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小田原のタンメンのこと

自分が住んでる街に電車が走っているという方は、幸せ者だとわたくしは思います。
と申しますか、長らくわたくしはそのように思って生きてまいりました。

「駅近」なんて申しますが、物件ひとつ決めるのでも「駅から徒歩○分」なんて必ず書いてあります。
駅から近いというのは大抵の人にとってはとても便利なものでございますし、「駅から近い」というのはひとつの価値でもあります。

わたくしの田舎には私鉄がひとつ、ささやかに走っております。
最寄り駅は実家からしばらく歩きます。
「駅近」とは無縁の立地条件で、この電車が単線、しかも三両編成。
たまに二両です。

最高時速は四十キロぐらいでしたでしょうか、ゆっくりゆっくり山間部を走ってゆきます。
もうかれこれ長い間廃線の危機と闘っている、つまりやっとの思いで走っている田舎電車でごさいますよ。

かつては市内の遠くの方に国鉄も走っておりましたが、あれは確かJRになってから暫くして廃線になりました。

駅の近くに住みたい

現在は東京に出てきて四半世紀ぐらい経ちますが、わたくしは今、ハッキリ申しまして電車が沢山走っている所に住んでおります。
もう乗り放題です。

わたくしの住んでおります町内には駅が三つもございまして、少し足を伸ばせば違う線の駅がさらに二つ。
気軽にどこへでも行けます。
急行に乗ると新宿まで二駅、違う線だと急行で渋谷まで一駅。
各駅停車でもさほど時間はかかりません。

もう、威張って申し上げますよ。
これはもうある視点においては大出世でございますから。

なにしろ田舎育ちでございます。
子供の頃は最寄りの駅に行くのでさえ、山をずーっと降りてって、さらにずっーと降りてって、お寺を越えたらさらにまたずーっと降りて行く。
つまり平たい道に辿り着くまで随分と時間がかかるんです。

で、平たい道に辿り着いたら今度は川を渡ってから田圃を越えて、そこからさらに丘を登るんです。
ここでようやく車線というものが書いてある道に巡り会えます。
もちろん二車線です。

そのみちを渡って暫く歩くとようやく駅が見えて来る。
駅と言ってもこじんまりとした駅です。
昔は駅員さんがひとりいらっしゃいまして切符を切ってくれました。
自動改札機になったんで、今はどうなんでしょう?
誰もいない恐れだってあります。

噂に聞きましたが、最近ではタクシーを呼ぶための直通電話だけがぶっきら棒に置いてある(笑)。

ですからわたくしは今、大出世を遂げたんです。

地域によっては電車が全く走っていないですとか、一日数本しか電車が来ない所も随分ございます。
実際にそういう地域を訪れたこともありますし、そういう事を唄ったヒット曲もございます。
贅沢を言っちゃいけませんね。

大都会への憧れ

そんなこんなでわたくしの田舎を走る三両編成の電車でございますが、鋳物ブレーキの味わいのある、なんとも憎めない電車でございます。

子供の頃のわたくしは夕焼けの出る頃にはひとり裏山に登り、遠くを走るこの三両編成の神戸電鉄をぼんやりと眺めながら、遥か彼方にあるであろう大都会を夢見たものでした。
その風景は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。


遠くの丘から「プオーン」なんて発車音が聞こえて来る。
カラスがカァカァとないております。
夕焼けが真っ赤に染まって家々の灯りがそろそろ灯る頃です。

夕焼けを背にして遠くの方で、三両編成の短い電車がゆっくりとゆっくりと走っていく。


ガタンゴトンガタンゴトン。


あの電車はどこまで行くんだろう。


どんなところまで走って行くんだろう。



そうしているうちにそろそろ帰る時間になります。
山道を降りますと何処からか夕飯の香りが漂って来たりなんかいたしまして、耳をすませばピアノの音が聞こえて来ます。
昭和の時代でしたから、夕方になると彼方此方でお母さんが子供を呼ぶ声がします。
「○○ちゃーん、ご飯よー。」
「早く帰ってらっしゃーい。」

大都会への憧れは一旦山の上に置いたまま、現実の家へと帰ります。
また明日、また同じ場所で会えますように。

遠くまで来たけれど

駅が遠くて不便な田舎の生活の中には、それでも、だからこそ豊かであった何かがございました。
今思えば雨粒ひとつ長い時間見つめていても飽きませんでしたよ。
少なくとも想像力が育まれましたし、逆にそれが必要でした。
ですが子供の頃のわたくしにはそういうことはとてもじゃないけど考えられなかった。
テレビで観たことのある大都会、とてもひとりでは行けませんから、空想するしかありません。
おそらくあの三両編成の電車に乗って行った彼方に、何か素晴らしいことがあるのではないか、そう考えて憧れを抱くのが精一杯でございました。

最近はインターネットをはじめ沢山の情報が手に入ります。
これはとても便利ですし勉強になることが沢山ございます。
だけどそんな生活の中で忘れてしまった何かを、あの日の夕暮れに三両編成で走る電車を見ていたあの少年を、「取り戻したい気持ち」があるのも事実です。

大都会で暮らすことは叶いましたが、これにはまだまだ次の展開がありそうです。
終わりのない旅、旅はよくする方でございますが、今回はあの少年の頃に立ち返るというテーマでできないか。
そう考えておりましたら、そんな機会がやって来ました。

終点まで行こう

今日はですね、わたくしの街を走ります小田急線に乗りまして終点の小田原まで行って来ました。
行ったと言っても仕事で行ったんですが、午前中で終わる仕事でしたので午後は自由です。
昨日と今日で二度参りました。
昨日は駅の土産屋で山葵の入った塩ですとか珍味、これを奥さんの為に買って帰りまして、今日は自分の為に小田原タンメンを食べました。

小田原の街は沢山の寺院がございまして大変興味深く、歩いていてとても楽しかったでございますね。
駅前は、もう立派なものです。
新しい施設やお店がそびえ立っておりまして、生活に必要なものならなんでも揃う、何ら不便を感じない都市です。

少し駅前から離れますと、昔ながらの風景がちゃんと残っていて、お城はある、古くて奥ゆかしい寺院も建っている、何と言っても海が近い。

小田原といえば蒲鉾が有名でございますよね。
海鮮なんかも、今回はいただきませんでしたが、とても美味しいんだそうです。
そして人が優しい。
鈴廣の蒲鉾は東京都内でも手に入るぐらい有名ですが、あれはわたくしの好物のひとつです。

小田原タンメン

本日初めていただきました小田原タンメンですが、これは小田原に着いてから知りました。
見た目は長崎のチャンポンに似ております。
濃厚なスープに平打ち麺で、これにニンニクやニラを増量したメニューがとても人気があるそうでございます。
わたくしはノーマルのものをいただきました。
次回はその、人気のメニューをいただきたいと思います。

これがとっても美味しかったんですよ。
わたくし割と少食なんですが、ペロリといけました。
野菜がたっぷり入っておりまして、シャキシャキしております。
これはちゃんとフライパンで炒めてる証拠なんだと、詳しい方が口コミに書いていらっしゃいました。
小田原タンメンの特徴のひとつがスープに乗っている肉餡、これは少しずつスープに混ぜながらいただきました。
なるほど流石に豊かな味わいです。
感服いたしました。

タンメン好きの食べ方で、小皿に具と麺を取り分けてからそれにラー油をかけて食べるという方法があります。
わたくしはこの方法をテレビで観たことがありまして、何度か試したことがあります。

小田原タンメンのお店におきましてもこの「まぜそば戦法」が推奨されておりまして、そちらの方も楽しませていただきました。

他にも焼きそばのようなものですとか辛いスープのタンメンですとかございましたので、小田原にいらっしゃる際にはこの「小田原タンメン総本店」さん、お立ち寄りポイントのひとつとしてご記憶にとどめておいていただければと思います。
お勧めいたします。

最寄りの電車は終点まで味わい尽くす

終着駅というロマンがあります。

電車の旅の楽しみ方は色々あると思うんですが、まずはご自分の街を走る電車の終点まで行ってみるというのはいかがでしょうかね。
途中下車のポイントなども視察しながらですね、風景なども楽しみながら、この電車はどういうところまで走っているのかということを実際自分の目で見に行ってみる。

もちろん今は移動することに抵抗を感じる方もいらっしゃいますから、そういう方は時期をみて、あるいは時間帯に配慮しながら。

いつも乗っている電車が長い時間付き合ってみると、電車の方も普段とは違った表情を見せることだってあるかも知れません。
都会に住んでる方は地方都市や田園風景のある方へ、地方の方は賑やかな街の方へ。
あるいは知らない街へ、乗り換え無しで訪れる。
随分遠くまで来たと感じでも、そこはご自宅と同じ沿線だと思うと、なんだか不思議な親近感が湧いて来ます。

あの電車はどこまで行くんだろう?

そんな終着駅までの旅をお勧めして、この記事の結びといたします。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

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