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安全保障とは何か?安全保障を知るための4つの質問

トランプ大統領が退院を発表しました。言い方は良くないかもしれませんが、トランプ大統領にとって、コロナウイルス感染がプラスに働いているようです。

今回、興味深かったのは、何人かの専門家がトランプのコロナ感染を「安全保障上の危機」だと見なしていたことです。

また、下記の記事も見つけました。

下院議長がトランプの納税問題は「安全保障に関わる」とコメントしています。内容の問題ではなく、今回はいかに「安全保障」という言葉が多岐に使われているかに注目したいと思います。

「安全保障」の定義とは?

昨今、「安全保障」という言葉が頻繁に使われます。しかし、「安全保障」とは何を意味するのでしょうか。

結論から言うと、「安全保障」という言葉の定義は定まっていません。「安全保障」の概念が時代と共に変化しているからです。例えば、広辞苑は次のように定義しています。

外部からの侵略に対して国家および国民の安全を保障すること。

広辞苑の定義は、伝統的な安全保障の概念です。現在は「外部からの侵略」だけでなく、内戦や感染症など「国内問題」や「グローバルな課題」も安全保障として取り扱うことが多くなっています。

・安全保障を整理する四つの質問

では「安全保障」という概念を、次の四つの質問を元に整理していきましょう。

1. 安全保障とは何か?
2. 安全保障は誰のものか?
3. 何が安全保障問題になるのか?
4. 安全を保証する方法とは何か?

安全保障とは何か?

安全保障には大きく分けて二つの議論があります。「力(パワー)」と「正義や人権」です。

・「力(パワー)」の議論

「力(パワー)」を中心とした議論では、「力の蓄積」が安全保障の大切な要素になります。国際関係論のリアリズムの考え方です。自国の安全を守るための最善の手段は、「できるだけ多くの力を蓄える」ことです。したがって、議論では「軍事」や「国家」が大きな要素を占めます。アメリカの政治学者に多いこの考え方を「伝統主義」と呼びます。

・「正義や人権」の議論

リベラリズムの考え方です。日本政府が国連で推し進めている「人間の安全保障」はこの議論の一つです。特に冷戦後に注目を浴びている議論です。安全保障を軍事や国家に限らず、幅広く議論します。この考え方はヨーロッパの政治学者に多く、「拡大・深化主義」と呼びます。

安全保障は誰のものか?

次に安全保障とは誰のものでしょうか。

・国家

安全保障において最も重要な主体は「国家」です。「国家安全保障(National Security)」とも言いますが、ほとんどの安全保障議論は国家主体を前提しています。最初に挙げたトランプ大統領の例でも、アメリカという国家の安全の保証が目的となっています。

・人間

上記に挙げた「人間の安全保障」では、「」が最も重要です。ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センは「人間の安全保障」の目的を国家安全保障と対比させ、次のように述べています。

「人間の安全保障」は、人間の生活を脅かすさまざまな不安を減らし、可能であればそれらを排除することを目的としています。この考え方は、国家の安全保障の概念とは対照的です。国家の安全保障は、何よりも国家を安泰に強固にたもつことに重点をおいて、そこで暮らす人びとの安全には間接的にしかかかわりません。

・社会

社会」を安全保障の中心に据えた議論もあります。エスニック・グループの議論が含まれます。以前、「state」と「nation」の違いについて投稿しましたが、「nation」の議論を指しています。

・地球

地球を中心とした「環境問題」も安全保障の広義に入ります。バリー・ブザンなどヨーロッパの政治学者が前々から問題意識を持っています。簡単に言うと「そもそも地球に住めなくなったら、国の安全保障の議論に何の意味があるのか」ということです。

何が安全保障問題になるのか?

次に何を安全保障問題として取り扱うべきなのでしょうか。「アジェンダ・セッティング」とも言います。これは非常に重要です。国際社会や国家のリソースには限度があります。全ての問題を同じように対応することは現実的に出来ません。優先的に解決すべき安全保障問題を明確にする必要があ流のです。

・安全保障問題には優先順位がある

例えば、国連の安全保障理事会は「環境問題」より「北朝鮮やイランの問題」を優先的に議論します。環境問題を軽視しているのではなく、北朝鮮やイランの核の問題の方が「政治的な重大性と緊急性」が高いと判断しているからです。

・保健衛生と感染症対策

今年から新型コロナウイルスのパンデミックの影響で「保健衛生と感染症対策」が、国際的な安全保障のアジェンダの上位に加わりました。ビル・ゲイツなど一部の人は前々から主張していましたが、世界的な感染拡大を受けて、「保健衛生と感染症対策」の政治的重大性と緊急性が増した結果です。

安全を保証する方法とは?

次に安全を保証する方法とは何でしょうか。アクターやアジェンダの問題を前提に置く必要がありますが、大きく分けて二つの方法があります。

・パワー

例えば、ネオリアリズムの攻撃的リアリズムの主張では、国家は自国の安全を保証するため、究極的には「覇権国」を目指します。国際社会の中で圧倒的な強者になれば、自国の安全を保証することが可能になるからです。覇権国にならなくとも、他国の侵害から自国を守るだけの「パワー」の保持が安全保障では重要です。後に詳しく述べますが、日本の場合は「日米同盟」と「自衛隊」により、日本の安全を保証しています。

・外交

国際秩序の安定」と、「国際協調の実現」も安全を保証する方法の一つです。つまり「外交」が重要です。リアリズムの大家であるハンス・モーゲンソーは著書「国際政治」の中で、「外交は、諸主権国家から成る社会が備えなければならない平和維持の手段である」と述べています。(「諸主権国家から成る社会」とは「アナーキー(無政府状態)な国際社会」を指しています。)さらにモーゲンソーは著書の最後に、1948年1月23日のウィンストン・チャーチルの言葉を引用し、安全保障における外交の重要性を協調しています。

「諸事実を考慮しても、なお私が本日次のように主張することは当を得ていると信ずる。すなわち、戦争回避の最善の道は、西側の他の民主主義国家と一体となって、ソヴィエト政府を相手に問題をはっきりさせることであり、さらには正式の外交過程によって永続的な和解に至るようにすることである。もしこのような若いが達成されるなら、あらゆる当事者の利益を満たすことは確かである。しかし私がいいたいのは、この方法でさえ戦争が起こらないことを保証してはくれないのである。それでも私は、われわれが戦争をしないで生き残る最大のチャンスはこの方法によって与えられると信じている。」

「安全保障」の変化

そもそも「安全保障」という分野は主に第二次世界大戦後の冷戦期(1950年代)から研究が始まりました。当初の安全保障研究の主な目的は、「核戦略」や「抑止力」など極めて軍事的な事柄でした。

しかし、冷戦が終わると、国家の安全保障により幅広い課題が生じました。内戦などの「国内問題」。911などの「非国家主体の問題」。感染症や温暖化などの「グローバルな問題」。既存の安全保障研究の枠外の課題が産出します。安全保障という概念は時代の要請と共に変化したのです。

日本の安全保障とは?

では、最後に日本の安全保障について考えてみましょう。日本は国家としてどのように安全を保証しているのでしょうか。

2013年、日本の「国家安全保障戦略」が初めて策定されました。(1957年に閣議決定された「国防の基本方針について」という驚くほど短い文書はあります。)

・国益

2013年の国家安全保障戦略で初めて日本の国益が定義されました。日本という自国だけでなく、「普遍的価値やルールに基づく国際秩序」の維持も明記されているのがポイントです。

・日本の平和と安全を維持し、その存立を全うすること。
・日本と国民の更なる繁栄を実現し、我が国の平和と安全をより強固なものとすること。
・普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・擁護すること。

・目標

次に戦略の目標も明記しています。ここでも「グローバルな安全保障環境」の改善を述べています。つまり、伝統主義的な安全保障だけでなく、拡大・深化主義も取り入れています。

・抑止力を強化し、我が国に脅威が及ぶことを防止する。
・日米同盟の強化、パートナーとの信頼・協力関係の強化等により地域の安全保障環境を改善し、脅威発生を予防・削減する。
・グローバルな安全保障環境を改善し、平和で安定し、繁栄する国際社会を構築する。

・戦略的アプローチ

次に戦略的アプローチです。つまり「安全を保証するための手段」を明記しています。ここでも従来の安全保障の概念だけでなく、「地球規模課題解決」など、幅広い安全保障の概念が適用されています。

1 日本の能力・役割の強化・拡大
2 日米同盟の強化
3 国際社会の平和と安定のためのパートナーとの外交・安全保障協力の強化
4 国際社会の平和と安定のための国際的努力への積極的寄与
5 地球規模課題解決のための普遍的価値を通じた協力の強化
6 国家安全保障を支える国内基盤の強化と内外における理解促進

・国家安全保障戦略

上記は簡単に要約しただけなので、ご関心がある方は下記の内閣官房のウェブサイトをご覧ください。

安全保障の今後

「安全保障」という概念は、幅広い分野をカバーしています。上記には挙げませんでしたが、「サイバーセキュリティ」や「宇宙の安全保障」など、民間企業も深く関係する分野も重要性が増しています。

・安保(あんぽ)とは?

また、メディアの報道だと「安全保障」が「安保(あんぽ)」と略されることがあります。(「安保闘争」や「安保法制」など。)メディアの意図はないと思いますが、「安保」と言うと「何となくキナ臭い印象」を受ける人は多いのではないでしょうか。中には何となく「安保は右翼っぽい」と感じる人もいるかもしれません。もしそうだとしたら非常に残念です。

・安全保障に右派も左派もない

今まで述べてきたように、「安全保障」は多岐にわたる幅広い概念を指しています。したがって、そこに「右派」や「左派」はありません。イデオロギーの問題ではなく、一つの分野の問題なのです。そして、分野の中での違いは「伝統主義」か「拡大・深化主義」かの違いです。

国や人の安全を守るためには、どうすれば良いのか。それが安全保障です。

今回の投稿が「安全保障」に関心を持つキッカケになれば幸いです。お読みいただき、ありがとうございます。

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