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新しい仕事のはじまりを家族が祝ってくれた話

晩ごはんの準備がすっかり遅くなってしまった。

そんな日に限って長女のお手伝いしてあげる宣言が飛び出すものだから、気持ちの余裕をなくし気味の自分をなだめすかし、長女にきゅうりを切ってもらいつつパスタの仕上げをしていた。

そこへ夫が帰宅。よし。バッチリのタイミングだ。

玄関へ走った子どもたちと夫とのいつもより賑やかな会話が聞こえる。

「お土産?」

「ケーキ?」

「誕生日?」

「そう。誕生日」

誕生日?はて。いったい誰の?

「お母さんのお店だよ」



あ。私のお店。

生まれたんだった。今日。さっき。

息子は驚いた様子。

お母さんはね、今日ね、お母さんが作ったものを買ってもらえるようなお店を作ったの。これから色々やってみようと思ってるんだ。

「え!お母さん、社長ってこと?」

「そうだよ。お母さん、社長だ」

え?えええ?? なにその発想。

思いつきもしなかったわ。

夫の手には駅に入ってるフルーツタルトのお店の袋。

子どもたちと私が大好きなやつだ。


急いで作ったパスタと、長女が切って次女が器に入れ、二人の味見でだいぶ少なくなったきゅうりのサラダとともに、みんな揃っての晩ごはんは貴重なひととき。終業式だった息子がもらってきた100点満点の漢字テストが、5%の檸檬堂をさらにおいしく感じさる。


誕生日のケーキは、桃のタルトだった。

白とピンクの桃が交互に並び、苺の赤が差し色になってとってもきれいだ。

皮も一緒にコンポートにしたのであろうピンク色の桃がほんとうにきれいでずっと見ていたかったけど、次女が獲物を狙う肉食動物の目で見ていたので仕方なく最後のひとつを半分こにしてあげたらすごく怒っていた。

「で、お店の名前は?」

名前はね、パニプリです!

みんなが聞き取りやすいようにゆっくり言ったけど、全員がふう〜ん???ってなってた。

うん。そうなるの予想済み。

これがいいかなって思いつく屋号は軒並みこの世に存在済みで、調べるのに疲れ果てた末、大好きなインドにまつわるこのポップなワードが楽しくて即決した。

名前に込める意味よりも、ただただ何かにに突き動かされるように踏み出したこの一歩への微かなよろこびのようなものを咀嚼したい。社長になるとか、夢とか希望みたいなものとは真逆で、自分が持ってるものをどうやって使えばいいのかと、真っ暗な道を手探りで進んでいく感覚。

「〇〇(今現在働いている会社)はおさらばってこと?」

3年生になり学童が退屈らしい息子は、仕事を辞めよ、さもなくば家で仕事をせよと事ある毎に母に詰め寄っていたのだった。

返事は濁したけど、今の会社がこれ以上居るべき場所じゃないことを昨夜はっきり感じて、今朝夫に辞めようと思っていることを伝えた。生活はどうするつもり?の問いにも、わかんない、なんとかなるでしょって答えるしかない。ほんとはもうとっくに限界だったのに、小さな声を無視し続けていたことにぞっとする。誰よりも自分に謝らなきゃいけないと思った。

迷いがなくなった時、静かな決意が立ち上がり、眠っていたものが呼び覚まされるのかもしれない。何しろ自他ともに認める歩みの遅さには本人が一番呆れているのだ。その自分が発揮した瞬発力の出どころ。辞めるってきっぱり決めたら、身体が勝手に動いていた。

やろうかな、でも…って理由をつけて渋っていたことをやっていく。

新しい、私の仕事のはじまり。


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