インテリジェンスとは?

そもそも「インテリジェンス」とは何でしょうか?「インテリジェンス」という言葉の定義は次のようなものがあります。

「対外インテリジェンス」という用語は、外国政府、もしくはその一部、あるいは外国の組織や人物の能力、意図、活動に関する情報を意味する。(アメリカ国家安全保障法)
最も端的に言えば、インテリジェンスはわれわれを取り囲む世界についての知識や予測ーアメリカの政策決定者の決断や行為の前提である。(米国中央情報局:CIA「インテリジェンス利用者の手引き」)
観察、調査、分析、あるいは解釈を通じて得られた敵についての情報や知識のこと。(アメリカ統合参謀本部「統合出版物1-02」)

基本的にインテリジェンスとは、「政府機関によって政策担当者に提供される重要情報」のことです。日本のインテリジェンスと言えば、内閣情報官から国家安全保障局の局長に就任した北村滋氏が有名です。安倍総理と頻繁に面会し、インテリジェンスを総理に提供しています。

米国にはCIAやNSAをはじめ16のインテリジェンス機関があります。米国のインテリジェンス・コミュニティーに関わる人員は約10万人、予算額は年間約5兆円にのぼります。

インテリジェンスの収集方法

インテリジェンスの収集には複数の方法があります。

・ヒューミント(HUMINT)

人間による情報収集のことを指します。外交官や駐在武官によって公然と収集されているか、いわゆるスパイとして敵対国やテロ組織に潜入したエージェントによって収集されます。後者について、米国では主にCIAが担当しており、日本では公安や警察庁が得意としています。スパイと言ってもハリウッド映画のような世界ではなく、非常に地道な仕事で、砂漠の中から砂金を探すような業務です。

・シギント(SIGINT)

通信の傍受により、情報を得ることを指します。シギントは米国の「NSA(国家安全保障局)」が有名です。NSAには「エシュロン」というシステムがあり、1分間に300万の通信を傍受できると言われています。日本では警察庁警備局、防衛省情報本部などが担当していますが、職員数や予算額では米国に全く及びません。

・イミント(IMINT)

衛星画像や偵察機画像を分析することにより、情報を得ることです。日本では内閣衛星情報センターが担当しています。米国では国家偵察局や国家地球空有官情報局が担当しています。内閣衛星情報センターの衛星画像は一部公開されています。以下は今年7月17日に公開された熊本県豪雨被害の画像です。

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・オシント(OSINT)

「オープン・ソース(公開されている情報源)」の情報を収集することです。ジョージ・ケナンは「政策決定者が知っておくべきことの95%はオープン・ソースで探し出せる」と述べており、インターネットの拡大とともに重要性が増しています。

インテリジェンスの分析方法

インテリジェンスにおいて重要なのは「生の情報」を分析することです。上記の手段で得られた膨大な情報を分析し、的確に政策担当者へ伝えなければいけません。情報の収集、活用、分析、発信を慎重に行うことが重要であり、これを「インテリジェンス・サイクル」と呼びます。したがって、分析官は高いレベルの知見と専門性が必要です。

米国で最も重要なインテリジェンスは「大統領日報(President's Daily Brief)」として毎日大統領に提出されます。大統領日報にはあらゆる情報機関からの重要情報が記載され、インテリジェンス機関はどの情報を大統領日報に掲載するかが重要な判断事項になります。

21世紀に入り、情報通信技術の発展により情報が溢れています。現代人が1日に得る情報量は江戸時代の1年分に相当すると言われています。膨大な情報量だからこそ、それを加工する重要性が増しています。証拠を比較し、重要な戦略的危険を認識し、その影響を算定する分析プロセスが大切です。

インテリジェンスの失敗

インテリジェンスの重要性は誰しもが認めていますが、活用方法には注意が必要です。カール・フォン・クラウゼビッツは次のように述べています。

「情報の多くは互いに矛盾している。それよりもさらに多くの部分は誤っている。そして最も多くの部分はかなり不確実である。」

米国では9.11のインテリジェンスが問題になりました。2001年9月11日のアルカイダによる攻撃は、インテリジェンスの失敗の典型的な事例です。9.11以前、米国の情報機関により上記の大統領日報にアルカイダによる攻撃の可能性が示唆されていました。

大統領日報【1998年12月14日】  主題:ビンラディンによるアメリカの航空機のハイジャックとその他の攻撃の準備  ビンラディンとその支持者は、(中略)、航空機のハイジャックを含め、アメリカでの攻撃を準備している。(中略)ビンラディンの組織、あるいは支持組織による、不特定の場所でのアメリカに対する攻撃が迫りつつあるが、それが航空機に対する攻撃と関係しているかどうかは不明である。
大統領日報【2001年8月6日】主題:ビンラディンがアメリカにおける攻撃を決意  内密情報、外国政府からの情報、そして報道によれば、1997年からビンラディンがアメリカにおけるテロ攻撃実行を望んでいたことが明らかになっている。ビンラディンは、1997年と1998年に行われたアメリカのテレビ局によるインタビューにおいて、彼の支持者が世界貿易センタービルの爆破犯であるラムジ・ユセフの例にならい、「戦いをアメリカに持ち込む」であろうと示唆している。

ビンラディンよる攻撃の可能性が示唆されていたにも関わらず、米国政府は効果的な対策をとることが出来ませんでした。原因としては、インテリジェンスが具体的な攻撃時期や攻撃場所を示すことが出来なかったことや、インテリジェンス機関同士の連携不足が原因として挙げられています。

イラクの大量破壊兵器(WMD)製造能力に関する分析も間違っていたように、多くの人材や予算を抱える米国のインテリジェンス・コミュニティーでさえ間違いを犯します。重要なことは「インテリジェンスは不完全である」と政策決定者が認識することです。敵国やテロ組織の情報を完璧に把握することは不可能であり、政策決定者は常に限られた情報の中で、決断を迫られることになります。

21世紀のインテリジェンス戦略とは?

グローバリゼーションにより、安全保障環境は複雑化しています。新型コロナウイルスをはじめとした感染症や、気候変動、希少資源、環境など、あらゆる情報が国家の安全にとって重要性を増しています。米国の国家情報会議の副議長であったグレゴリー・トレヴァートンは2003年に次のように述べています。

グローバルな金融、気候変動、伝染病のような問題に政策が向けられるようになると、インテリジェンス・コミュニティーは「秘密」よりもさらに多くの「謎」に取り組まないといけなくなる。

新たな国際的問題対するインテリジェンスのあり方が求められています。冒頭に記載した経済分野のインテリジェンス強化も必要です。これは政府だけでカバーできることではありません。「民」と「学」も活用したインテリジェンス戦略が必要です。

日本のインテリジェンスの問題とは?

次の孫子の言葉はあまりに有名です。

「彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず」

紀元前500年前の言葉ですが、当時と同じように現代でも有効です。完璧なインテリジェンスは存在しませんが、仮想敵国やテロ組織に関し、可能な限り不確実性を取り除き、政策決定者が的確な決断をするためにインテリジェンスは不可欠です。

日本のインテリジェンス機関は他の先進国に比較すると大きく出遅れています。法整備が整っていないので、他国からのインテリジェンス共有もありません。まずは専門的な知見を持った人材の育成や、情報収集衛星などの情報収集ツールの増強が必要です。

しかし、日本のインテリジェンスの本質的な問題は、人材やツールの問題ではありません。本質的な問題は、政策決定者である「政治家」です。間近で見ているので知っていますが、本当の意味でインテリジェンスを活用している政治家はほとんどいません。それはインテリジェンス機関が政治家を信頼していないという問題もありますが、政治家がインテリジェンスの活用方法を理解していないという側面もあります。

本当の意味でインテリジェンスを戦略的に活用できる人材が、日本政治に必要です。

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